それから

 卒業式の後、私達E組には報酬の三百億円が支払われた。今まで見たこともないような大金がいざ目の前に置かれると、びっくりとか嬉しいを通り越して戸惑っちゃった。そしてみんなで話し合った末、殺せんせーがアドバイスブックに残した、「“達成した”ことが大事なんです!大金を頼りに生きるようでは良い成長はできませんよ!」という言葉を生かすことにした。個人で貰うのは学費と将来の一人暮らしの頭金くらい。後は色んな所に寄付をして、それからみんなでひとつだけ大きな買い物をし、残った分は“一年間の支援への感謝”として国に返すことにした。烏間先生の株も上がるだろう、ということで。

 空に浮かんだ三日月はあれから少しずつ崩壊を始め、月自身の重力でいずれは前よりも小さな球体に纏まること、しばらくすれば地球から見る形や大きさ、重力や周期は壊される前と似たような感じになると教えられた。E組の象徴、殺せんせーの象徴だった三日月がなくなることは、少しだけ寂しかった。


 そんな月も今では丸くなりつつある。あれから七年が経ち、私ももう大学四年生になっていた。

「ただいまー」
「おー、おかえり
「あれ、陽斗くん来てたの?」

 辺りがすっかり暗くなった頃、大学から一人暮らしの家へ帰ると陽斗くんに迎えられた。部屋の電気が点いているのは、朝出る時にてっきり消し忘れたのだと思ってたけど……。陽斗くんは私の荷物を引き取りながら、「まあな」と笑って合鍵をくるりと回した。

、今日は遅くなるって言ってたろ?だから晩飯作って待ってたぜ」
「本当!?やったぁ!」
「すぐ食べられるから、手ェ洗ってこいよ」
「はーい」

 部屋に入った瞬間いい匂いがしたと思ったら!羽織っていた上着をハンガーに掛けて洗面所へ向かう。戻ってくるとテーブルには美味しそうなご飯が用意されていた。陽斗くんもまだ食べてなかったみたい。向かい合って座り、「いただきます」と手を合わせる。

「美味しい!」
「そりゃ良かった」

 ぱくぱくとお箸を進めると陽斗くんは嬉しそうにはにかんだ。陽斗くんとは高校、大学と無事続いていたけれど、学校だけは別々になっていた。だけど大学生になってからは、お互い一人暮らしの家が結構近いので頻繁にどちらかの家へ行き来していた。お家でデートをしたり、こうしてどちらかが忙しい時にご飯を作りに行ったり。三年E組のみんなとも相変わらず仲が良くって、マメに連絡を取り合ったり予定が会えば遊んだりしている。

「明日の話、聞いたって言ってたっけ?」
「うん、メグちゃんから連絡回ってきたよ。陽斗くんも行くよね?」
「おう。でもは時間大丈夫なのかよ?」
「平気だよー。明日のために予定調整してたもん」
「そか」

 明日はE組恒例の約束の日。今回は誰が集まるんだろう?莉桜ちゃんはイギリスに留学中だったよね、確か。凜香ちゃんは行くって言ってたっけ……。久しぶりに会う子もいるだろうから楽しみだ!

「さてと……俺そろそろ帰るな」
「え?泊まっていかないの?」
「えっ!」

 食べ終わった後は片付けまでして貰って、それからしばらくテレビを見ながら二人でまったりしていた。そしたら時計に目を遣った陽斗くんがそう言って立ち上がろうとしたので、ほぼ無意識に引き止めてしまった。驚いたあと赤くなった陽斗くんにつられて私も赤面する。

「ほ、ほら!もう夜遅いし、明日の朝寝坊しちゃったら困るでしょ?だから……」
「あ、ああ!そういうね!」
「そうだよ!」

 もう付き合って何年も経つのに、こんなの別に今日が初めてというわけでもないのに、時々こんなふうに付き合い立てだったあの頃のような雰囲気になる。二人して吹き出して笑ったあと、どちらからともなく触れるだけのキスをする。顔が離れると陽斗くんは悪戯っぽく笑った。

「どうせなら明日、二人とも寝坊してく?」
「メグちゃんと磯貝くんに怒られちゃうよ?たぶん陽斗くんだけ」
「俺だけかぁーっ!」

 「でもそんな気がする!」と嘆いた陽斗くんは、ぼふりと私にもたれ掛った。笑いながら背中を撫でてあげると、更にきつくぎゅっと抱きしめられた。

 翌日は陽斗くんと一緒に支度をして家を出た。待ち合わせの改札で他のみんなとも合流する。みんなで近況報告なんかをしながら歩いていると、岡島くんが私と陽斗くんを交互に見てしみじみと言った。

「それにしてもお前ら続くなあ」
「ほんと。高校で離れたら前原が浮気するんじゃないかって、みんなでちょっと心配してたんだけどね」
「えっ、そうだったの?」
「そうそう。でも結果俺は千円負けたんだぜ」
「人で勝手に賭けしてんじゃねーよ!」
「俺は千円勝ち」

 ちゃっかり会話に加わって来た千葉くんに、陽斗くんと岡島くんは笑いながら絡んで行った。変わらないなぁとほのぼのしながら眺めていると、凜香ちゃんも隣でくすりと笑みを零す。「相変わらず仲良さそうで安心した」そう言う凜香ちゃんの顔はとても優しかった。
 さて、私達の目的地は椚ヶ丘中学校の元旧校舎だ。久しぶりの一キロメートルの山道を登り、校庭へ出る。校舎の前では一人の女性が佇んでいた。

「よう、朝ドラ女優」
「…皆!」

 振り返ったのは女優さんとして大活躍中のカエデちゃんだった。撮影の休憩時間に抜けだして来たそうだ。いつもみんなに任せっきりじゃ悪いって。
 今日はE組恒例の旧校舎の手入れ――私達が買った、この山の手入れの日だ。日頃無人の山はちょこちょこ荒らされてしまうので定期的に掃除すると、山の権利を得たあの日みんなで決めた約束事だ。それ以外にも、私はこれまで何度かここへ足を運んでいた。大学受験の前日とか、高校の卒業式や大学の入学式の帰りとか、人生の節目節目に。この校舎には今も殺せんせーや雪村先生がいるような気がするから、頑張ってますって報告をしたかったんだ。

「保存だけじゃなくて有効活用も考えなきゃなー。皆が就活で忙しくなる前に」

 教室を手入れしていた途中で磯貝くんがそんなことを言った。岡野さんや陽菜乃ちゃんはこの裏山を有効に使ってるみたい。

「(今後のこの校舎、かぁ……)」

 ふと横を向くとカエデちゃんが校舎を見上げていた。向こうも私が見ていることに気づいて、にこりと二人で笑い合う。

ちゃんも最近は忙しい?」
「そうだね〜。もうすぐ教育実習が始まるから、その準備がね」
「そっか。先生になりたいって言ってたもんね……」

 カエデちゃんは、殺せんせーや雪村先生のことを思い浮かべたのかな、すごく優しい顔をした。それから今度はその頬が微かに色づく。……渚くん、かな?なんて想像してみる。渚くんももうすぐ教育実習が始まる……か、もう始まってる頃かな?そんなことをぼんやり考えていると、ぴしゃっと水がかけられた。岡島くんだ。カエデちゃんがやり返したことで、みんなで水の掛け合いっこが始まった。
 昔に戻ったように一頻りはしゃいだ後、その輪を抜けて旧校舎を見上げる。ここの有効活用について私には密かに考えていることがあった。それと同時に頭に浮かぶのは、浅野理事長のこと。だけど実行するにはまだ不安があった。私一人でできるのかなって。悩みながら思い出すのは、殺せんせーがアドバイスブックに残した言葉。

「――ぜひ君達も…人間を育ててみて下さい。君達が今生きているという事は…時間やお金や愛情をかけて育てられた証。絆を次代に繋げることは…とてもすてきな事だから」

 そして再び意気込むのだ。私もここで、人を育ててみたい、と。

 たくさんの大切なことを教えてくれた、大好きな私達の恩師のように。






Fin.