祭の時間

 沖縄旅行の後も、出ていた宿題を終わらせたりE組女子で遊びに行ったり菅谷と出掛けたりと、毎日楽しく休みを過ごした。だけど一大イベントの旅行が終わったらあっという間に日が過ぎる感じだ。今日はもう8月31日、夏休み最後の日。

「明日から二学期かー…」

 暗殺も勉強も更に頑張って行かなくっちゃ!……恋愛、も。沖縄でのことを思い出すとつい頬が緩んでしまう。二学期では前原くんともっと仲良くなれたらいいなあ……。

「夏休み最後の日も勉強とは、感心ですねえ」
「っ!?殺せん……きゃあっ!」

 部屋でひとりきりだと思っていたのに突然窓から聞き覚えのある声がして、びっくりして椅子ごと後ろに転げそうになった。伸びてきた触手に支えられて無事だったけど。改めて窓の方を見ると、殺せんせーが「こんにちは、生駒さん」と笑った。

「こ、こんにちは殺せんせー。どうしたんですか?」
「今日は夏祭りのお誘いに来ました」
「夏祭り?」

 殺せんせーに紅茶を淹れながら詳しい話を聞く。最後の一日くらいは何も考えず遊ぼう!と思い立ってE組みんなに声をかけて回っているみたい。来れる場合は今夜七時に椚ヶ丘駅に集合とのこと。どうしようかな……殺せんせーがものすごく期待の眼差しを向けてくるけど。

「ちなみに、前原くんは参加するようですよ」
「!」
「浴衣を着てお祭りに花火……ヌルフフフ…肝試しと同じくらい定番ですねえ。どうしますか?生駒さん」
「っ……行きます」
「そうですか!ではまた夜に!」

 「紅茶ご馳走様でした」殺せんせーはノートになにやら書き込みながら去って行った。うぅ……まんまと釣られた気がする。


****


「えっ、菅谷は行かないの?」
「おお。用事あんだ」
「そっか……。じゃあごめんね、忙しいのに手伝ってもらっちゃって」
「気にすんなって。前原が来るんならしょうがねーよ」

 殺せんせーが帰ってから私は急いでお気に入りの浴衣を引っ張り出した。お母さんに着付けを手伝ってもらい、髪はどうしようかななんて考えていると菅谷から電話がきた。それでお願いして結ってもらうことにしたの。菅谷はお祭り行けないみたいで残念だけど……なんか、楽しそう。

「よっし、出来たぞ」
「ありがとう!さすが菅谷」
「お礼は前原との進展報告でいいからな」

 菅谷はそう言ってにっと笑った。進展……あったらいいな。

 それから集合の時間に間に合うように椚ヶ丘駅へ向かった。履きなれない下駄はちょっと歩きにくい。全員揃ってからはみんなで神社へ。殺せんせーは駅には寄らず、神社へ直接来るみたい。

ちゃん」
「あっ、有希子ちゃん。浴衣なんだね、すごく綺麗!」
「ふふ、ありがとう。ちゃんも似合ってるよ」

 道中は有希子ちゃんとおしゃべりしながら。やっぱり綺麗だなぁ、有希子ちゃん。旅行の時の白いワンピースもよく似合っていたけど和装も素敵!神社に近付くにつれて人も多くなってくる。お祭りの賑やかな音も聞こえてきて私達も心なしかテンションが上がって来た。

「いやあ、思いの外集まってくれて良かったよかった。誰も来なかったら先生自殺しようかと思いました」
「じゃ、来ない方が正解だったか」

 合流した途端ホッとしたように言う殺せんせーに、カエデちゃんが苦笑交じりに言った。確かに当日という急なお誘いだったわりに結構集まっている。クラスぐるみで仲の良いE組、好きだなあ。なんてことをぼんやり思っていると、みんな各々行きたいところへ散って行った。千葉くんと凜香ちゃんは射的、カルマくんはくじを引きに、イリーナ先生は商工会のテントへ行っちゃってる。私はどうしようかな……。

生駒さん!よかったら俺と磯貝と回んね?」
「!いいの!?」
「おお!」

 ぽんっと肩を叩かれたかと思ったら前原くんだった。いいのかなと思いつつ磯貝くんを窺うと、にこりと笑い返される。せっかくのお誘いだ!背後に殺せんせーらしき視線を感じつつも、私は前原くんと磯貝くんと一緒に屋台を回ることにした。

「あっ、破れちゃった」
「俺も。結構いけたんだけどなー」

 私達がまず向かったのは金魚すくい。もともと苦手なんだけど、五匹以上と思ったより掬えたかも。ちょっぴり満足しつつ隣に目を向けると、一度に二匹ずつくらい、ひょいひょいと次々お椀に金魚を入れていく磯貝くんが。

「す、すごい!磯貝くん上手!」
「相変わらずなんでもそつなくこなすな、磯貝」
「コツだよ。ナイフで斬る感覚と結構近いぞ」

 な、なるほど。磯貝くんってナイフの成績良いもんね。こんなところにも暗殺の技術が活かせるなんて……。あ、だから私も今までよりたくさん掬えたのか。そうこうしている内に磯貝くんのポイもついに破れてしまった。だけど二袋分いっぱいに詰められた金魚を見て磯貝くんは満足そう。

「こんなもんかな。うち貧乏だから百円で一食分浮いたのはありがたいわ」
「そっか」
「良かったねぇ」

 百円で一食分かあ……一食…………うん?“一食”?一拍置いて私と前原くんは顔を見合わせ、それから上機嫌な磯貝くんの背中を見つめた。

「(え?食うの!?)」
「磯貝くん、良かったら私のも貰って!」
「えっ、いいの!?」
「うん!」

 こんなに嬉しそうに笑う磯貝くんを見るのはもしかしたら初めてかもしれない。……金魚って美味しいのかな。
 それから(「気を取り直して」と前原くん)何か食べようかという話になり、たこ焼きとかわたがしとかを買って回った。途中から屋台のほとんどで殺せんせーを見たような気がする。E組で荒稼ぎして早仕舞いしたスペースに入り込んでやってるみたい。「月末だから殺せんせー、金ないんだな」と磯貝くんが苦笑していた。

生駒さん、足大丈夫?痛くない?」
「うん、平気だよ」
「ごめんな、向こうのテントとか空いてたらよかったんだけど」

 一通り回った後、私と前原くんは屋台の並ぶ通りから少し離れた縁石に腰を降ろしていた。磯貝くんは飲み物を私達の分もまとめて買いに行ってくれている。前原くんは私の足にちらっと目を遣ってから心配そうに聞いた。下駄は痛くならないよう工夫してきたから大丈夫なのに。優しいなあ。ここに座る時も私の場所にハンカチを敷いてくれたんだよ?それに、ここは人気が少ないから私としてはテントよりこっちの方が良かったり。……言えないけど。

「あのさ、言うの遅くなったけど」
「なぁに?」
生駒さん、浴衣似合ってるな。すげー綺麗」
「……!あ、ありがとう!」

 じっと目を見てそう言われ、私の顔はたちまち熱くなった。ふ、不意打ちはずるい!前原くんの視線は優しくってドキドキする。不意に目が合って、また胸が高鳴った。

「ま、前原くん?」
「ん?……あ」
「えっ!あの、何――」

 前原くんの手が私の頭に伸ばされて、距離が近付いてくる。何か言うことも動くことも出来なくてとっさに目を瞑った。――その時、ドォンッ!と大きな音が鳴った。

「わっ、花火!」
「あ、もうそんな時間か」

 夜空に大輪の花が咲いた。あちこちから歓声が聞こえる。綺麗……。どんどん打ち上げられる花火に見惚れていると、ふわりと頭を撫でられた。びくりと肩を震わせて、今前原くんがすごい近くにいることを思い出す。

「ま、前原くん?えっと……どうしたの?」
「えっ?あ、あー…髪飾り!本物かと思ったら造花だったんだな!」

 前原くんは何か誤魔化すかのように笑いながら私の髪飾りをちょいちょいと突き、少し距離を取った。な、なんだ髪飾りのことだったの。……残念だなんて別に思ってなんか。さっきから熱くて仕方のない頬を冷まそうと両手で押さえる。

「おーい、お待たせ」
「い、磯貝!遅かったな」
「悪い悪い。ほら、こっちが前原ので……生駒さん、はい」
「あ、ありがとう、磯貝くん」

 飲み物を受け取ると、磯貝くんはいつも以上に優しい顔で笑った。とりあえず冷たい物でも飲んで落ち着こう……。またすぐに顔が赤くなりそうで、前原くんのことはしばらく見れなかった。