序章5

 突然だが私は前原くんに片想いをしている。と言っても、彼のことはあまりよく知らない。たまに校内で見かけてはひとりきゅんとするくらいで、まさに“想ってる”だけって感じ。しゃべったことも一回だけしかない。でもその一回に起きた出来事で、心奪われちゃったのだ。……前原くんはそんなこと覚えてないだろうけど。
 まさかE組で一緒のクラスになるとは思ってもみなかった。だから、今の私は内心尋常じゃないくらい舞い上がっている。け、けど駄目だ。今そんなニヤけてたら変な子だと思われちゃう。だから隣で肩震わして笑ってないでよ菅谷ぁ……!

「悪い片岡、探してたら遅くなった」
「大丈夫よ。あ、こちら生駒さん。生駒さん、こっちは磯貝くんと前原くん」
「!は、初めまして生駒です!」

 片岡さんがそう紹介してくれたので、ドキドキしながらこちらからも自己紹介してぺこりと頭を下げる。すると、顔を上げた時に前原くんとばっちり目が合った。それから、にっこりと笑顔を向けられる。

生駒さん、前に一度だけ話したことあるよな!まさか同じクラスになるなんてなー。これからよろしく!」
「……!こ、こちらこそよろしくお願いします!」

  まさかあの一度きりを前原くんも覚えていてくれたなんて夢にも思っていなくって。そして前原くんが笑いかけてくれるので私はもういっぱいいっぱいだった。そうしていると、磯貝くんが呆れたように溜め息をつきながら、持っていた出席簿で前原くんの頭を軽く小突いた。

「いてっ!」
「さっそくちょっかいだすなって。生駒さん、それより悪いけど出席簿の座席表に名前書いてもらってもいい?」
「う、うん。わかった」

 磯貝くんから出席簿を受け取り、示されたところに名前を書く。途中、磯貝くんと前原くんの会話の中で前原くんが「生駒さん可愛いし」というのが聞こえ、あやうく字がずれるところだった。書き終えて、磯貝くんに出席簿を返す。

「ありがとう。生駒さん、前原の言うことは9割は聞き流す方がいいよ」
「私もそれが良いと思う」
「磯貝も片岡もひでー…。生駒さん一年間よろしくな!」
「こ、こちらこそ!」

 磯貝くんも前原くんも爽やかな笑顔を残し、自分達の席に戻った。片岡さんも同じ様に微笑んで、「今日は来てくれてありがとう。4月からよろしくね」と言って教卓の前へ移動した。……ふう。緊張した。本当に緊張した。赤くなっているであろう頬に手を当てると、案の定熱を帯びていた。

「……菅谷うるさい」
「なんも言ってねーけど」
「顔が!」
「ひっでーなあ」

 私が前原くんと対面した時からずっと菅谷はにやにやしながら見ていた。もう本当、ずっと面白そうにしてる視線を感じてたの。むうと睨み付けると「ごめんごめん」と笑われる。はあ、菅谷と話すみたいに前原くんともお話できたらなあ。

「ね、生駒さんと菅谷君はもしかして付き合ってるの?」

 すると私の前の席の不破さんが、こてんと首を傾げてこう聞いてきた。……て、え?誰と誰が付き合ってるって?驚いて思わず菅谷の方を向くと、菅谷はまた面白そうににやにやと笑っていた。

「その反応はもしかして……!?」
「えっ!違うよっ!付き合ってないって!」
「えー、そんな即答しなくても」
「嘘言う必要もないでしょっ!あ、あのね不破さん、確かに菅谷は一番仲良しだとは思うけどでも……」

 傷付いたように口を尖らせる菅谷を一喝して、慌てて不破さんに訂正する。しかし「生駒さんの一番仲良しなんだ!菅谷君すごーい!」と、逆に楽しませてしまった。す、すごいってどういう意味なんだろう。それから何不破さんの真似して両頬に手を当ててるの菅谷!あわあわしてると他の女の子もまた集まっちゃった……。

「ふふ、生駒さん面白いね」
「そ、そうかな……?」
「うん。正直近寄りがたいイメージだったけど、思ったより話しやすそうで良かった」

 そう言ってにこっと笑ったのは、確か岡野さん。近寄りがたい……そんなイメージ持たれていたのか。さっきのやり取りがあったからかもしれないけど、こうしてみんな話しかけてきてくれてこっちこそ良かった、だよ。面白いなんて初めて言われた!にこにこと笑顔の岡野さんにつられて私もはにかんだ。

「これからもたくさん話してくれたら嬉しいな。その、みんなとも仲良くなりたいし……」
「うん!こちらこそ!」
「同じクラスになったのも何かの縁だろーしね」

 「E組だけど」と中村さんは肩を竦めて見せた。E組でも何でも、ここはみんな良い人そうで安心する。不意にまた菅谷と目が合った。今度は私から笑ってみせる。今日、来てよかったな。というかもっと早く旧校舎へ寄ってみたらよかったとさえ思ってしまう。学校が始まったら、もっとみんなと仲良くなれるといいなあ。……それに今度こそ、ちゃんと友達できたらいいな。

「そろそろ帰るか。行こーぜ
「あ、うんっ」
「途中まで私達も一緒していい〜?」
「もちろんだよ!」

 椚ヶ丘中学校での最後の一年をここで楽しく過ごせますように。新しいクラスへの期待についつい口元が綻ばせながら、私はみんなと教室を後にした。