「…き、起立!」
E組の朝のHRは銃声から始まる。
「気をつけ!」
私達は、殺し屋。
「れーーーい!!!!」
標的は、先生。
「おはようございます」
クラス全員の射撃を浴びているにも関わらず、先生はなんてことのない顔で全て避けていた。それだけでなく、発泡されたまま出席をとる始末。全員の出欠確認が済む頃には、みんなの銃はもう弾切れになってしまった。
「残念ですねぇ。今日も命中弾ゼロです」
黄色い皮膚をした先生はそう言ってニヤッと笑った。
何日かこの朝の一斉射撃を試してはみたけれど、こうも当たらないなら止めた方がいいのかもしれない。私達の使う銃と弾は対先生用に作られた特殊なもので、もし私達の攻撃が当たっていたのなら――― ドブチュッ! ――…うん、今の前原くんの抗議に対して先生が証明してくれたように、ちゃんと触手は破壊されているはずなのだ。うあ、床でビチビチのたうつ触手がグロい。
「殺せるといいですねぇ。卒業までに」
先生の顔は緑のしましまに……ナメてる時の顔になった。と同時に始業のベルが旧校舎に鳴り響く。私達は銃と弾の片付けを始めた。
「やっぱ今日も三日月だな」
「うん……」
溜め息交じりの菅谷に言葉にふと空に目を遣る。まあるかった月を三日月にしてしまったのはこの先生だ。月が爆破されて、先生がこのE組の担任になって、そして私達の暗殺が始まってしばらく経つ。
「昼休みですね。先生ちょっと中国行って麻婆豆腐食べてきます。暗殺希望者がもしいれば携帯で呼んで下さい」
あっという間に午前の授業が終わり、先生は窓から飛び出して行った。マッハ20の先生なら、中国の四川省まで10分くらいかな?相変わらず理解不能なスピードだ。しかも移動中にテストの採点をしてるなんて。
「てかあいつ何気に教えるの上手くない?」
「わかるー。私放課後に暗殺行った時ついでに数学教わってさあ、次のテスト良かったもん」
倉橋さんの言葉にこっそり目を丸くする。た、確かに授業中の教え方もわかりやすくて上手だなとは思ってた。私はいまだに先生の得体の知れなさが少し怖くって、近寄りがたく感じていたけど……。今度わからないとこ聞きに行ってみようかな。
「…ま、でもさ。しょせん俺らE組だしな」
「頑張っても仕方ないけど」
先生が来て防衛省の人が来て、報酬の百億円に惹かれつつなんとなく暗殺が始まったけど、E組の雰囲気は以前とあまり変わりなかった。E組にいるということで今後の人生をすでに諦めかけているこの空気。ちょっぴり大き過ぎるとはいえ目標が出来たこのクラスが、少しでも良い方向に変わればな、と思う。
「生駒さん、お昼にしよ?」
「うんっ」
不破さんにちょいちょいと手招きされ、鞄からお弁当を取り出してみんなと机をくっ付ける。その時、寺坂くんと吉田くんと村松くんの後に続いて教室を出る渚くんを見た。……あの三人と渚くんが一緒って、少し不思議。何もないといいけど……。
私の嫌な予感は的中してしまった。五時間目の国語の時間に渚くんが先生を殺ろうとした。対先生用ナイフで刺そうとしてから、手榴弾での自爆テロ。寺坂くん達が渚くんにさせたことらしい。結果から言うと、先生の脱皮した皮のお陰で渚くんに怪我はなかった。
「寺坂、吉田、村松。首謀者は君等だな」
「えっ、いっ、いや……渚が勝手に…」
しかしその時の先生の顔は真っ黒。初めて見る本気の怒りの顔だった。そして先生はほんの一瞬姿が消えたかと思うと、腕に大量の何かを抱えて戻って来た。ゴトッ、パタッとその内の三つが床に落とされる。寺坂くん達が青い顔をした。
「政府との契約ですから、先生は決して君達に危害は加えないが」
先生は、およそ五秒の間でクラス全員の家の表札を集めてきたのだ。
「次また今の方法で暗殺に来たら、君達以外の人には何をするかわかりませんよ。家族や友人……いや、君達以外を地球ごと消しますかねぇ」
私達は悟った。烏間さんの言っていた通り、私達に逃げる場所はどこにもない――たとえ地球の裏側でも。逃げたくばこの先生を殺すしかない、と……。改めて先生の恐ろしさに気づき背筋がぶるりと震える。しかし、先生の次の言葉で私はまた思い直すのだった。
先生は、今の暗殺のアイデア自体はすごく良かったと褒めた。特に渚くんの動きは百点だって。先生が怒ったのは、寺坂くんが渚くんを、渚くんが自分を大事にしなかったことに対してだそうだ。
「人に笑顔で胸を張れる暗殺をしましょう。君達全員それが出来る力を秘めた
「……!」
私は瞬きをして先生を見つめた。ああ、この人は他の先生とは違うんだ。普通でないこのE組においてでも先生は私達を正面から見て、きっと全てを受け止めてくれるのだろう。例えそれが殺意だとしても。それから、教卓に燻ぶる火をじっと見つめてから触手で消した先生に首を傾げた。
「…さて、問題です渚くん。先生は殺される気などみじんも無い。皆さんと3月までエンジョイしてから地球を爆破です。それが嫌なら君達はどうしますか?」
「…その前に、先生を殺します」
「ならば今や殺ってみなさい。殺せた者から今日は帰って良し!!」
私達は殺し屋。
標的は先生。
「……あ、名前。『殺せんせー』は?」
殺せんせーと私達の暗殺教室。
始業のベルは今日も鳴る。
「(……あれ、これってもしかして今日帰れないんじゃ)」
****
「なーんかまだ現実味ないんだよなあ」
手元のスケッチブックに鉛筆を走らせながら菅谷がぼやいた。
「殺せんせーのこと?」
「おう」
隣の席の菅谷と向き合う様に座っていた私は、ちらりと黒板前に立つ先生に目を遣った。もしかすると3メートルはありそうな大きな身体に黄色い皮膚、それから数本の触手を持ったどう見ても人外の先生。最近、茅野さんが『殺せんせー』と名前をつけた。殺せんせーは本当に普通の先生のように……いや、それ以上に私達E組の担任をちゃんとやってくれている。あの人が椚ヶ丘のこの隔離校舎にやってきてもうしばらくが経つ。
今は矢田さんと倉橋さんが先生となにやら楽しそうにおしゃべりしている。その後ろから、三村くんと磯貝くんが教室という場には似つかわしくないナイフを持って先生を襲おうとした。だけど、その手はいとも簡単に触手に止められてしまう。ううん……。私達E組の生徒に、あの先生の暗殺を命じられてからも数週間が経った。
「叶」
「ん、ごめんね」
名前を呼ばれ、顔を菅谷の方に向け直す。
成功報酬の百億円に惹かれてか、何人かは積極的に暗殺を試みていた。だけど私や菅谷のように出方を迷っている人も多い。くだらないって言ってる人達も少し。
私としては、出方を迷っているというよりは菅谷の言うように、いまだに現実味を感じていないだけなのかもしれない。殺せんせーの存在には段々慣れてきた。慣れないのは、武器と暗殺。いま手にしている銃に目を落とす。これを持つ自分が不思議。手にすることは疎か使う機会が来るなんて思いもしなかったよ。
「……それで、どうして私が銃持ってるとこ描くの?」
「レアじゃん」
「そうだけど」
「叶が銃を持つっつーアンバランスさが良くね?」なんて言われるけど、ごめんわかんない。だけど、菅谷のスケッチにはよく付き合ってることだし楽しそうだし、まあいっか。引き続き銃を弄りながら大人しく描かれていると、「生駒さーん!」と呼ばれた。振り返ってみると、ちょいちょい手招きする岡野さん。
「菅谷、私行っても大丈夫?」
「おーもう手直しすりゃ完成だし。ありがとな」
「どういたしまして」
一応、菅谷に確認を取ってから岡野さんやクラスの女の子達が集まっている方に向かう。みんなナイフや銃を持ち寄っているのを見るところ、暗殺計画でも立てるのかな?
「どうしたの?」
「うん。殺せんせーを暗殺するハナシなんだけど、人数欲しいから生駒さんにも協力して貰いたいなって。いいかな?」
「もちろん、いいよ」
思った通りでした。委員長の片岡さん中心に女子だけでどうにか暗殺の機会を狙えないか話し合うみたい。私は自分から行動を起こすことはまだ無いけど、他の人達の作戦にはなるだけ協力するつもり。ちらりと今度は男子達と話をしてる殺せんせーを見る。せめて情報収集は、ってことで私も今度先生とお話してみようかな。
「生駒さん、良い案思いついたら遠慮せず教えてね?」
「生駒さん頭良いし、期待してる!」
「うっ、うん、頑張るね……!」
「ねぇねぇ放課後はどっかでお茶しながら話し合いやらない?」
「あっ、さんせー!私新しくできたとこ行ってみたいんだー」
と、放課後の予定まで決まっていく。「目的ずれてきてない?」と中村さんが呆れたように笑った。話してる内容は、ちょっと普通とは言い難いことも含まれてるけど、こうしていると本当に私達が暗殺教室にいるって感じしないな。それにこんな風にクラスの子達とわいわいするのって久しぶりで、すごく楽しい。ふふ、と笑みが自然に溢れていた。
「……よしっ、と。こんなもんか」
手を止めた菅谷は、鉛筆を器用にくるりと回しながら満足気に口角をあげた。それから向こうで女子達と楽しそうにしている叶を見つめ、更に頬を緩める。
「菅谷君、なに描いてたの?」
「ん。よお渚」
そこへ自分の席に着こうとしていた渚が菅谷の手元を覗き込んだ。そこには、銃を手にした叶の絵。渚は思わず感嘆の声を洩らしながら菅谷からスケッチブックを受け取った。その時ぱらりと捲れた前数ページにも、叶の絵。
「……菅谷君って、よく生駒さんの絵描くの?」
「そーだなー。叶と会ってからは、人物画はあいつ描くことが多いかも」
渚は少しばかり驚きながら視線を上げた。菅谷の視線を辿ると、叶の姿。その上この優しそうな表情である。
「……菅谷君と生駒さんって、付き合ってないんだよね?」
「おお」
ちょっといろいろと突っ込みをいれたい渚だった。