期末テストの時間-4

 テストが返却された後は終業式なのだけど、まだ時間があるので教室でしばらく待機ということになった。自分の席に座って順位表をじっくり見る。何度見ても自分の名前のところで顔がにやけてしまった。

「うっれしそうだなあ、生駒さん」
「そりゃそうだよ!初めてだもん」
ちゃん頑張ってたもんね〜」

 そんな私を眺めていた菅谷と杉野くんがくつくつと笑う。優月ちゃんはこう言って私の頭を撫でた。ずっと目標にしていた学年一位を、E組在席中に達成できたのだから。しばらくは何があってもこれで喜べると思う。さっきから顔が緩んでばかりの私を見るみんなの目は優しかった。すると、前原くんがふと思い出したように「そういや」と呟く。

「浅野との賭けってどうなるんだろーな?」
「あ……どうだろ?引き分けって結果になったけど」
「無しなんじゃねーの?一位取った方が取れなかった方にってやつだったわけだし」

 前原くんと揃って首を傾げていると、菅谷が横からそう言った。やっぱり、無効なのかな?浅野くんからもそれについて特になんの連絡もないし……。他のみんなは私達三人の会話を不思議そうに聞いていた。

「なに?浅野君との賭けって」
「A組との賭けとは別に、私と浅野くんとで個人的に賭けをしていたの」
「個人的に!?」

 そう言えば菅谷と前原くん以外にはこのこと言ってなかったな、なんて思いながらその話をすると想像以上に驚かれた。その反応に私もびっくりしつつ頷くと、腕組みをしたメグちゃんと莉桜ちゃんが真剣な表情で私を見据えた。

生駒さん、もう浅野君と個人的な賭けなんてしちゃ駄目よ。今回は引き分けだったから良かったものの、もしも負けてたら……」
「う、うん。でも浅野くんのことだし変な命令はしないかなと思って」
「それはそうかもしれないけどっ!浅野が勝ってたら取り敢えずにA組戻れって命令してたんじゃないの?」
「あ、」

 そ、そっか。今までも何度かその話はしていて私はその度に断っていたから、なんとなく浅野くんも私にA組へ戻る気はないってわかってくれたかなって思ってたけど……。そんな気に勝手になっていたけれど。私が負けてたら、浅野くんはやっぱり私にA組に戻れって命令をしていたのかなぁ。とにかく、そんな命令内容が来るかもしれないなんて思いもしなかった、と言うとみんなに苦笑されてしまった。菅谷と前原くんはというと、「やっぱりそうなってたよなー」なんて話している。

「まあでもちゃんはE組を出る気はないんでしょ?」
「そうそう、浅野くんとの賭けも引き分けになったわけだし〜」
「うん。理事長先生にも聞かれたけど、A組には戻らないってはっきり言ったよ」

 理事長室でのやり取りも簡単に話してそう言うと、「だよねっ!」「よかったぁ〜」なんて嬉しそうな桃花ちゃんと陽菜乃ちゃんに両側から抱きしめられた。話が落ち着いたところで「そろそろ本校舎行くか」と磯貝くん。私達は終業式前に浅野くん達と今回の件について話す時間が欲しいと思っていたので、少し早い目に本校舎へ向かうことにした。
 山を降りて月イチの全校集会以来の本校舎へ足を踏み入れる。廊下を歩く私達に気付いた本校舎の生徒達の目が、いつもと違うことに気付いた。その視線を感じつつ、ふと横を向くと廊下の壁に貼られた学年別の順位表が目に入った。ああそうだ、本校舎ではテストの度にこうやって校舎の廊下に結果が貼られるんだったっけ。順位とクラスと名前と合計点数が記されているから、三年生の今回のテストでE組が数名上位に名前を載せていることはすぐにわかる。一番上には浅野くんと、次いで私の名前。……写メ撮っちゃお!

「――賭けてたよな、五教科を多く取ったクラスがひとつ要求できるって。要求はさっき生駒さんにメールしてもらったけど……ってあれ、生駒さんは?」
「あっちで順位表写メってるぜ」
「おーい、ー?」
「あっ!ご、ごめんね!つい……」

 ケータイを取り出して写真を撮っていると、磯貝くんやみんなはもう浅野くん達と話していたようだ。莉桜ちゃんに呼ばれて慌ててそちらへと駆け寄る。手招きする磯貝くんの隣りに並ぶとメグちゃんにポンと背中を叩かれ、それから寺坂くんに頭を軽く小突かれた。浅野くんや瀬尾くん達は、悔しそうで険しい顔をしていた。

「――で、要求はあれで構わないな?」
「……」
「くっ…」
「何ならよ、五教科の中に家庭科とか入れてもいいぜ。それでも勝つけどな」
「寺坂くん……」

 家庭科満点組の四人は悪い顔して笑いながら、浅野くん達に背を向けて先に体育館へと向かった。「俺らも行こう」と磯貝くんが呼びかけ、他のみんなもぞろぞろと後に続く。浅野くん達はそんなみんなの後ろ姿を睨むように見ていた。

「あの、浅野くん」
「……なにかな、生駒さん。ああ、君との賭けは無効だよ。結果は引き分けだったからね」
「あ、う、うん……」

 いつもより素っ気ない浅野くんに少しどぎまぎしつつ返事をする。荒木くん達は私と浅野くんの賭けのことは聞いていなかったらしく、ちらちらと私達を交互に見ていた。そして、横を通り過ぎて体育館へ向かおうとする浅野くんを慌てて引き止めた。

「まだ何か用かい?」
「あっ……えっとね、今回私が一位を取れたのは浅野くんとの賭けがあったからでもあると思うの」
「……それで?」
「それで、競う相手がいるのっていいなあって改めて思ったから……えと、次も負けないからね」

 この順位はある意味浅野くんのお陰かなと思い、お礼のつもりで次のテストの宣戦布告もしておきたかったのだ。にっこり笑ってそれを告げると、浅野くんは少し目を見開いたあと目を閉じて、それから小さく息を吐いた。

「こちらこそ、次は負けないよ」
「うん!」
「じゃあ、また。さん」
「うん。……?」

 相変わらず難しい顔をして今度こそ体育館へ向かう浅野くんを見送る。一拍おいて、ちょっとだけ違和感を覚えた。なんだかいつもと違う感じがしたような……。まあ、いっか。優月ちゃんと原さんが待っててくれてるから急ごうっと。

「……浅野君って生駒さんのこと名前で呼んでたっけ?」
「……呼んでなかったと思う」


****


 終業式の間、本校舎の生徒達が私達E組を見る目は明らかに違っていた。校長先生が時折挟むE組弄りにも、いつものような反応は起きない。いつもは肩身の狭い思いをする全校集会だけど、今日ばかりは私達は胸を張ってこの場にいることができた。
 終業式のあとは旧校舎へ戻って一学期最後のホームルームだ。教室に戻るなり殺せんせーからすっごく分厚い夏休みのしおりが配られた。修学旅行の時のしおりも分厚かったけど……それの三、四倍くらいはありそう。

「さて、これより夏休みに入るわけですが、皆さんにはメインイベントがありますねぇ」
「ああ、賭けで奪ったコレのことね」

 莉桜ちゃんが学校のパンフレットをひらひらと掲げる。そうだ、めでたくA組との賭けに勝った私達には夏休みに一大イベントが待ち受けている。毎年夏休みに成績優秀クラスが行くことができる、椚ヶ丘中学校特別夏期講習――沖縄離島リゾート二泊三日!!今回得た触手を破壊する権利もここで使い、殺せんせーの暗殺を試みるのだ。場所を変えて大がかりな作戦を立てるのだから、きっといつもと違う手応えを感じられることだろう。もしかしたら……ってこともあるかもしれない。だけど、暗殺の件を差し引いても楽しいで仕方がないよ!

「正直に認めましょう。君達は侮れない生徒になった」

 殺せんせーはポリポリと頭を掻きながらそう言った。紙とペンを取り出した殺せんせーはマッハで何かを書き始める。そして、大きな二重丸が書かれた紙が教室中に舞った。勉強とは別の通知表とのこと。標的から暗殺者へ、この一学期の嬉しい評価だった。

「一学期で培った基礎を存分に活かし、夏休みも沢山遊び、沢山学び、そして沢山殺しましょう!!」


 暗殺教室、基礎の一学期。
 これにて終業!!