青い空に白い雲、真っ青な海面は太陽の光が反射してキラキラと光り輝いている。
「起きて起きて、殺せんせー!見えてきたよ!」
東京から船で六時間。私達E組はついに沖縄へ――殺せんせー暗殺の場へやって来ました!
「海すっげー綺麗だなー」
「うん!早く泳ぎたいなあ」
「ま、俺達は一日目は一仕事やらなきゃなんないけどな」
船を降りてからはまずはリゾートホテルへ。そこでサービスのトロピカルジュースを貰い一息ついた。冷たくってすっごく美味しい!今はまだビーチに他の観光客もいるようだけど、後々ホテルと周辺はE組が貸切るって烏間先生が言っていた。それにしても、ホテルから見える海は本当に鮮やかだ。ぜひともすぐに泳ぎたいところだけど、千葉くんが肩を竦めながら言った通り、今日は私達には重要な仕事が待っている。
「叶、菅谷、千葉!一班もう行ったからうちらもさっさと準備始めちゃお」
「おお、行くか」
莉桜ちゃんに呼ばれて私達はそちらへ移動した。もう凜香ちゃん、優月ちゃん、岡島くん、三村くんも集まっている。殺せんせーの暗殺は一日目の夜に予定していた。昼間は修学旅行の班ごとに分かれて殺せんせーと遊ぶ……その裏で、他の班はそれぞれ夜の下準備をする手筈となっている。期末試験の戦利品をフル活用した大がかりな暗殺計画だ。ミスの無いように気を付けなくっちゃ!
「殺せんせーは?」
「今三班と海底洞窟巡りしてる」
私達二班も殺せんせーとたっぷり遊び終えた後は、次の班にバトンタッチして陸を上がっていた。E組の二大スナイパー、凜香ちゃんと千葉くんが射撃スポットを探すためだ。後の私達はそんな二人の後ろをついていく。
「じゃあ今なら射撃スポット選び放題だな」
「サクッと決めちゃいますか」
「…シブいなあの二人」
「ああ。もはや仕事人の風格だ」
「かっこいいよね、凜香ちゃんも千葉くんも」
優月ちゃんと「ねーっ!」と笑い合う。銃を入れたケースを抱えて時折双眼鏡で海の方を確認する二人は、なんというか腕利きスナイパーとしての貫禄たっぷりだ。
「ここら辺が良さそうかな……。じゃあみんな、お願いね」
「オッケー。叶、そっち持ってくれる?」
「はーい」
ちょうど良い場所が見つかったようだ。私と莉桜ちゃんと優月ちゃんは持って来ていた大きな布を広げ、凜香ちゃんの周りを覆い隠した。
****
「いやぁ、遊んだ遊んだ。おかげで真っ黒に焼けました」
「「黒過ぎだろ!!」」
日が暮れ、夜になる頃には殺せんせーは真っ黒に日焼けしていた。黒過ぎて表情も見えないくらいだ。私達は暗殺の準備をしながらだったけど、殺せんせーはたっぷり遊んで満喫したみたい。それが暗殺の時の油断に繋がればよいのだけど。ともかく暗殺の前にディナータイムなので、私達は殺せんせーを案内する磯貝くんの後に続きレストランへ向かった。
「船で食事って素敵だよね」
「ほんと。暗殺のためとは言えそうそう体験できないことよね〜」
夕飯は貸し切りの船上レストランにて。夜の海を眺めながらゆっくりと美味しい料理を堪能するのだ。だけど、船上レストランを選んだのにはもちろん理由がある。殺せんせーが乗り物に弱いのは周知のこと。たっぷり船に酔わせて戦力を削ぐことが目的だ。しかし殺せんせーは「そう上手く行くでしょうか」と余裕の――
「暗殺を前に気合の乗った先生にとって、船酔いなど恐れるに」
「「黒いわ!!」」
余裕の表情……?表情どころか前後すらわからない状態の殺せんせーにみんなのツッコミが入った。「ややこしいからなんとかしてよ」とメグちゃん。すると殺せんせーはいつものように不敵に笑った。黒い部分にピピッと亀裂が入り、殺せんせーは黒い皮を脱ぎ捨てていつもの黄色い先生に戻った。
「あ、月一回の脱皮だ」
「こんな使い方もあるんですよ。本来はヤバい時の奥の手ですが……あっ」
「バッカでー。暗殺前に自分で戦力減らしてやんの」
「どうして未だにこんなドジ殺せないんだろ」
ハッとなった殺せんせーは顔を両手で覆ってしまった。うーん、使いどころ間違えちゃいましたね。だけど私達からするとこれは思いがけないラッキーだったり。有希子ちゃんと目が合って、私達は思わずお互い苦笑し合った。
食事が済むと船から降りてまた場所を移動する。殺せんせーは思惑通りすっかり船に酔ってしまったようだ。どこから持ちだしたのか長い棒を杖のようにし、それに縋って歩く先生を振り返りながら、今度は前原くんと菅谷と私で殺せんせーを案内する。
「さぁて殺せんせー、メシの後はいよいよだ」
「会場はこちらですぜ」
「殺せんせー、大丈夫ですか?」
今度は青い顔をしている先生に声をかけると「にゅやぁ……」と弱々しい声が返ってきた。その顔も、私達が案内する先を確認すると表情が変わる。この沖縄旅行での暗殺の舞台は、ホテルの離れにある水上パーティールーム。ここなら殺せんせーに逃げ場はない。絶好の暗殺場所だ。中へ入ると、モニターの前で三村くんと岡島くんが待っていた。
「さ…席につけよ殺せんせー」
「楽しい暗殺」
「まずは映画鑑賞から始めようぜ」
今回の暗殺は、まず殺せんせーに三村くんが編集した動画を見てもらい、それが終わると期末テストで勝った八人が触手を破壊し、それを合図に全員での一斉暗殺という流れになっている。
「セッティングごくろーさん、三村」
「三村くん、お疲れ様」
「頑張ったぜ。皆がメシ食ってる間もずっと編集さ」
これから見てもらう動画も、ただ楽しむだけでなく暗殺のために重要な要素の一つ。三村くんがそう言った動画の編集が得意だというのでやってもらっていたのだ。お疲れさま、と労っていると渚くんが殺せんせーのボディチェックを始めた。一応念のため、逃げられることがないように。それも終わり、殺せんせーがモニターの前の席に座る。
「全力の暗殺を期待してます。君達の知恵と工夫と本気の努力。それを見るのが先生の何よりの楽しみですから。遠慮は無用。ドンと来なさい」
岡島くんが電気を消し、私含めた八人以外は外へ出る。私もどこか適当な席へ着こうと移動していると、外へ出ようとしていた前原くんと不意に目が合った。そして口パクで「頑張れ」と。にっこり笑って頷き返し、奥田さんの隣に腰を降ろした。
動画が始まった。練りに練った暗殺計画の始まりだ。緊張をほぐすために、短い深呼吸をして持っていた銃を握り締めた。
一時間後、動画鑑賞は終了した。ちなみにこの動画のタイトルは『三年E組が送る、とある教師の生態』で、内容はエッチな本を読んでいる殺せんせーや女装してケーキバイキングに並ぶ殺せんせー、ティッシュを唐揚げにして食べる殺せんせー……とまあ、殺せんせーの恥ずかしい姿をまとめたものだった。精神攻撃がこの動画の狙いだ。だけどよくこんなに集まったなあ……。ちょっとだけ可哀想になって、恥ずかしさのあまり死にかけている殺せんせーの背中に温かい眼差しを送っておいた。
『さて、秘蔵映像にお付き合い頂いたが、何かお気づきでないだろうか、殺せんせー?』
モニターから流れる音声で殺せんせーは初めて気づいただろう。この一時間の間に小屋の床一面には水が流されていた。満潮のためだ。これも狙い通りで、殺せんせーの触手は膨れ上がっている。
「俺等まだなんにもしてねぇぜ。誰かが小屋の支柱を短くでもしたんだろ」
「船に酔って、恥ずかしい思いして、海水吸って。だいぶ動きがにぶってきたよね」
暗殺計画は次に移される。いよいよ私達の出番だ。磯貝くん、寺坂くん、吉田くん、村松くん、狭間さん、奥田さん、莉桜ちゃん、そして私。ゆっくりと立ち上がり、殺せんせーに銃を向けた。
「さあ本番だ。約束だ、避けんなよ」
パパパンッ!と発砲音が鳴り響き、八本もの触手が撃ち落とされる。次の瞬間には小屋の屋根と壁が吹き飛び、外で待機していた内の何人かが水圧で空を飛ぶフライボードで空中へと舞い上がった。それで殺せんせーを360度囲う水の檻を作る。八本の触手を失い、水の檻に閉じ込められ、周囲には大量の銃弾が飛び交う。
「(凜香ちゃん、千葉くん……!)」
そろそろ二人が銃を構える頃だろう。殺せんせーは陸の上に凜香ちゃんと千葉くんがいると思っていたに違いない。だけどあそこにいるのは二人の服を着せたダミー人形だで、本物はずっと水中にいたのだ。外では烏間先生とイリーナ先生も警戒している。もう殺せんせーに逃げ場はない!
新たな発砲音が響き、次の瞬間、閃光と共に殺せんせーが弾け飛んだ。
爆風に煽られ、フライボード組も小屋にいた私達も海の中へ落ちた。急いで顔を上げ、殺せんせーの姿を探す。さっきまでいた場所にも上空にもどこにも見当たらない。
「や……殺ったのか!?」
「油断するな!奴には再生能力がある!!」
確かな手応えに、期待に満ちた声が上がった。それでも烏間先生が指示した通り、十分に警戒しながら水面を見張る。だけど、逃げ場はどこにも無かったんだ。これはもしかして……!?すると、ブクブクと水中から泡が出てきた。射撃組が対先生銃を構える。
気泡と共に水面に出てきたのは……殺せんせーの顔が入った、透明とオレンジ色の変な球体だった。中の殺せんせーの顔はボール球くらいの大きさ。な、なにあれ?
「これぞ先生の奥の手中の奥の手。完全防御形態!」
見たことのない殺せんせーの姿に誰も声も出ない。殺せんせー曰く、外側の透明な部分は高密度に凝縮されたエネルギーの結晶体だそうだ。肉体を思いっきり縮め、それで余計になったエネルギーで肉体の周囲を固めているのだという。
「この形態になった先生はまさに無敵!!水も対先生物質も、あらゆる攻撃をこの結晶の壁がはね返します」
こ、こんな奥の手があっただなんて……。二十四時間経てば元に戻るそうだが、今のあの状態で殺す方法は世界中どこにも無いようだ。寺坂くんがスパナで叩き壊そうとしたがキズひとつ付けられなかった。……カルマくんの精神攻撃は効いてるみたいだけど。結局殺せんせーは烏間先生に回収された。
「皆さんは誇って良い。世界中の軍隊でも先生をここまで追いこめなかった。ひとえに皆さんの計画の素晴らしさです」
殺せんせーはそうやっていつもの様に誉めてくれた。しかし褒められたことよりも、かつてなく大がかりな、全員での渾身の一撃を外したショックの方が大きかった。疲れがどっと襲ってくる。海からあがり、私達はゆっくりとホテルへの道を歩いた。そして、溜め息をつきながら適当なテーブルの椅子を引いて座る。同じ席に前原くんと三村くんも座った。
「しっかし疲れたわ〜…」
「自室帰って休もうか…。もう何もする気力無ぇ」
他のみんなもぐったりした様に腰を降ろした。やっぱりみんな落胆しているようだ。……そうだよね、本当に残念だ。あんなに計画を詰めて、訓練して、絶対に今回こそ行けると思ったのに。今までで一番大がかりな暗殺計画だったから尚更……。ぼんやりしていると、トンッと肩に何かがぶつかってくる。
「――!まっ、前原くんどうし……っ!?」
「……あ…、わり、生駒さん……」
「どうしたの!?酷い熱……!」
前原くんがぐらりと私に寄りかかってきていた。慌てて起こそうと触れた時、前原くんの身体がとても熱いことに気づいた。よく見ると荒い息をし、苦しそうな表情を浮かべている。今の暗殺で疲れたにしては重過ぎる症状だ。だけど、どうして急に!?前原くんを支えながら烏間先生を呼ぼうと振り返ると、クラスの半数が同じように苦しんでいた。いったい何が……!?その時、烏間先生の携帯が鳴った。
「生駒さん、大丈夫?」
「磯貝くん!私は平気。でも前原くんが……」
「うん……。たぶん、烏間先生が今電話してる相手はこの犯人だ。俺達はひとまずみんなを移動させよう」
「うんっ!」
烏間先生が電話をしている様子を見ていると、磯貝くんが私の肩を叩きそう言った。そして、手伝ってもらいながら前原くんを運んで寝かせる。他の元気なみんなも倒れた人達を次々に移動させていた。そっちを手伝いに行こうと立ち上がりかけたが、くいと手を引っ張られる。
「……前原くん?」
「……え?……あ、ごめん…」
「……大丈夫だよ。すぐに戻って来るからね」
きっと突然原因もわからず具合が悪くなって不安なんだ。手を握り返しながらそう言うと、前原くんはふっと頬を緩めて頷き、手を離した。
「烏間先生!今の電話は!?」
「……ああ、今から説明する」
電話を切った後、烏間先生は険しい表情で話してくれた。今の電話はやはり犯人からだったようだ。そして、みんなはその犯人が作ったウイルスに感染したそうだ。ウイルスは感染力は低いものの、一度感染したら一週間もすれば全身の細胞がグズグズに腐り、死に至るという。同じくオリジナルの治療薬は犯人が持っているから、取りに来いと。
犯人の狙いは殺せんせー。一時間以内に殺せんせーを連れて山頂のホテルまで来いと指示されたそうだ。そこで治療薬と殺せんせーを交換する手筈らしい。しかし、犯人が殺せんせーを連れて来るよう指名した生徒は、元気な生徒の中で一番背の低い男女――つまり、渚くんとカエデちゃんということになる。だけど、そんなこと危険なんじゃ……?
「要求なんざ全シカトだ!!今すぐ全員都会の病院に運んで…」
「…賛成しないな。もし本当に人工的に作った未知のウイルスなら、対応できる抗ウイルス薬はどんな病院にも置いていない。いざ運んで無駄足になれば、患者の負担を増やすだけだ」
熱くなる寺坂くんに竹林くんは冷静に反論した。そして、フロントの人に貰ったらしい氷を小さめのビニール袋に詰めていく。
「対症療法で応急措置はしとくから、急いで取引に行った方が良い」
「竹林…」
「竹林くん、私も手伝うよ!」
「ありがとう、生駒さん」
渡された袋に私も氷を詰めて始める。ちらりと烏間先生を窺うとかなり悩んでいる様子だった。それもそのはず、感染したみんなを助けなくてはいけないけれど、渚くんとカエデちゃんだけで交渉に行かせるなんてやっぱり危険すぎる。せめて殺せんせーがいつものように動けたらいいけれど、それも今は望めない。
「良い方法がありますよ」
「え…?」
「病院に逃げるより、おとなしく従うよりは。律さんに頼んだ下調べも終わったようです。元気な人は来てください。汚れてもいい格好でね」
殺せんせーはこんな状況にも関わらずいつものように笑った。