俺とあいつ

 学校選択間違えたかも。早くもそんなことを考え始めた一年の二学期のこと。

 この春、何を思ったのか俺は有名進学校の椚ヶ丘学園に入学した。そんなとこ入った理由は、まあ、親の強い希望ってやつ。勉強はちょっとだけできる程度だったけど、絵のコンクールとかでとったいくつかの賞が合格に有利なポイントとなったらしい。
 だけど、俺自身は勉強なんかより絵を描いたりモノを作ることの方が好きで、将来はそっち方面へ進むのもいいなーとぼんやり思い始めていた。そんなもんで、進学校に入学したものの俺は学校の授業そっちのけで絵の勉強をしたり、他のアート系に手を出したりしていた。そうしていると成績なんて下がる一方で。成績が悪く、かと言ってすげーコンクールで優秀な賞がとれるわけでもない俺が、親や学校から見放され出すのは当然っちゃ当然だった。

 こんな日常、さっさと終わってくんねーかなー…。もやもやした気持ちでいっぱいになっていたある日のことだった。さっぱり分からない授業を受ける気にもなれず、屋上で適当にサボっていた。絵を描くにしても、煩わしい視線に晒される教室よりもここの方がずっといい。しかし好きなはずの絵描きもなぜだか筆が乗らず、寝転がって目ぇ瞑って、ただただぼーっと時間が過ぎるのを待った。
 そこへ、屋上の扉が開かれる音がした。珍しい。俺以外にもサボる奴とかこの学校にいるんだ。いつまで経っても怒鳴り声は聞こえてこないし、先生ではないのだろう。特別興味も湧かないのでわざわざ振り返ったりはしなかった。

「あの、これあなたの?」
「は、」

 足音が俺の方へ向かってきて、声をかけられた。まさかそうくるとは思ってなかったから驚いて閉じていた目を開ける。差し出される数枚の紙と、制服のスカートが視界に映った。

「……?あの、一階の渡り廊下を歩いてたら降ってきたから、集めて持って来たんだけど……」
「あ、ああ。俺の。サンキュー」
「どういたしまして」

 その紙――俺が落書きするのに使ったやつだけど、いつの間にか風で飛ばされていたようだ。受け取りながら、その女子の顔を凝視する。
 一学期間の試験の結果で、俺らの学年で最も頭が良いと持て囃される生徒が早くも六人程決まっていた。確か、その中に一人だけ女子の名前が上げられていたはず。そんで、たぶん今俺の目の前にいるヒトがそう。前に通りすがりの奴がわざわざ指さして噂していたのを聞いたことがあるから、顔はなんとなく覚えてた。名前は、えーと――…

生駒さん、だっけ」
「えっ。う、うん、そうだよ」

 生駒サンは少し驚いたように目を見開いた。そりゃそうか。面識無い奴が自分の名前知ってたらなあ。秀才の優等生と話す機会が来るなんて、ほんとまさかの展開だな。

「ええと、全部あった?」
「え?あー…たぶん。でも別にどっか行っててもいいって、こんなの」
「どうして?私はこの絵好きだよ」

 納得の行かない出来の絵を見て、ぐしゃりと握り潰したい衝動に駆られる。すると、生駒さんは首を傾げて不思議そうにそう言った。その言葉が上手く頭の中で処理できず、きょとんと見つめ返す。生駒さんはハッとして、顔を赤らめながら謝った。べ、別に謝らなくても。つられてこっちまで照れてしまう。

「えっと……お名前聞いてもいい?」
「え、あ、俺?C組の菅谷創介」
「菅谷くん……。もしかして夏に絵のコンテストに出してた?」
「!?なんで知って……」
「見に行ってたの」

 夏休み前に出していたコンテストの話を出されるとは思わなかった。あれは個人的に出したものだし、そもそもコンテスト自体小さなものでぱっとしない結果だったから学校には完全スルーされていたのに。

「私、絵は詳しくないんだけど見るの好きなの。そのコンテストの参加作品、しばらく飾られてたでしょう?」
「ああ……。でも、よく覚えてたな。俺の名前とか」
「うん。菅谷くんの絵が私は一番好きだなって思ったから印象に残ってたの。まさか同じ椚ヶ丘の人だったなんて」

 びっくりしたと笑ってから、生駒さんは「ご、ごめんねさっきから変なこと言って……」と、また赤くなって俯いた。
 だけど俺はその言葉が嬉しくて、緩む口元を隠すように手で覆い隠していた。いつぶりだ、あんな純粋な称賛を貰ったの。自分の好きなことだから自分が好きなだけやっていればいいって思っていたけれど、俺は誰かに自分の作品を好きだと言ってこんなふうに笑ってもらいたかったのかも知れない。生駒さんの言葉に、もやもやしていた気持ちが浄化されていくような気分だった。

「なあ、生駒さん」
「なぁに?」
「今度さ、生駒さんのこと描かせてくんね?」

 これが、俺との初めての出会いだった。

 それ以来俺達はちょくちょく顔を合わせて話して(校内では声掛けにくかったから屋上でとか放課後だけど)、俺とはかなり親しい仲になっていった。は俺が絵ェ描いたりモノ作ってるのをすげー楽しそうに見るからさ、こっちとしても、じゃあもっとすげーの作ってやろーって気になるもんだ。


「あ、おかえりー。先生なんて?」
「ん、あー…テスト用紙の裏の落書き怒られた」
「また何か描いたの?」

 テスト週間の後、担任に呼び出された俺を#かなえ#はうちのクラスで俺のスケッチブックを眺めながら待っていた。ひでー点数の答案用紙を手渡すと、はクスクス笑いながら四つ折りにされたそれを開き裏面を捲る。担任には散々言われたその絵を、こいつは「やっぱり上手だなー」と楽しそうに見た。

「………なあ、もし俺が来年からE組なったらどーする?」
「?なに?急に」
「いいから」
「どーするって……別に今と変わらないよ。E組でもどこにいても、菅谷は菅谷だもん。そりゃあ、ちょっとは寂しいけど……って、あれ、どうしたの?」
「…………………すがやはなきそうです」
「ええっ!?ど、どうしたの突然?」

 前の席に座って、顔を覆った俺の頭をはポンポンと撫でた。びっくりしたような戸惑ってるような声が聞こえる。あーほんとって、俺がさり気にすげー落ち込んでる時に一番欲しい言葉をくれる。

「ね、ねえ本当にどうしたの?どっか痛いの?そ、そうだ。今度美術館である催し物面白そうだよ。週末一緒に行く?」

 必死に俺を元気づけようとしているについ笑みが零れる。「ありがとな」と掌の中に呟いた声は小さく潜もって、たぶん聞こえていない。


****


ー、この雑誌に載ってるやつ試したいから頭貸して」
「いいよー」

 三年に進級した俺達は、まさかのE組でクラスメイトになった。そのうえ黄色い触手の超生物が担任になったり暗殺をすることになったり、予想だにしなかった日々。そんでも俺との仲は相変わらず。俺はにとって男ん中で一番の仲良しっつーことを自負してる。つうか自身がそう言ってくれていて、それが俺の自慢でもある。

「ん、出来た」
「わぁ可愛いっ!今日はずっとこれでいるね!」
「おー。ちなみにその髪型な、前原が可愛いよなーっつってたやつ」
「!ほ、ほんと!?」

 の好きな奴を知っているのも俺だけだ。たぶん、女子達にはそろそろバレるだろうけど。相談受けたり恥ずかしそうなを見守るのは、まあなんだ、役得ってやつ。


 俺がをどう思ってるかって?

 E組でもが一番しゃべる相手は俺だし、一番仲良しってはっきり言うくらいだからか、しょっちゅう実はデキてんのかって聞かれる。それに関しては否定するけどさ。そうでなくたって、俺がのことを嫌いとかはありえねー。もちろん好きに決まってる。

「ほら、前原に見せて来いよ」
「うぅ……変じゃない?」
「ねーって。つーか誰がやったと思ってんだ?」
「そ、そっか。菅谷のことだから間違いないよね!」
「そーそー」

 今はまだ、の一番仲良しの座を誰にも譲りたくねーなって、ただそれだけ。