カルマの時間

 今日の五時間目は体育。緑たくさんのグラウンドにみんなの掛け声が響く。私達は横向きの体勢から少し傾き、対殺せんせー用のナイフを振っていた。

「八方向からナイフを正しく振れるように!!どんな体勢でもバランスを崩さない!!」

 今日から体育の時間は烏間さん……もとい、烏間先生が受け持つことになった。E組の体育教師とそして副担任として、私達の技術面や精神面をサポートすると決まったそうだ。殺せんせーの件があるとはいえ防衛省の人が急に先生になったりできるものなのかな、と思ったけど烏間先生は一応教員免許を持っているらしくて少し驚いた。

「ひどいですよ烏間さ…烏間先生。私の体育は生徒に評判良かったのに」
「うそつけよ殺せんせー」

 殺せんせーは自分もなぜか体育着を来てやる気まんまんでいたけど、烏間先生に砂場に追いやられてしまった。しくしく泣きながらぼやく殺せんせーに、菅谷が呆れたように言う。
 殺せんせーの体育の授業は二、三回ほど受けた。この前は反復横跳びだったっけ。最初にお手本を見せてくれたんだけど……。そもそも殺せんせーが基本と言った視覚分身からして私達には無理だと思うの。当然みんなから「できるか!!」とのツッコミが入った。

「異次元すぎてね〜…」
「体育は人間の先生に教わりたいわ」

 中村さんや杉野くんにもこう言われ、殺せんせーはまたしくしく泣きながら私達に背を向けて砂場で独り寂しく山を作り始めた。
 そんなせんせーを烏間先生はさらりと流し、授業を再開しようとした。そこへ前原くんから、暗殺対象のいる前でのこんな訓練に意味はあるのかと疑問が投げられる。それに対して烏間先生は、暗殺も勉強と同じで基礎は身につけるほど役に立つと言った。それから先生は少し考えて、前原くんと磯貝くんを指名した。

「そのナイフを俺に当ててみろ」
「え…いいんですか?」
「二人がかりで?」
「そのナイフなら俺達人間に怪我は無い。かすりでもすれば今日の授業は終わりでいい」

 そう言って動きやすいようネクタイを緩める先生に、二人は躊躇しながらもナイフを向けた。

「(がんばれ……!)」

 思わず両手をぎゅっと握っていたことに気づき、慌てて周りのみんなのように平静を装う。菅谷がこっちを見ていたようだけど気のせいってことにしておこう。
 前原くんと磯貝くんのナイフは、すべて烏間先生によって避けられたり捌かれたりしていた。最後に二人で同時に向かってみるも、腕を掴まれ二人いっぺんに地面にひっくり返されてしまった。す、すごい……!
 実際に体験した前原くんと磯貝くんだけでなく、見ていた私達もぽかんと目を丸くする。確かに、人間の烏間先生相手でこれではマッハ20の殺せんせーに暗殺なんて到底無理だ。さっきの間に殺せんせーったら、砂の大阪城を完成させて着替えてお茶を立ててるし……。

「ナイフや狙撃、暗殺に必要な基礎の数々。体育の時間で俺から教えさせてもらう!」

 烏間先生が前原くん達を起こしてそう告げたのと同時に授業終了のチャイムが鳴った。
 教室に戻るみんなに着いて行く途中、何気なく振り返ってみると前原くんと磯貝くんが後ろを歩いていた。目が合ったので勇気をだして笑いかけてみる。そしたら、二人は「生駒さん、お疲れ」と苦笑した。

「前原くんと磯貝くんもお疲れさま。烏間先生すごかったね」
「ああ。確かにあれじゃー殺せんせーなんて無理だよな」
「なあ。頑張んねーと」

 どきどき煩い胸を押さえる。思ったより落ち着いて話せるみたい。磯貝くんも一緒だからかな……!そのまま頑張って会話を続けながら三人で校舎に戻っていると、誰かがグラウンドの方を向いて立っているのに気づいた。わっ、赤色の髪だ……。制服着てるんだからうちの生徒なのかな?渚くんが声をかけたらしく、その人はニコリと笑った。

「赤羽だ……」
「あかばね?」
「赤羽業だよ。停学になっていたっていう」

 じっとその人を見ていると、磯貝くんが教えてくれた。あの人が赤羽業くん……。

 殺せんせーのことは事前に聞いていたのか、赤羽くんは真っ先にせんせーに近寄って行った。私はしばく殺せんせーに近寄り難く思っていたから、赤羽くんは随分順応が早いな、と目を丸くした。ええと、浅野くんと榊原くんが赤羽くんは暴力沙汰で停学になった危険人物だって言ってたっけ。でも大人しい渚くんと仲が良いみたいだったし、実際はどんな人なんだろう……。
 そう思って私が赤羽くんを振り返ったのと、殺せんせーの触手が溶け赤羽くんが隠し持っていたナイフで刺し掛かろうとしたのはほぼ同時だった。

「…へー。本トに速いし、本トに効くんだこのナイフ」

 自分の掌を見て口角を上げる赤羽くん。殺せんせーだけでなく、私達も烏間先生も驚いた。だって、殺せんせーにダメージを与えた人は初めてなんだもの。距離をとった殺せんせーに、赤羽くんはゆっくり近付いて行く。

「殺せないから『殺せんせー』って聞いてたけど」
「!」
「あッれェ、せんせーひょっとしてチョロイ人?」

 下から見上げて挑発する赤羽くん。殺せんせーの顔色は変化して、ピクピクと血管が浮き上がるのが見えた。赤羽くんは殺せんせーの横を通り過ぎると、袖に仕込んでいたナイフを抜いてくるくると器用に回した。  ……顔は笑っているけど、どこか恐く感じる。赤羽くんが私達の傍を通り過ぎる時にちらりとこちらを向いたけど、私は思わず前原くんと磯貝くんの影に隠れた。

 ………なんだか、不穏な予感。


****


 次の小テストの時間も赤羽くんはやりたい放題だった。殺せんせーのジェラートを食べたり、せんせーをおちょくって引っ掛けたり。殺せんせーの先生としての大事な一線を分かってて、そこのギリギリのところで仕掛けて遊んでるって感じだ。暗殺の手段とか小テストをさらりと問いちゃうとこから見て、頭の回転が早くて賢い人なんだろうとは思う。だけど……。
 ぶつけられたジェラートを拭う殺せんせーの表情からは、何を考えているのか読み取れ無かった。

「じゃーな渚、生駒さん!」
「うん。また明日〜」
「ばいばい」

 今日の放課後はちょっと用事があって普段は使わない駅を使うことになっている。途中までは渚くんと杉野くんと三村くんと一緒で、駅で杉野くんと三村くんとは別れた。

生駒さん、何分の電車?」
「えっと……15分のだよ」
「じゃあ同じやつかな。切符買わなきゃだよね?あっちだから―…」
「……おい、渚だぜ」

 渚くんに案内してもらおうとした時そんな声が聞こえた。うちの学校の、本校舎の生徒だ。渚くんと同じクラスだった人達かな。渚くんがE組に馴染んでると、馬鹿にしたように笑っていた。きっと睨みつけると、元A組の私の顔を知っていたのか彼らは一瞬怯んだ。だけどまた、引き攣りながらも嘲笑を浮かべる。

「……行こう、渚くん」
「う、うん……」
「しかもよ、停学明けの赤羽までE組復帰らしいぞ」
「うっわ最悪。マジ死んでもあそこ落ちたくねーわ」
「えー死んでも嫌なんだ」

 さっさとこの場を去ろうと渚くんを引っ張る。しつこく続けられる彼らの話し声の後に、今日聞いたばかりの声とガシャンッとガラスの割れる音がした。それに驚いて振り返る。そこには「じゃ、今死ぬ?」と割れたガラス瓶片手に妖しく笑う赤羽くんがいた。当然、渚くんの元クラスメイト達は一目散に逃げ出した。

「……カルマ君」
「よー渚君、生駒さん。二人帰り一緒なんだ?」
「……今日は、たまたま」

 さり気なく渚くんの後ろに移動しておずおずと答えた私に、赤羽くんは笑みを絶やさずに「そう」と短く答えた。
 それから、赤羽くんは渚くんに殺せんせーのことを聞いていた。せんせーはタコって言われたら怒るのかって。殺せんせーは確かにタコみたいだ。だけどよく小テストの採点にタコのイラストを加えてくるし、持ちネタにもしてるくらいだからタコって言われても怒るとは思えない。黙ったまま二人の隣を歩きながら考えていると、渚くんがほぼ同じ答えを出した。それを聞いて赤羽くんはニヤリと笑う。

「……カルマ君。次は何企んでんの?」
「…俺さぁ、嬉しいんだ」
「……?」

 渚くんの問いかけに赤羽くんは一拍間を置いた。そして、線路に背を向け私達を振り返る。

「ちゃんとした先生を殺せるなんてさ。前の先生は自分で勝手に死んじゃったから」

 そう言った赤羽くんは笑っていたけれど、やっぱりどこか恐くって。背筋がぞくりと震えるのを感じた。

 次の日も赤羽くんはあらゆる手を使って殺せんせーの暗殺に励んだ。しかし、殺せんせーも本気で警戒するようになってからは赤羽くんの不意打ちもことごとく失敗するようになり、せんせーの宣言通り手入れをされて終わった。
 赤羽くんはまだ一人で暗殺をするつもりなのかな。殺せんせーを殺そうとする赤羽くんには執念のようなものを感じる。彼はどうしてあそこまで力をいれるのだろう。そりゃあ暗殺を依頼されているのだから、頑張って暗殺しようとするのは当然の行為なんだろうけど。だけど、赤羽くんは依頼されたからとか賞金百億のためとかとは別の理由で動いてるような気もする。もしかして、殺せんせー個人じゃなくって『教師』に対して何か特別な想いを持ってるのかな。

 放課後、いろいろ考えてたら宿題のノートを教室に忘れてしまった。それを取りに戻って再度校舎を出ると、裏の山側から賑やかな声が聞こえた。

「殺せんせーと渚くん……と、赤羽くん……?」
生駒さん、帰ったんじゃなかったの?」
「あ、うん。忘れ物して……」

 声をかけてきた渚くんに返事をする。だけど私は彼の後ろの赤羽くんと殺せんせーに気を取られていた。だって、完全に暗殺するされるの雰囲気を纏っていた二人なのに、今は空気が穏やかだ。(殺せんせーはなんかちょっと怒ってるけど。)私の視線に気付いた渚くんは、「いろいろあったんだ」と苦笑した。

「ねー、生駒さんも一緒にメシ食ってかない?」
「え?で、でも」
「金なら俺が奢ってあげるから大丈ーぶ」
「だからそれは先生の財布ですって!生駒さんからも何か言ってやってください!」
「えっと……」

 どうしたものかと困っていると、カラカラ笑う赤羽くんに手を引かれた。渚くんを見ると肩を竦められる。なので殺せんせーには悪いと思いながらも、ぺこりと会釈して私は二人の後を着いて行った。背後から「にゅやーッ!!」と殺せんせーの叫び声が追ってきた。

「……赤羽くん、殺せんせーと何かあったの?」
「カルマでいいよ。まあねー、取り敢えずしばらくは大人しくしてるつもり」

 「殺す気はまだ全然あるけど」と笑う赤羽くん……じゃなくてカルマくんは、初めて見た時とやっぱりどこか雰囲気が変わっていた。そんな彼につられて「そっか」と笑い返す。すると、カルマくんは私をじっと見つめて悪戯っぽい笑みを浮べた。

生駒さんって、俺のこと恐いんでしょ」
「えっ」
「そりゃあガラス瓶叩き割ってるとことか見せられたら恐いよ」

 疑問ではなく確信を持った言葉に少し戸惑う。呆れたように言う渚くんにカルマくんは「それもそっか」と笑った。その通り私はカルマくんのことが恐かった。だって、こう言っては失礼だけど、殺せんせーが殺せんせーじゃなかったら本当に殺しちゃってそうな雰囲気だったんだもん。

「……でも今は、もうこわくないよ」
「……生駒さん?」
「これからよろしくね、カルマくん」

 クラスメイトとしても、暗殺仲間としても。そんな思いを込めて笑いかけると、カルマくんは少し目を見開かせて、それから笑い返してくれた。

「こちらこそ」