外へ出てしばらく待っていると、他のみんなも次々に洞窟から出て来た。殺せんせーは一人だけゼエゼエ息をしながら地面に伏せっている。
「要するに…怖がらせて吊り橋効果でカップル成立を狙ってたと」
全員揃ってから殺せんせーを問い詰めたところによると、この肝試しでの先生の狙いはそういうことだったらしい。ああ、だからあんな妙なベンチやらポッキーゲームやらが設置されていたのかと納得する。みんなにダメ出しされた殺せんせーは、「手ェ繋いで照れる二人とか見てニヤニヤしたいじゃないですか!」と泣きながらゲスな発言をした。
「(……手、か…)」
殺せんせーを囲う輪からは少し離れたところで、ついさっきまで前原くんと繋いでいた手をじっと見つめる。……別に、アレは殺せんせーの取り計らいのお陰とかじゃあないし。前原くんは優しいから、きっと私がまた転びそうになったりしないよう気にしてくれただけで……。
「ヌルフフフ……まあでも、一組は先生を満足させてくれましたがねえ生駒さ――にゅやーッ!!」
「おっ、生駒さん遠距離射撃も上手くなったな」
「ありがとう千葉くん。私今すごく殺せんせーのこと殺したいから手伝ってくれると嬉しいな」
「気持ちはわかるけど落ち着いて、生駒さん」
殺せんせーを見据えたまま残弾を確かめながら言うけど、苦笑するメグちゃんに抑えられてしまった。私、なんだか最近「落ち着け」ってよく言われてる気がする。ああだけど、殺せんせーがニヤニヤしながら何か書き込んでいるノートを狙い撃つ技術が今の私にあれば……!
「叶のことはともかく殺せんせー。そういうのはそっとしときなよ。うちら位だと色恋沙汰つっつかれるの嫌がる子多いよ」
「どうして私は“ともかく”なの莉桜ちゃん……」
「だって、なあ?」「うん」なんていう周りの声と温かい視線に、なんだかどっと疲れが湧いて溜め息をついた。
「何よ結局誰もいないじゃない!怖がって歩いて損したわ!」
「だからくっつくだけ無駄だと言ったろ」
そうしていると最後の一組――烏間先生とイリーナ先生も洞窟から出て来た。イリーナ先生は烏間先生の腕にくっついていたけれど、私達の視線に気づくと恥ずかしそうにそっと離れた。それから、特に何も気にすることなく歩いて行く烏間先生の後ろ姿を見つめる。
「…なぁ、うすうす思ってたけど、ビッチ先生って…」
「…うん」
全員が同じことを思ったようだ。殺せんせーとみんなの目が光り、にやりと口角が上げられた。
ホテルに戻ると、さっそく烏間先生とイリーナ先生をくっつける作戦会議が始まった。色んなテクニックを持つ先生だけど、自分の恋愛となると話は変わってくるものなのかな。烏間先生を好きになった経緯を恥ずかしそうに話すイリーナ先生は、いつもと違った感じでとても可愛らしかった。
それから一番楽しそうな殺せんせーを筆頭に、みんなでイリーナ先生を烏間先生好みにしていこうとしたのだけど……。服といい好みのタイプといい手料理といい、つけいる隙の無い烏間先生が相手ということでかなり難航していた。
「なんか烏間先生の方に原因あるように思えて来たぞ」
「でしょでしょ?」
「先生のおふざけも何度無無情に流された事か」
最終的に烏間先生が軽く悪口言われる展開になるという。それでもなんとかロマンチックなディナーをしてもらおうということで、男女に分かれてそれぞれ指示された作戦を開始した。
「…なんだこれは」
「烏間先生の席ありませーん」
「E組名物先生いびりでーす」
そしてディナーの時間。かなり無理矢理だけど座席を全て埋めてしまい、烏間先生を中庭にセッティングしたテーブルへ誘導することに成功した。そこに用意されているのはイリーナ先生と烏間先生二人だけのディナーの席。烏間先生がそちらへ向かうのを確認した渡した私達は、さっと窓辺へ駆け寄る。すでに席についているイリーナ先生は、いつもと少し違った格好だ。
「ううぅ……烏間せんせぇ…」
「よ、よしよし陽菜乃ちゃん」
ハンカチを握り締めて泣く泣く二人を見守る陽菜乃ちゃんを慰めながら、私も外へ目を遣った。先生達は時折なにか話しながら食事を進めている。イリーナ先生が嬉しそうに笑った。上手くいくと良いなあ、あの二人。
しかし、そろそろ食事も終わりという頃でイリーナ先生がふと悲しそうな表情を浮かべた。どうしたんだろう……?不思議に思いながら、なにやら真剣な顔で話す先生達を見つめる。すると突然イリーナ先生が立ち上がり、烏間先生の付けていたナプキンを取ったかと思うとその裾に口付けた。そして、それを烏間先生の唇に押し当てた。
「何よ今の中途半端な間接キスは!!」
「いつもみたいに舌入れろ!舌!!」
「あーもーやかましいわガキ共!大人には大人の事情があんのよ!!」
ホテルの中へ戻って来たイリーナ先生はみんなのブーイングに迎えられた。先生の表情が少し気になったけど……今はもういつも通りのように見える。ふと中庭に目を戻すと、烏間先生は海の方を見ていて、その表情は読めなかった。
****
「あ、烏間先生」
「生駒さん、まだ起きていたのか」
「はい、ちょっと目が冴えちゃって……。烏間先生はこんな時間までお仕事ですか?」
「ああ」
その夜なかなか寝付けなくって少しだけ部屋を抜け出した。なんとなくロビーへ足を向けてみると、烏間先生がそこのソファーに座って何かの資料を読んでいた。「明日は朝早いぞ」と言われつつも、隣のソファーに腰掛けてみる。先生は仕事の方に集中しているのか、特に何も言わなかった。
「生駒さんも今回の旅行は楽しめたようだな」
「えっ!?」
「?どうした」
やっぱり邪魔になったらいけないし部屋へ戻ろうか、そう考えて立ち上がろうとしたら烏間先生が突然そんなことを言った。思わず驚きの声を上げた私に先生は資料から顔を上げる。私がこの旅行で一番楽しかったことと言えば、言わずもがな今日の肝試しのことで。それで頭がいっぱいだからか、みんなに散々話のネタにされたからか、ちょっと意識が過剰になっているみたいだ。
だってほら、まさか烏間先生までもが私と前原くんのことを茶化すわけないじゃない!現に不思議そうな顔をしているし。だから今の反応を誤魔化そうと「そ、そうですね!」と笑った。
「烏間先生も、楽しかったですか?」
「――ああ」
「あっ、烏間先生は暗殺計画とかウイルスのこととかの方で大変でしたもんね……ごめんなさい」
「……いや。確かにそうだが、俺も君達と過ごせて楽しかった」
私達は暗殺があれど楽しい旅行気分でいられるけど、烏間先生はそういうわけにはいかないよね。殺せんせーっていうターゲットがいて、私達や今回の暗殺計画にも気を配らないといけないし。それに今回は想定外の事件もあったから。無神経なこと聞いたかなと思ったが、烏間先生はふっと口角を上げるとそう言って私の頭にポンと手を置いた。
「……あの、烏間先生」
「なんだ?」
「――いえっ、なんでもないです。おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
ふとイリーナ先生の顔が頭に思い浮かんで、思い切って先生達のことを聞いて見ちゃおうかなと思った。でも、それやめにして立ち上がる。「おやすみ」と片手をひょいと挙げる烏間先生の表情は、やっぱり何を考えているのか読めなかった。烏間先生の頭の中は殺せんせー暗殺のことでいっぱいなのか、それとも――。くぁ、と小さな欠伸が出る。先生も言っていたように明日は朝早い。いい加減寝ることにしようっと。
こうして、私達E組の沖縄旅行は幕を閉じた。