いきものの時間

 夏休みが始まった。メインイベントの沖縄旅行は八月で、その一週間前には暗殺の訓練や計画を綿密に立てるためみんなで集まることになっているけれど、それ以外の予定はほとんど白紙。でも休み中にやりたいことはたくさんある。勉強したり未読のまま積んでいた本を読んだり映画を観たり、お買い物もしたいな。だけど、長いお休みって憂鬱なことも一つあって……。

ちゃんは前原君に会えなくて寂しいんじゃない〜?」
「っ!どうして考えてることわかったの!?」
「見たらわかるよ〜」

 夏休みだけど、私は早朝から陽菜乃ちゃんと学校に来ていた。目的は旧校舎周りの森での昆虫採集。休みに入ってすぐくらいに忘れ物を思い出して取りに学校へ行ったら、陽菜乃ちゃんと偶然会ったのだ。なんでも旅行のためのお小遣い稼ぎと、ある虫を探してトラップを仕掛けに来たんだとか。旧校舎の周りって自然豊かだもんね。それでその時「ちゃんも一緒にどう〜?」とお誘いを受けたの。

「結構たくさん掛かってるね」
「だね〜。次はこの木だよ!」

 地図を見ながら陽菜乃ちゃんは一本の木を指差し、さっそく登り始めた。私もその後に続く。するすると木登りできるようになったのも暗殺訓練の成果のひとつだよなぁ。上の方に吊るしていた陽菜乃ちゃんお手製トラップにも何匹かカブトムシやらいろんな虫がかかっていた。虫採りって初めてするから、虫を手で捕まえるのはまだ慣れないな……。
 陽菜乃ちゃんと一緒に虫を捕まえていると、ガサガサッと足音が聞こえてきた。他にも誰か来たのかな?なんて思いながら下の方を窺う。……あ、杉野くんだ。それから渚くんと……ま、前原くん!?ど、どうしたんだろう。渚くんが虫かごを持っているのが見えたかから、三人も昆虫採集に来たのかな?振り返った陽菜乃ちゃんは「行ってみよっか〜」とにっこりと笑った。

「ダメダメ、オオクワはもう古いよ〜」
「倉橋!」

 私はいろいろと考え事をしながら降りていたから杉野くん達の会話をあんまり聞けていなかったのだけど、聞いていたらしい陽菜乃ちゃんはふんわりした口調でそう言った。枝に腰掛けた陽菜乃ちゃんの隣に私も降り立つ。そしたら渚くん達に「生駒さんも!?」と驚かれた。

「おは〜。みんなもおこづかい稼ぎ来たんだねっ」
「お、おう。生駒さんも?なんか意外」
「うんっ。陽菜乃ちゃんに誘われたんだ」
「ところで……倉橋、オオクワガタが古いとかどういう事だ?」
「んっとね〜」

 陽菜乃ちゃんはぴょんっと地面に降りながら、杉野くんに答える。そういえばオオクワガタって高価なイメージあったけど……陽菜乃ちゃんによると、今では大量に繁殖されちゃってるから値崩れしたんだって。それを聞きながら私も続いて降りようとする。……すると、前原くんがすっと手を差し伸べてくれた。ドキドキしつつ、その手をとる。

「あ、ありがとう。前原くん」
「どーいたしまして!」

 前原くんの手を借りて私も地面に降り、杉野くん達の後を追う。どうやらこれからみんなで陽菜乃ちゃんの仕掛けたトラップを回り、かかった虫を捕まえようってことになったらしい。

「フッフッフ、効率の悪いトラップだ。それでもお前らE組か!!」
「岡島!!」

 移動しようとした時、上から声が降って来た。声のした方を見ると木の枝に座っている岡島くんが。いつの間に来たんだろう?捕まえた昆虫でお小遣い稼ぎをしようとしている私達に対し、岡島くんは百億を狙うつもりなのだと言った。

「百億…って、まさか」
「その通り。南の島で暗殺するって予定だから…あのタコもそれまでは暗殺も無いと油断するはず」

 岡島くんは私達に向かって「静かに」とジェスチャーし、どこかへ案内をし始めた。少し歩いた先には、カブトムシ?の恰好をした殺せんせーとその下に――

「わあっ!?な、なに?」
「ごめん生駒さん。でもアレ、生駒さんが見たら駄目なやつ」
「おお前原ナイス。生駒さん、手放されても下の方見ちゃ駄目だからな!」
「う、うん……?」

 殺せんせーが何の上に乗っているのか見ようとしたら、さっと目隠しされた。前原くんの手のようだ。杉野くんが隣で前原くんに同意している声が聞こえる。な、なんだかよくわからないけれど……イリーナ先生を「ビッチ先生」と呼ぼうとした私を菅谷が止めた時に似た空気を感じる。わかったと頷くと、前原くんは手を放してくれた。
 とにかく、殺せんせーは今岡島くんが仕掛けたトラップに引っ掛かっているようだ。マッハ20を誇る殺せんせーが微動だにせず熱心に雑誌を読んでいる。

「ずい分研究したんだぜあいつの好みを。俺だって買えないから拾い集めてな」
「?殺せんせー、巨乳なら何でもいいんじゃ…?」
「現実ではそうだけどな」

 そう言って岡島くんはスマホの画像を見せてくれた。岡島くんは一ヶ月近くこのトラップに掛かる殺せんせーを観察していたらしい。雑誌を替えては殺せんせーの表情を写真に収めている。

「…すごいよ岡島君。一か月間本を入れ替えてつぶさに反応を観察してる」
「ていうか大の大人が一ヶ月連続で拾い読むなよ…」
「わあ、殺せんせー擬態する虫も毎回替えてたんだね」
「うん生駒さん、そこツッコむとこ違う」

 と、ともかく、これが岡島くんの殺せんせー暗殺トラップ。「おまえのトラップと同じだよ、倉橋」とニヒルな笑みを浮かべる岡島くんに、陽菜乃ちゃんは少し間をおいて「……うん」と答えた。

「俺はエロいさ。蔑む奴はそれでも結構。だがな…誰よりエロい俺だから知っている」

 一歩先へ進んだ岡島くんは葉の中へ埋め隠していた雑誌を手に取った。そして、その雑誌の間に挟んでいた対先生用ナイフを抜き取る。

「エロは…世界を救えるって」

 な、なんかかっこいい……?

 岡島くんはここで殺せんせーを暗殺する気だ。殺せんせーの座っている雑誌の下には、対先生弾を繋ぎ合わせたネットを敷いているらしい。「この」と指差すロープを切れば、そのネットで殺せんせーを捕獲できるようになっているそうだ。岡島くんは渚くんにはさみを渡した。ロープを切ってもらい仕掛けを発動させ、止めを刺すのはもちろん岡島くん。はさみの刃を開く渚くんも、後ろへ下がった私達もドキドキしながら暗殺を見守る。

「な、何だ!?」
「急に目がみょーんっ…て」
「データに無いぞ。あの顔はどんなエロを見た時だ!?」

 いざ渚くんがロープを切ろうとしたその時、突然殺せんせーの目が伸びた。せっ、先生の目ってあんな風にもなるんだ!さっきまで雑誌に熱中していた殺せんせーは、今は前方の木を見上げている。そして、「ヌルフフフ」といつもの笑い声が聞こえる。あそこに何かあるの……?殺せんせーの視線を追って木の方を振り向くと、それとほぼ同時に先生の触手が何かを掠め取った。

「ミヤマクワガタ。しかもこの目の色!!」
「!!白なの殺せんせー!?」
「おや倉橋さん。ビンゴですよ」

 捕まえた何かを見ながら殺せんせーが呟く。すると陽菜乃ちゃんが嬉しそうな声を上げて駆け寄って行った。ミヤマクワガタ……の、白?ってどういうこと?よくわからないけれど、そのクワガタを見せてもらった陽菜乃ちゃんは殺せんせーと一緒にぴょんぴょん飛び跳ねている。

「なんだ……?」
「さあ……」
「何で喜んでんのかさっぱりだが、巨大カブトムシと女子中学生がエロ本の上で飛び跳ねてんのはすごい光景だ」

 岡島くんの暗殺失敗は決まってしまったので、私達も草陰から出ることにした。前原くんの言葉を聞いた殺せんせーは、はっとして視線を下に落とし、「ちょうはずかしい……」と赤くなった顔を触手で覆った。ちなみに雑誌の下のトラップには気付いていたようで、岡島くんがショックを受けていた。

「で、どーゆー事よ倉橋?それってミヤマクワガタだろ?ゲームとかじゃオオクワガタより全然安いぜ」
「最近はミヤマの方が高い時が多いんだよ。まだ繁殖が難しいから」
「高いってどれくらい?」
「ん〜、このサイズなら二万はいくかも」
「二万!?」

 杉野くんが驚いた声を上げる。二万円……!私達が今まで捕まえていた昆虫たちとは桁が違う。それにしてもすごく詳しい陽菜乃ちゃんさすがだ。感心していると殺せんせーが「よーく目を見てください」とミヤマクワガタの目を指差した。白い目だ。普通は黒だよね?……ああ、アルビノだ。クワガタの場合は目だけが白くなって、「ホワイトアイ」って呼ばれるのだそうだ。それで、天然のミヤマクワガタのホワイトアイはとても希少なんだって。

「学術的な価値すらある。売ればおそらく数十万は下らない」
「「すっ…!?」」
「あ、陽菜乃ちゃんが探してたのってこれ?」
「うん!一度は見てみたいって殺せんせーに話してたらさ、ズーム目で探してくれるって言ってたんだぁ!」

 にこにこと嬉しそうな陽菜乃ちゃんは、殺せんせーからそのミヤマクワガタを受け取った。それから、更に高値がつくとわかって吃驚している男の子達を振り返って笑みを深める。

「ゲスなみんな〜、これ欲しい人手ー上げて♪」
「「欲しい!!」」
「あははっ!行こっ、ちゃん!」
「えっ、う、うん!」

 ババッと手を挙げるみんなを見てくすくすと笑った陽菜乃ちゃんは、クワガタを捕まえたまま反対の手で私の手を握り走り出した。追いかけてくるみんなから、逃げたり、ちょっと止まっては手が届きそうなところでひらりと避ける陽菜乃ちゃんに手を引かれ、私もしばらくこの鬼ごっこを楽しむのだった。

「と、ところで!先生がエロ本を拾い読みしていたことはクラスの皆さんには絶対に内緒ですよ!?アイスあげますから!」
「わあ〜、ありがと殺せんせー」
「ありがとうございます、先生」
「アイス一本なんて……なあ?」
「なあ?」

 あ、前原くんと杉野くんと岡島くんが悪い顔してる。