サービスの時間

「殺せんせーどこだろう」

 お昼休み、お弁当を早めに食べ終えて私は殺せんせーを探していた。教員室にもいなかったからもしかして外かな。校舎を出て草木の生い茂る中を探してみる。……あ、いた。あの黄色い皮膚は見つけやすいな。

「殺せんせー…何してるんですか?」
「おや生駒さん。おやつですよ。良かったら一緒にどうですか?」
「かき氷……?」
「ついさっき、ちょっと北極まで取りに行ってきました」

 殺せんせーはレジャーシートまで敷いてかき氷作りに励んでいた。北極ってちょっと行くような場所じゃないと思うの。そう思いながらも、せっかくのお誘いなので乗ってみることにした。靴を脱いで先生の斜め向かいにちょこんと座ってみる。

「さあどうぞ。あいにくシロップはイチゴ味しかありませんが」
「イチゴ好きなので大丈夫ですよ」

 ヌルフフと特徴的な笑いをしながら、殺せんせーはかき氷の入った器とスプーンを渡してくれた。一口掬って食べてみる。かき氷は冷たくて甘くて、ひと足早い夏の味がした。ふと顔を上げると殺せんせーと目が合う。それからなぜか触手でぽにぽにと頭を撫でられた。

「殺せんせー!!」
「かき氷俺等にも食わせてよ!!」

 すると草影ががさりと揺れて、片岡さんや矢田さんや岡野さん、それから前原くんと磯貝くんと三村くんが駆け寄って来た。お皿足りるかなぁなんて思っていると、片岡さんが何か言いた気に私を見つめているのに気づく。……?なんだろうと首を傾げている内に、みんなが対先生用のナイフを向けてきた……っ!?

「きゃあっ!?」
「笑顔が少々わざとらしい。油断させるには足りませんねぇ。生駒さん、大丈夫ですか?」
「は、はい。ありがとうございます……」

 固まっているとお腹の辺りに触手が巻き付いてきて、猛スピードで景色が変わった。どうやら殺せんせーが私ごと移動させてくれたらしい。た、助かった、けど、先生がみんなのナイフと入れ替えたやつって……。

「ていうか殺せんせー!この花クラスの皆で育てた花じゃないですか!!」
「にゅやッ!そ、そーなんですか!?」
「ひどい殺せんせー。大切に育ててやっと咲いたのに……」
「す、すいません!今新しい球根を……」

 すとんとその場に降ろされたかと思うと、殺せんせーは今度は大量の球根を抱えて現れた。そして、岡野さんと片岡さんに叱られながら普通のスピードで球根を植え直していた。

「なー…あいつ地球を滅ぼすって聞いてッけど」
「お、おう……。その割にチューリップ植えてんな」

 その様子を見ながら前原くんと磯貝くんがこう話す。うーん、確かにこうして見ていると、殺せんせーが月を爆破して地球を滅ぼそうとしてるとは思えない。ぼんやりしながら無意識にかき氷をまた一掬い口へ運ぶ。その食器の当たる音が聞こえたのか、二人がこちらを振り返った。

「あー、ごめんな生駒さん。びっくりさせたみたいで」
「ううん。私の方こそ咄嗟に反応できなくてごめんね」
「いや、生駒さんが先生といたから、じやあ俺達も一緒にって騙せるかと思って行ったんだ。いてくれて良かったよ」
「そうなの」

 「バレバレだったみたいだけど」と苦笑する磯貝くんに笑い返す。すると、スプーンを握っている方の手がぐいっと動かされた。驚いて振り向いてみると、前原くんが私の持ってるスプーンでかき氷を掬って食べていた。……!?

「ん、うまい」
「……なにしてんの前原」
「いや、北極の氷だとなんか違うのかなーと思って」
「はあ……。続けざまにごめん生駒さん。スプーン洗ってこようか?」
「磯貝俺に酷くね!?」
「っあ、だ、大丈夫だよ。気に、しない、からっ」

 今起きたことが衝撃的過ぎて、私はぎこちなく笑って首を横に振るのが精一杯だった。うう、へ、変に意識しないようにしなきゃっ……!




 それから、殺せんせーは花壇を荒したお詫びにハンディキャップ暗殺大会を開催することになった。縄で縛って木の枝に吊るされた先生に暗殺を試みる、んだけど、縛られた状態でも殺せんせーはヌルヌルよけてしまうみたいであまり上手くいってないみたい。
 私はというと、教室に戻って窓からその様子を眺めていた。……残ったかき氷を食べながら。

「お、いーもん食ってる。ちょっとちょーだい」
「……やだ」
「えー。つうかその顔、なんか良いことあったろ?話してみ?」
「なんにもないよ!」

 恐らく赤面しているであろう私に、にやにやしながら菅谷が絡んでくる。いろいろ相談に乗ってもらってるとはいえ、このことを話すのは少し恥ずかしい。だからこれは私の心に秘めておこうと思う。
 窓の外では何があったのか、殺せんせーが縛られていた縄から抜け出していた。手応えがあったのか嬉しそうにするみんな。そこには前原くんもいて、その笑顔に私の胸はまた小さくきゅんと鳴るのだった。


****


 放課後の鐘が鳴る。今日も殺せんせー暗殺はことごとく失敗した。ほんと、殺せる日なんて来るのかな。

「菅谷、帰る?」
「悪い。今日は文具屋寄りてーんだ」
「そっか。じゃあまた明日ね」
「じゃな」

 隣で帰り支度をする菅谷に一度声を掛けておく。こちらを振り向いた不破さんが、にやにやと楽しそうにしているけど断じて毎日菅谷と帰っているわけでは、ない。家が同じ方角にあって割と近いから、自然と帰りが一緒になることが多いだけだ。

 とにかく今日の私は一人下校。クラスメイトや先生にさよならと言って旧校舎を出た。
 家に帰ったら何しよう。勉強は、最近は殺せんせーのお陰でとても順調だ。家での予習復習も短時間で済む。本屋にでも寄って行こうかな?なんて考え込んでいると声を掛けられ、一拍遅れて振り返った。

「やあ、生駒さん」
「榊原くん?」
「久しぶりだね。会えて嬉しいよ」

 本校舎と旧校舎の方角を示す標識の側に榊原くんが立っていた。……もしかして、待ち伏せてた?そう問う前に彼は本当に嬉しそうに微笑み、私の隣に並んだ。そしてそのまま歩みを進めようとする。私は榊原くんを見上げながらそれに倣った。

「久しぶり……どうしたの?」
生駒さんに、少し警告をと思ってね」
「警告?」
「もうすぐ赤羽の停学が解けるらしいんだ」

 首を傾げた私に榊原くんはこう続けた。赤羽……視線を宙に飛ばしてしばし考える。ああ、赤羽業くんのことか。同じE組で、今は停学中っていう。榊原くんは生徒会の役員だから、そんな情報も入ったのかな。
 それでどうして警告?と聞けば、「君のクラスに行くだろう?危ない奴だから、関わりを持ってはいけないよ」とのこと。榊原くんは『私と同じE組』とは言わなかった。優しく見つめられながらも、私は赤羽くんをよく知らないのでどうとも言えず、ただ「そう」とだけ答えておいた。

「新しいクラスはどう?やっぱり良くはないかい?」
「そんなことないよ。楽しいよ」

 良くないと決めつけているように取れる聞き方に思わず即答して言い返す。榊原くんは驚いたように目を見開いたけど、本当のことだ。暗殺の件は言えないけれど、それを差し引いても私はE組での生活を心底楽しんでいる。嘘を言っているのではないとわかったのか、榊原くんは「へえ……」と呟くと黙ってしまった。気まずい沈黙がしばらく続く。

「……えっと……榊原くんは、どう?最近」
「……いつも通りかな。だけど君がいなくて寂しいよ。今のA組はまるで太陽を失くした世界のようだ」

 沈黙を破るためになにか会話を!と思って投げた質問に、榊原くんは一呼吸置いてから答えた。足を止め、またじっと見つめられる。

「お、大袈裟だなぁ」
「大袈裟なんかじゃないよ。君は僕達にとっても特別で、勝利の女神の様な存在だったんだから」
「………へえ、」

 榊原くんは人文系の教科――特に国語が得意で、読書感想文なんかのコンクールを総ナメにしてよく賞を貰ってる。それだからなのかどうなのか、普段の会話の中でも詩的な表現とか文学的な言葉をよく挟む。だけど……ねぇ、太陽とか女神とか言われても、正直反応に困っちゃうよ。そんな私にお構いなしで、榊原くんはそっと私の手をとり「戻っておいでよ」といつぞやの浅野くんのようなことを言った。

「でも、私……」
「あの事件は忘れていないよ」
「………」
「君の傷ついた心は僕が癒してあげる。だから……」
生駒さん、蓮、今帰り?」

 榊原くんの言葉を遮った声の主は浅野くんだった。ひょいと手を挙げながらいつもの爽やかな笑顔でこちらに来る。途端、触れている榊原くんの手や、彼の表情がぎしりと強ばった。

「そうだよ。浅野くんも?」
「ああ。良かったら一緒してもいいかな?」
「私は別に……。榊原くんは?」
「ぼ、僕は」
「蓮ももちろんいいよね。ありがとう」

 浅野くんは榊原くんの返事を待たずに私の逆隣に並んだ。この二人は同じ生徒会だし仲も良いみたいだから、別にわざわざ許可取りとかする必要もないのかな。にこにこと笑顔のままの浅野くん、なぜかちょっぴり顔色の悪い榊原くん。今日はこの二人と下校することになった。
 ……ところで今更だけど、二人とも私と一緒のところを誰かに見られたらなんて言うつもりなんだろう。E組云々のことは彼らもよくわかってるはずなんだけどなあ。そう思いながらも、浅野くんと榊原くんと並んで歩くとA組にいた頃に戻ったようで、少し懐かしく感じるのだった。