「さて
始めましょうか」
何体にも分身した殺せんせーが出し抜けににそう言った。
もうすぐ中間テストが迫っている。だからこの時間は高速強化テスト勉強の時間とし、各生徒に殺せんせーの分身がマンツーマンで苦手科目を教えてくれるのだそうだ。教科別のハチマキを巻いたせんせーがみんなの机の前に一体ずつ現れる。……分身できる数が増えていることにまずびっくり。
「生駒さんは特に苦手な科目は無いようですから、全教科の総復習と予習を少ししましょうか」
「はい!よろしくお願いします」
暗殺のターゲットとしてはどんどん手強くなっているようだけど、教師としてはやっぱり心強い先生だと思った。
「叶ー、帰ろーぜ」
「んん、私もう少し勉強してく」
放課後になり、賑やかな教室で教科書を見つめてしばらく考える。いつものように声をかけてくる菅谷には結局こう答えた。テスト強化時間のやる気がまだ残っているからもうちょっと続けて勉強していたい気分。筆箱を鞄の中から机へ戻す私に、菅谷が目を丸くさせた。
「なんか今回いつもより気合い入ってんな?」
「E組になって最初のテストだし……勉強頑張るって決めてたから」
それに浅野くんに絶対順位は落とさないって言った手前、頑張らないわけにはいかない。ここでもし成績がガクンと下がりでもすれば、「だからE組じゃ駄目だって言っただろう?」ってA組に連れ戻されそう。高順位取ったらとったでA組に戻ることになりそうだけど。あれ?どっちにしろ変わらない?……いやいや、でも成績が原因でE組行きになったんじゃないからそう簡単に戻れはしないはず。
「叶?」
「あ……ううん。それにねっ!私、今回は最高順位取れそうな気がするの!」
「ついに一位とか?」
「うんっ!」
今までのテストでは一位だけは……浅野くんに勝つことだけはできなかった。だけど今回は、殺せんせーのお陰でテスト勉強の時点でかなりの手応えがある。ぐっと両手の拳を握る私に菅谷はくつくつ笑う。
「ま、頑張れよー」
「うんっ。て、菅谷もでしょ!一緒にやっていこうよ。あんまり遅くならないようにするから、それから帰ろ」
「えー…じゃあ、しょうがねーな」
「叶のことだから、一人だと暗くなるまでやってそーだし」と笑われて、そんなことないと反論する。菅谷は私の頭にぽすんと手を置いてから自分の席に座り直した。
次の日の高速強化テスト勉強時間では、殺せんせーはなぜだか更にやる気を出していて分身の数もかなり増えていた。生徒一人につき三、四体くらい?さすがに増えすぎでは……と思っていたら案の定、休み時間になる頃には殺せんせーは疲労困憊状態になっていた。
「……さすがに相当疲れたみたいだな」
「なんでここまで一生懸命先生をすんのかね〜」
「殺せんせー、大丈夫ですか?」
「……ヌルフフフ、ありがとうございます生駒さん。全ては君達のテストの点を上げるためです。そうすれば…」
なにか特別な事情でもあるのだろうか?差し入れの冷たいお茶を渡しながら続きを待つ。殺せんせーがここまで頑張る理由、それは――テストで高得点を取り暗殺を止めた私達から尊敬の眼差しを受けること、そして殺せんせーの評判を聞いた近所の巨乳女子大生に家庭教師を頼まれることを期待して、だった。俗な理由に静かに目を逸らすと、先生は「にゅやッ!?そ、そんなにヒかないでください生駒さん!」と慌てたように触手を振った。
一方他のみんなは、勉強はそれなりでいいと答えた。勉強が出来なくとも百億あれば後の人生もバラ色だと言った。テストより暗殺の方が身近なチャンスだって……。それは、私達がいるのがE組だからって。
「なるほど。よくわかりました。今の君達には…暗殺者の資格がありませんねぇ」
相変わらずE組に蔓延る諦めの空気に思わず眉を顰める。すると、突然落ち着いた声になった殺せんせーが私の頭をぽにんと撫でて立ち上がった。顔には大きなバツ印。烏間先生とイリーナ先生も呼んで校庭へ出るよう言うせんせーに、私達は顔を見交わしながら従った。
校庭に出て、一人でゴールなどをどける殺せんせーにみんな首を傾ぐ。そして先生は、イリーナ先生には「仕事をする時に用意するプランは一つか」と、烏間先生には「生徒にナイフ術を教える時、重要なのは第一撃だけなのか」という質問をした。先生方の答えは共通して、予備のプランや第二、三撃目もとても重要なのだと言った。
「自信を持てる次の手があるから自信に満ちた暗殺者になれる。対して君達はどうでしょう?」
イリーナ先生や烏間先生に宛てた質問の意図が掴めていないみんなに、殺せんせーはくるくる回りながら話し始める。暗殺には関してやる気を見せるみんなだけど、それに頼って勉強の目標を低くすることは、E組に属するという劣等感の原因から目を背けているだけだとせんせーは言った。私達は一番殺せんせーの近くにいるけれど、先生を殺すのが私達だとは限らない。世界中の実力有る暗殺者達もまた、いつだって殺せんせーを狙っているのだ。
「暗殺という拠り所を失った君達には、E組の劣等感しか残らない。そんな危うい君達に…先生からの警告です」
“第二の刃を持たざる者は 暗殺者を名乗る資格なし!!”
じょじょに回転のスピードを上げていった殺せんせーの姿は次第に見えなくなっていく。そして、周りの草木を巻き込み大きな大きな竜巻が起きた。しばらくすると竜巻は収まり、殺せんせーと、真っさらに整地された校庭が現れた。
「先生は地球を消せる超生物。この一帯を平にするなどたやすい事です」
そう言って殺せんせーは嗤う。そして、私達が自信の持てる第二の刃を示せなければ、校舎ごと平にしてこの教室を去ると宣言した。
「第二の刃…いつまでに?」
「決まっています。明日です。明日の中間テスト、クラス全員50位内を取りなさい」
「!!?」
渚くんの質問に即答した殺せんせーにみんな驚きの表情を隠せない。だけど先生はなんの問題も無さそうに続けた。
「自信を持ってその刃を振るって来なさい。仕事を成功させ、恥じる事なく笑顔で胸を張るのです。
自分達が暗殺者であり…E組である事に!!」
****
「殺せんせーも無茶言うよなぁ……」
校舎に戻る道すがら一緒になった前原くんがぼやくと、菅谷も磯貝くんも同意を示すように頷いた。先程の殺せんせーの発言にみんな戸惑っているようだった。E組の自分達には無理だ、と誰かが呟く声も聞こえた。だけど、私は……
「……私は、みんなならできると思うよ」
ポツリと呟くと、三人の驚いた目が一斉に向けられる。少しまごつきながら、私は思ったことを言った。
「殺せんせーの教え方はA組の先生以上だよ。問題文の読み方とか解き方のコツ、個人の苦手科目の強化。私達はまだ気づいていないだけで、学力はずっとついてきていると思うの」
「けどよ……俺らE組に落ちてんだぞ?もともと勉強できる叶はともかく……」
「それ。E組イコール落ちこぼれって意識が根強く残ってしまっているから、みんなできないって思い込んでるんじゃないかな」
だけど私は、みんななら殺せんせーの出した条件もクリアできると思っている。出会ってまだ二ヶ月も経っていないけど、暗殺計画についての柔軟な考えだとかおしゃべりしている節々だとか、決してみんなの頭が悪いとは思えない。なにはともあれ、この中間テストは二ヶ月程の成果を示す絶好のチャンスだ。
自信の無さげなみんなの代わりに私が自信を持って言うと、三人は顔を見交わす。
「……じゃあさ、俺らがちゃんと50位内入れたら叶からなんかご褒美ちょーだい」
「えっ、なんでそうなったの」
「いやいや、モチベーション上げるためにもいいと思うぜ?」
にやりと笑った菅谷の提案に呆れていると、前原くんにも便乗されてしまった。え、えー…。ご褒美と言われても。助けを求めるように磯貝くんに目を遣ると、ふむと何か考えている様子だった彼が口を開いた。
「生駒さんは余裕で50位内入るだろうけど、なにか自分で目標決めてる?」
「?う、うん。一応……」
「じゃ、生駒さんの目標が達成されたら俺達からご褒美ってことで」
磯貝くんのこの提案に菅谷も前原くんも乗り気になってしまった。こうして私達四人の間で、この中間テストの結果次第ではご褒美が設けられることに。困ったような反応をしながらも、内心俄然やる気が湧いてきたのは私だけの秘密だ。
****
中間テストが始まった。全校生徒が本校舎で受ける決まりなので、集会に引き続き私達E組にとってはアウェイの地での戦いになる。試験監督の大野先生は、指で机を叩いたり過剰に咳をしたりとあからさまに妨害をしてきた。
そんな中でも私達のシャーペンを動かす手は順調に進んでいた。殺せんせーが教えてくれた解き方で、いつもよりずっとスラスラ問題が解ける。次の問題も、次の問題も、次も――…
「……?」
私はその時まですっかり忘れていた。ここ椚ヶ丘学園には自分の主義や理念のためならばどんなことでもする、とても厄介で手強い人がいることを。
「………これは一体どういう事でしょうか。公正さを著しく欠くと感じましたが」
テストが返却された。E組の成績は思ったほどの成果が表れなかった。
全ての教科に、明らかに今回の範囲ではない問題が出題された。聞いた話によると、本校舎ではテスト二日前に出題範囲の大幅な変更が通達されたらしい。ありえない、こんなこと。いま烏間先生が本校舎に抗議の電話をしている。だけどきっと、この学園では通用する最もらしい理屈を返されて終わるだろう。返却された答案を見つめるみんなの表情は暗く、殺せんせーは教卓の前で私達に背を向けていた。
「…先生の責任です。この学校の仕組みを甘く見すぎていたようです。…君達に顔向けできません」
そう言って後ろを向いたままの殺せんせーの後頭部に一本のナイフが飛んできた。
「にゅやッ!?」
「いいの〜?顔向けできなかったら、俺が殺しに来んのも見えないよ」
ギリギリでナイフを避けたせんせーは、落ち込んでても流石だ。ナイフを投げてきたカルマくんに殺せんせーが怒る。するとカルマくんは今度は自分の答案用紙を投げるように渡した。えっと……カルマくんは494点で四位なんだっけ。答案と一緒に配られたランキング表に目を落とす。カルマくんは高速強化テスト時間の時、教えられていた範囲より少し先に進めてやっていたみたいだし、もともと頭が良いからあんな妨害も問題なかったのだろう。
学園のシステム通りに見れば十分元のクラスに復帰できる成績。だけどカルマくんは、E組を出る気はないと言い切った。そうしていつものように殺せんせーを挑発し始める。
「どーすんのそっちは?全員50位に入んなかったって言い訳つけて、ここからシッポ巻いて逃げちゃうの?それって結局さぁ、殺されんのが怖いだけなんじゃないの?」
片岡さんが隣の席の前原くんを肘で小突くのが見えた。カルマくんの挑発の意図が読めたみんなが、こっそり笑って「殺せんせーは怖いから逃げたかったのか」と調子を合わせる。
「にゅやーーッ!!逃げるわけありません!!期末テストであいつらに倍返しでリベンジです!!」
私達以上に悔しがり、怒ってくれる殺せんせーにみんな笑った。結果としては本校舎に負けたようだけど、E組のみんなはもうE組であることを恥じ入ってはいないだろうと思った。
****
「(……とは言ったものの、悔しいっ…!)」
お昼休み、お弁当を片付け終わった机に再度ランキング表を広げ、もう一度目を通してから思わずぐしゃりと握り締めた。
私の今回の順位は、学年二位で荒木くんと同点だった。これはこれで申し分のない順位だ。殺せんせーも褒めてくれて、触手でたくさん頭を撫でられた。だけど、
「なーんでそんな不満気なの、学年二位の生駒サン」
「カルマくん……」
空いていた不破さんの席に、カルマくんがジュースを飲みながらこちらを向いて座ってきた。一度顔を上げてから、また手元の紙に目を落とす。
「……一位、狙ってたの」
「へぇ」
「一位とって、E組にいたってこんな良い点がとれるんだって、本校舎のみんなに思い知らせてやりたかったのに」
私はE組のみんなが大好きだ。本校舎の人達よりもずっと良い人達で、尊敬も信頼も出来ると思っている。なのに、E組というだけであんな風に差別されているのが悔しくって。みんな努力しているのを私は知っているから。だからまずは私が学年トップをとって、今のE組は今までと違うって示したかったのに。結局一位に……浅野くんに、届かなかった。
「……一位と僅差の二位って時点で十分凄いっての。殺せんせーも褒めてたじゃん」
「うあ、」
「今回はそもそも公平になんなかったんだしさ」
俯いていた頭にポンと手を乗せられ、そのまま頭ごと動く勢いでぐりぐりと撫で回される。目を丸くして顔を上げると、口を三日月の形に歪めたカルマくんと目が合った。もしかして、慰めてくれて、る?
「殺せんせーも次でリベンジとかって張りきってるし。取り敢えず今回は、はい」
「わっ、……いちご煮オレ?」
「ごほーび」
「ご褒美?」
「そっ。で、50位内に入った俺に生駒さんは何くれんの?」
手が離れたかと思うと、今度はひょいと何か投げられる。慌てて受け止めたそれは、カルマくんが今飲んでいるのと同じジュースだった。にこにこと楽しそうな顔で見られ、なんのことかわからず一瞬間が開く。そして、すぐに思い当たった。
「もしかして菅谷達との話聞いてたの?」
「うん。なにやるつもりだったの?」
「……明日のお楽しみ。だけど数多いと無理だから、他の人には秘密だよ」
「りょーかい」
「楽しみだな〜」と笑うカルマくんにつられる。ストローを紙パックに差して口を付けると、甘いあまいイチゴが口に広がった。
『期末テストであいつらに倍返しでリベンジです!!』
殺せんせーの言葉を頭の中で繰り返す。次こそは……理事長の妨害にも浅野くんにも負けるもんか。そう決意をしたお昼休みだった。