目が覚めたのは次の日の夕方だった。こ、こんなに眠るつもりはなかったのに……!だけど他のみんなも同じくらいの時間に起きたようだ。熱にうなされていたみんなもすっかり良くなったみたいで、私と奥田さんはホッと安堵の息をついた。それから、楽だからって理由で私服をやめてジャージに着替えて外に出る。完全防御形態になっていた殺せんせーが元の姿に戻る時を狙って、烏間先生がダメ元で暗殺の準備を進めているみたい。
結果はやはりというかみんなの想像通りで、殺せんせーは傷一つなく元の触手の姿へと戻っていた。そして「では、旅行の続きを楽しみましょうか」と言いながら、どこからか出したフリップを掲げる。
「「「暗殺…肝試し?」」」
「暗殺旅行の締めくくりにはピッタリでしょう」
アロハシャツから白装束に着替えた殺せんせーは、みんなの声に頷きながら準備運動を始めた。お化け役は殺せんせーが務め、男女のペアで300メートルの海底洞窟を歩いて行くこと、だそうだ。なお、その際の暗殺も可。
「面白そーじゃん。昨日の晩動けなかった分憂さ晴らしだ!」
「えー、でも怖いのやだな〜」
「へーきへーき!」
みんな盛り上がり始めながら、いつの間にか殺せんせーが用意したくじを引いていった。肝試しか……夏の定番だし辺りも良い具合に暗くなってきたし、なにより場所が海底洞窟だなんて、すっごく面白そう!わくわくしながら回って来たくじを引く。
「生駒さん、何番だった?」
「岡野さん。えっと……8番だよ」
「ね、私のと交換しない?」
どうして交換……?首を傾げて聞いてみるも、岡野さんは「いいからいいから」と笑って私の紙と自分のを交換した。それから手を引かれ、向こうに連れて行かれる。
「前原ー、生駒さん4番だってさ」
「おっ本当?じゃー生駒さん俺とペアだな!」
「えっ、あっ、岡野さん!?」
慌てて岡野さんを振り返るけど、「良かったね」と相変わらず満面の笑みで私の背中をぽんぽんと軽く叩くだけだった。前原くんがひらりと掲げる紙には「4」と書かれていて、それは岡野さんと交換した紙に書かれているのと同じだった。も、もしかして岡野さん、前原くんの番号知ってて……?
「よろしくなー、生駒さん!」
「こ、こちらこそ!」
……あちこちから見守られてるみたいな視線を感じる。
****
「おー…真っ暗」
「すごく雰囲気あるね」
私達の順番になり、懐中電灯を持つ前原くんと並んで洞窟へと入って行った。洞窟の中は暗くて湿っぽく静かで、肝試しするには相応しく恐怖心を煽る場所だった。足元に気をつけながら周囲をきょろきょろと見回す。
「生駒さんってこういうの平気なタイプ?」
「うん!ホラー系とか結構好きなの!」
「へえ、意外。そういや入る前からわくわくしてたもんな」
は、はしゃぎすぎたかな?なんて思ったけど、前原くんは可笑しそうに笑って奥の方を照らしながら先を促した。そして少し歩くと、ボウッと殺せんせーが現れてこの洞窟の悲劇を語り始めた。本当の話?それとも作り話?ともかく先生の語り口調にマッハ20のスピードが合わさって不気味さが増していた。
「すっげー……結構リアル」
「殺せんせー、仕掛けとか置いてるのかな!?楽しみだねっ!」
「……ほんと、意外だな」
更にどんどん歩いて行くと、途中何か所かで再び殺せんせーが現れ、その場に応じたような洞窟でのエピソードを話して行ってくれた。……それはいいんだけど、そこに用意されていたのがこの場に似つかわしくないピンク色でハートモチーフのカップルベンチだとか、イチャイチャするカップルがみたいとかの恨み言を呟きながら包丁か何かを研ぐ人影だったりで……。なんかおかしい、そんな雰囲気になって来た。
「思ってたのと違う……」
「なに考えてんだ、殺せんせー?」
すっかり怖さがどっか行ってしまった海底洞窟を、まあとにかく出口目指して歩き続けていく。もっと怖いのを期待してたのに殺せんせーったら。しかも、ベンチでは「もっと間を詰めてくっついて!手や肩が触れるくらい!」だの、「イチャイチャするカップルが見たい……椚ヶ丘中学のジャージを着た男女が手を繋いでイチャイチャしてくれたらワシ満足なんだけどなー」だの、うるさいのなんの。絶対怪談じゃないし。そんなこんなで歩いていると、今度は吊るされた髑髏が降って来た。遠くから殺せんせーの声が聞こえてくる。
「立てこもり飢えた我々は…一本の骨を奪い合って喰らうまでに落ちぶれた。おまえ達にも同じ事をしてもらうぞ……」
そして次に吊り下ろされてきたのは……
「さぁ、両端から喰っていけ……」
「それポッキーゲーム!!」
一本のポッキーだった。「さっきから何がしてーんだ殺せんせー!」と前原くんのツッコミが入り、殺せんせーに銃弾がお見舞いされる。
「にゅやッ!よ、予定と違う!生駒さんチャンスですよ!?このポッキーゲームで前原君との距離をぐっと近」
「うるさいですよ殺せんせー!!」
「にゅやーッ!!」
「生駒さん!?落ち着いて!」
また!そういうことを言って!私と前原くんをぐいぐい押してなんとしてもポッキーゲームさせようとしてくる殺せんせーに今度は私が銃を構えてやった。しかし、私が前原くんに押さえられている間に殺せんせーは「次のペアを怖がらせなくては!」と去って行ってしまった。もう誰一人として驚きませんよ!!
「もうっ、殺せんせーは!行こう前原くん!」
「お、おお」
「お化け役だって言ってたのに!あれじゃまるで――きゃあっ!?」
「危ない!」
息が上がったまま先を進もうとしたら、つるりと足を滑らせてしまった。転ぶ!と思ったけれど、前原くんに支えられてなんとかそれは免れた。うわあっ、またやっちゃった!
「ご、ごめんなさい!ありがとう……」
「どーいたしまして!暗いし危ないし、せっかくだから繋いどこっか?」
「えっ」
前原くんはそう言って笑うと私の手をとった。あ、あれ……もしかしなくとも、手、繋いでる……!?「せっかくだから」ってどういう意味!?聞けないけど!顔に熱が集まるのを感じる。私の頭の中からは殺せんせーのことがあっという間にどこかへ行ってしまった。
「落ち着いた?」
「う、うん」
しばらくの間お互い黙って歩く。そして辺りの静けさが再び戻ってきた頃、前原くんにこう聞かれた。今は違う意味でいっぱいいっぱいだったけど、うんと答える。それから、何か会話しなくちゃと思ってショートしそうな頭を必死に動かし、「沖縄旅行、楽しかったね」との話題をなんとか絞り出した。
「だなー。今日はほとんど寝ちまって自由時間なくなったのが残念だけど。せっかく一緒に遊ぶ約束してたのになー?」
「不測の事態だったからしょうがないよ。でも、みんな元気になって本当に良かった」
「そうだなあ……」
前原くんも、あんなに苦しそうだったのに栄養剤を飲んでぐっすり眠ったらいつも通り元気になった。本当に、本当によかった。もしも万が一のことがあったら……こうして並んで歩くことも出来なかったんだから。ちらりと前原くんを見ると、ばちっと目が合った。そして、優しく微笑まれる。
「生駒さん、ずっと看病してくれたもんな。ありがとう」
「私だけじゃないよっ!竹林くんと奥田さんも居てくれたし、解決したのは突撃チームのみんなのお陰で……」
「でも俺はさ、生駒さんが居てくれて、なんつーかすげー安心したんだ」
「え……?」
「熱に浮かされててさ、時々意識がはっきりする時があったんだけど、そういう時はたいてい生駒さんが傍にいてくれてさ……。安心したし、嬉しかった」
前原くんは今度は照れ臭そうに笑い、また「ありがとう」と言った。その表情に、言葉に、更に顔が赤くなるのを感じる。心臓はまるで耳元にあるかのようにうるさく鳴って聞こえた。繋いでいる手はひどく熱い。
「私……私、も、すごく嬉しいよ。前原くんが元気になってくれて」
「ん……そっか」
前原くんは気恥ずかしそうに頬を掻いて、不意に足を止めた。不思議に思って振り返ると、前原くんは何か言いたげに口を開いて、少し躊躇うような素振りを見せてまた閉じた。ぎゅっと手を強く握られる。
「あのさ、生駒さ――」
「ひーーっ!!」
「「!?」」
ガンガンと何かが洞窟の壁にぶつかりながら、猛スピードで何かが……というか、殺せんせーがこっちに向かって去って行った。二人してぽかんとその姿を見送る。そこでふと思い出した。殺せんせーって、確かE組で一番怖がりだったよね。
「……出口行こっか」
「だな」
私と前原くんは顔を見合わせて苦笑した。
あとちょっとで出口が見えてくるようだ。もうすぐこの手を離さないといけないのが、少し名残惜しい。