解決の時間

「陽菜乃ちゃん、お水だよ。他にいるものある?大丈夫?」
「ありがとうちゃん。大丈夫だよ〜…」

 上半身を支えてお水を飲むのを手伝ってあげる。陽菜乃ちゃんは苦しそうではあるものの微笑んでひらりと手を振った。

 あれから殺せんせーの指示で、私と竹林くんと奥田さんはここに残って具合の悪い人達の看病をすることになった。他の動けるみんなはホテルを出て行った。犯人からの取り引きには乗らず、例の山頂のホテルに侵入するかどうか……どちらにするか考えに行ったらしい。数十分が経ってもみんな戻って来ないからきっと侵入することに決めたのだろう。烏間先生やイリーナ先生、殺せんせーもいるとはいえ大丈夫かな……。

「氷もっと貰ってきました!」
「ありがとう奥田さん」

 奥田さんがフロントから追加の氷を持って来てくれた。みんな熱が酷いから、脳にダメージが行かないように頭だけは冷やしておこうと竹林くんが指示してくれたの。高熱でどんどん溶けてしまうから氷持って来てくれて助かったよ。それをまた三人で手分けして新しい袋に詰めていく。

「それにしても竹林くん、医療知識すごいね。お父さんがお医者さんだったりするの?」
「ああ、うちは代々医者だよ。兄二人も医学部なんだ」
「そうなんだ!」
「竹林くんがいてくれて助かりました!こうやって適切な応急措置もできますし」

 手は作業を続け、横になっているみんなを気にしつつも合間にそんな話をする。私も頷きながら奥田さんに同意した。竹林くんがいるから烏間先生や殺せんせーも私達三人だけを残して行ったんじゃないかな。私と奥田さんだけじゃもっとわたわたしてたかもしれないし本当に心強いよ。だけど、竹林くんはただほんの少し口角を上げるだけの反応だった。

生駒さん、新しい氷と交換してきてくれるかい」
「うん、わかった」
「あの…これだけ強いウイルスなら…この島中に広まってしまうんじゃ?」

 三村くんの頭に乗せた氷の袋を交換していると、奥田さんが心配そうに尋ねた。それに対する竹林くんの答えは「多分それは無い」だった。……そうなの?一応マスクはしているとはいえ看病している私達やフロントの人にも感染してしまわないか少し不安だったけど、それは無いのかな。

「犯人は『感染力は低い』と言ってたそうだし、おそらく空気感染の危険は少なく、経口感染…飲食物等に混入されたと見るべきだね。赤の他人にバシバシ感染す心配はない。…あそこに行った皆にもそう伝えたけど」

 竹林くんはそう淡々と説明した後、みんなが侵入しに行ったホテルの方角を向いて心配そうな顔をした。私と奥田さんは顔を見合わせる。いったい誰がいつ、どこで、私達E組だけを狙ってこんなウイルスを持ったんだろう。ポケットに忍ばせたケータイをそっと見る。律ちゃんも侵入チームの援助に行ったので、画面は真っ暗なまま動かなかった。……みんな無事に戻ってきますように。

「前原くん……」

 新しい氷の袋と取り換えて顔に伝う汗を拭ってあげる。苦しげに息をしながら目を閉じている前原くんは、相変わらず辛そうだ。熱を冷ますとか喉の渇きを潤すとか、それ以外にもっと何かちゃんとした処置をしてあげられたらいいのに。何もできないのがもどかしくて、膝の上でぎゅっと拳を握る。すると、ぽんっと背中を叩かれて、振り返ると竹林くんがただひとつ頷いた。まるで「大丈夫だ」とでも言うかのように。
 そう、だよね。みんなきっと大丈夫だ。大丈夫だから、私は今私に出来ることをしないと!私も力強く頷き返し、引き続きみんなの看病に取りかかった。


****


生駒さん、竹林くん!みなさん帰ってきたみたいです!」
「本当!?」

 突撃チームのみんなが帰ってきたのは、およそ一時間と少しが経ってからだった。遠くから近付いていたヘリの音は次第に大きくなり、そしてホテルのすぐ前の浜辺に降りた。私と奥田さんと竹林くんが走って迎えに行くと、ちょうどみんなが機内から降りてくるところだった。寺坂くんが吉田くんに支えられていることや、渚くんが少し怪我をしていることを除けば誰も大きな怪我はしていないようだ。良かった……!

「みんな!殺せんせー、烏間先生!」
「全員無事だ。ウイルスの方も。この栄養剤を飲ませてやってくれ」
「わかりました」

 烏間先生から錠剤の入った瓶を渡された。栄養剤……でいいの?先生を窺うと、「大丈夫だ」と一言返される。私達はホテルへ走って戻り、水と一緒にその錠剤を配った。
 その間、烏間先生が向こうのホテルであったことを大まかに話してくれた。まず、みんなに盛られたウイルスは命に係わるものなんかではなく食中毒菌を改良したもので、この栄養剤を飲んで寝ればしっかり治るそうだ。そして、ホテルでは出くわした暗殺者達とみんなで戦ったこと。黒幕はなんとあの鷹岡先生で、今回もまた渚くんが一対一で戦って先生を倒したのだそうだ。

「渚くんが……!?」
「ロヴロさんに教わった必殺技のお陰だよ」

 照れたようにはにかむ渚くんは、やっぱり前回同様、先生を倒したようには見えなかった。でもきっと本当なんだ。もっと詳しく聞きたかったけれど、烏間先生に患者をみんな部屋へ運んで各自もう休むようにと言われた。あ……そうだよね、侵入チームのみんなも疲れているはずだもん。みんなを運んで、氷の残りとかタオルとかも片付けなくっちゃ。


「菅谷!大丈夫、だったんだよね?」
「おお、全然へーき。もお疲れさん」

 改めて菅谷の無事な姿を確認してほっと安堵の息をつく。菅谷はそう言って笑って、私の頭をくしゃりと撫でた。こんないつも通りのやり取りに、緊急事態がちゃんと解決したんだなという実感が湧く。

生駒さん、そっち手伝おうか」
「ううん、大丈夫!だから磯貝くんも菅谷も先に休んで?」
「え、でもも疲れてるだろ?」
「平気。二人の方が大変だったんだから」

 犯人の待つホテルへ侵入して、暗殺者と戦って……気もかなり張り詰めていたと思う。私はまだまだ元気なんだから、他のみんなにはしっかり休んでもらわないと!それから何度も「でも」と渋る二人だったけど、背中をぐいぐい押して部屋へどうぞと促すとやっと折れてくれた。苦笑して「また明日」って。
 フロントへバケツなんかを返しに行く途中、カエデちゃんの手の上にいる殺せんせーと目が合った。いつも褒められる時のような笑顔を向けられる。「ご苦労様です。生駒さんもよく頑張りました」なんて声が聞こえてくるようだ。擦れ違った烏間先生にも、ぽんっと頭を撫でられる。ああ、みんな無事で本当に良かった!





「みんな寝ちゃったね」
「はい。もう本当に大丈夫そうで良かったです」

 あれからすぐ他のみんなはすぐに眠りについた。栄養剤を飲んだ病欠メンバーのみんなの体調は安定してきたようで、今は穏やかな寝息だけが聞こえている。これでもう安心だ。ほっと息をついていると、隣で奥田さんが眠たそうに目を擦った。私達は一度看病を引き受けたのだからと、こうして最後までみんなのことを看ていることにしたの。

「奥田さん、後片付けは私やっちゃうから先に寝てて?」
「そんなっ、私も手伝います!」
「大丈夫大丈夫!」

 こしょこしょと小声で話しながら私は残っていたタオルなんかを纏めて立ち上がった。続いて立ち上がろうとする奥田さんには、もう一度大丈夫と繰り返して座らせる。そんなやり取りを何回かすると、申し訳なさそうにしていた奥田さんもようやく折れてくれた。



生駒さん、まだ起きてたの?」
「残りのタオルとか返しに行ってたんだ〜。そういう竹林くんこそ」
「僕はちょっと野暮用でね」

 フロントに借りていた物を返して部屋へ戻っていると、途中で竹林くんに会った。野暮用って何だろう?眼鏡をくいと上げる竹林くんは、すでに疲れも取れて満足感に浸っているようにも見えるけど。

「男子もみんな大丈夫そう?」
「ああ、もうぐっすり眠ってるよ女子の方は?」
「良かった。こっちもみんな問題無いよ」

 大事にならなかったから言えることだけど、こういうのも良い経験というか旅の思い出になるんだろうな。修学旅行といい普段といい、E組になってからほんといろんなことが起きるよ。しかも全部ぜんぶ楽しい思い出になっちゃうし。私のそんな話に竹林くんは少し笑いながら頷いていたのだけど、不意に考え込むような表情になった。

「どうかしたの?」
「……生駒さん。ちょっと話いいかな」
「うん?いいよ」

 何か悩んでいるような視線とぶつかる。不思議に思いながらもオープンデッキへ移動してその場に二人並んで腰を下ろした。夜空には雲がなく星が綺麗に輝いている。

「……生駒さん、は、本当にもうA組には戻らないつもりなのかい?」

 しばらくの沈黙の後、竹林くんの口から発せられたのはそんな質問だった。もう何度もE組のみんなとした話題。だけど竹林くんとこうして改まって話すのは初めてだっけ。そんなことを思いながら、私はいつも通りの答えを返す。

「うん、戻らないよ」
「本当に、絶対に?後悔とかは無いのかい?」
「後悔って、えっと……」
「……ほら、今のE組は確かに今までとは違うけど、本校舎の生徒や先生……特に保護者、からしたらまだ以前と同じエンドのE組って見方だと思うんだ。それでも……」
「うん。それでも変わらない」

 竹林くんの言うことももっともだと思う。生徒や先生達の見解は、もしかしたら先学期の期末試験で変わりつつあるかもしれないけれど、保護者にまではきっとそんな話伝わってないだろうしね。私達旧校舎のE組は、相変わらずエンドで地獄な場所って認識だろう。それでも私の答えは同じ。竹林くんは「そっか、意志は強いんだね」とちょっと笑った。

「それじゃあもう一つ。ずっと聞いてみたかったんだけど」
「なに?」
生駒さんはE組行きになって……在籍している今も、親に何か言われていたりはしないのかい?」  また少し沈黙があって、次に聞かれたのはこんなことだった。親に、と呟いて、お父さんとお母さんの顔を思い浮かべる。 「うーん、無かったし、今も特には言われないなぁ」 「……そう」 「うちはなんというか、ちょうど良い具合に放任主義なんだ。私がちゃんと勉強して楽しく過ごしていたら、A組にいようがE組にいようが気にしないみたい」

 勉強だけはしっかりやってなさいって口を酸っぱくして言われるけど。そう付け足すと、竹林くんはまた少し笑って「良いご両親だね」と言った。

「竹林くんのご両親は……その、厳しいの?」
「……今はもう家族の一員としてすら見られていないよ」

 竹林くんはそう言って自嘲気味に笑う。なんと返すか困っていると、「E組行きになった人はたいていそうだと思うよ」と続けた。そして私から目を逸らして海を眺める。それから竹林くんはお家のことを少し話してくれた。お医者さんのお父さんと医学部の二人のお兄さんがいる家で、今は肩身の狭い思いをしていること。また自分を見てもらいたくって必死に勉強していること……。

「……じゃあ竹林くんは、もしかして本校舎に戻りたい?」

 気になることがあって私から二度目の質問をする。今回の期末試験で竹林くんも上位にランクインしていた。希望して、前の担任の先生が許可を出せば余裕で本校舎へ戻れる順位だ。それどころか、A組に移ることだって可能だろう。傍から見た勝手な意見だけど、竹林くんもE組で楽しく過ごしていたと思う。でも今の話を聞いていたら……そうなのかなって思ったのだ。

「……ああ、戻りたいと思っているよ」

 竹林くんは私の質問に対して、何か言おうとして開いた口を躊躇いながら一度閉じた。けど、最終的にはそう答えた。

「E組のみんなには裏切り者だとか言われるだろうけどね」
「うーん……でもね、竹林くん。私は成績が原因でE組行きになったわけじゃないから言えるのかもしれないけど……」
「なに?」
「今のE組ではね、A組にいる以上にいろんなことが学べると思うよ」

 勉強だけでなく他のことも。よく考えると、私はそのためにE組に来たのだとも言えるのかも。にこりと笑いかけるが、竹林くんは少し眉をひそめて小首を傾げた。

「あとね、もし竹林くんが本校舎に戻るって決めたら、他のみんなはどうであれ、私は竹林くんの意志を尊重するよ」
「……本当に?」
「でも、本心は“寂しい”だけどね」

 そう言うと竹林くんはぱちりと瞬きして、それから今度は苦笑した。

「ありがとう、生駒さん。話せて良かった」
「うん。自分の言いたいことを言っただけのような気もするけど」
「そんなことないよ。……ありがとう」
「どういたしまして。そろそろ寝よっか」

 その後は部屋の前に来るまでお互いずっと無言だった。そして「おやすみ」と言い合って別れた。
 部屋の中は静かだった。奥田さんももう寝入っちゃってる。小さな欠伸をひとつして、もぞもぞと布団に寝転がった。明日、ちゃんと起きれるといいなぁ……。