五月も半ばに差し掛かった。うちの学校では、総決算として三年生のこの時期に修学旅行が行われる。二泊三日、行き先は京都。このE組のみんなと行く旅行はきっと楽しいものになるだろう。買ったばかりのガイドブックを捲りながら、楽しみで自然と笑顔になってしまうのだった。
さて、修学旅行がもう来週に迫っているので、そろそろ班分けも決めなくてはならない。E組は四つの班に分かれるよう指示されていた。男女それぞれ三〜四人ずつくらいでひと班の振り分けかな。ちらりと教卓の辺りにいる前原くんを見遣る。前原くんは、委員長の磯貝くんと片岡さんを筆頭とする一班になるようだ。
「叶〜、班どうするか決めた?」
「………菅谷、一緒の班なろ」
「……前原のとこじゃなくていーのか?」
「入りにくいんだもん……」
あそこの班は仲良しコンビが揃ってたり、結託して積極的に殺せんせーの暗殺をしたりと何かとよく連む面々で構成されている。決して私が彼らと仲が悪いとか話しにくいとかはないんだけど、あの中に入れてもらうのはちょっと勇気がいるなって思う。それに人数的にも、私が入ったら女の子が多くなっちゃう。
前原くんと同じ班になれないのをちょっぴり残念に思いながら言うと、菅谷は「あぁー…なぁ」と同意するように呟き、私の頭にポンと手を乗せた。
「じゃ、叶は俺と同じ二班な。コース決めようぜ」
「……うんっ」
二班もすでにメンバーが決まりつつあった。男の子は菅谷に千葉くん、岡島くん、三村くん。女の子は不破さん、中村さん、速水さんそれから私。菅谷に連れられて来た私をみんな歓迎してくれて、ほっと安心した。
修学旅行といってもE組は暗殺を忘れないようにと、昨日の体育の授業の後で烏間先生に言われていた。二日目と三日目の自由時間の時に殺せんせーは各班と順番に観光するそう。その際に、旅行に同行するプロの殺し屋が暗殺のチャンスを窺うそうなので、私達はそれを念頭に置いた暗殺向きのコースを考えなくてはいけないのだ。
「コースどうすっか〜。普通に観光もしたいけど暗殺との兼ね合い考えねーとなあ」
「映画村とかどうだ?」
「あーいいかも。チャンバラショーとかあるし、殺せんせーそういうの好きなんじゃない?」
「賛成!それにそこ、扮装体験とか出来るよね!」
「えっまじ?」
す、菅谷と不破さんの目が輝いてる…。そして更に岡島くんや中村さんものってきた。ガイドブックなんかで調べてみても面白そうだし、暗殺にも観光にも申し分なさそう。私達二班が殺せんせーと一緒に回るのは映画村に決まった。
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修学旅行先の京都へは新幹線で行くことになっている。私達E組の順番は最後なので、A組の生徒達から全員が車両に乗り込むのを待っていた。
「うわ…、A組からD組まではグリーン車だぜ」
「うちらだけ普通車。いつもの感じね」
待ちながら菅谷と中村さんがぼやいた。うん、確か学費の用途は成績優秀者に優先されるんだったもんね。だけど、それだったら成績の良くないE組は修学旅行自体無しって決まりにされるのも有り得そうなのに、行けるだけいいのかも。ああそれとも、同じ状況下で待遇の差を見せつけたいのか。車両とか旅館とか、小さなことなのになぁ。
なんてぼんやり考えてるとやっとE組の順番が回ってきた。班ごとに詰めて座っていく。二人掛けの席で私の隣は菅谷。窓側がいいから譲ってもらっちゃった。荷物を置いて落ち着くと、菅谷はカッターやヤスリを取り出した。
「なにか作るの?」
「んー?鼻」
「はな?」
花?鼻?首を傾ぐと菅谷は「出来てからのお楽しみ」と笑った。作る過程をじっと見る。しばらくして気が付くと、後ろの座席に変装した殺せんせーがいつの間にかいた。
「てか外で国家機密がこんなに目立っちゃヤバくない?」
「その変装も近くで見ると人じゃないってバレバレだし」
「にゅやッ!?」
速水さんと岡島くんに指摘されて殺せんせーがギクリとすると、付け鼻がポロリと落ちた。うーん、確かに殺せんせーの変装って逆に目立つような。殺せんせーが慌てて落ちた鼻を探していると、菅谷が振り返って作っていたものを投げ渡した。「まずそのすぐ落ちる付け鼻から変えようぜ」……ああ、鼻!
「…おお!!すごいフィット感!!」
「顔の曲面と雰囲気に合うように削ったんだよ。俺そんなん作るの得意だから」
「すげーな菅谷!!」
「うん。焼け石に水ぐらいには自然になった!!」
菅谷の作った付け鼻は、さっきまで使っていたものと違ってすぐ落ちたりしないし、殺せんせーの顔によく合っていた。さすが菅谷だ。鏡で確認するせんせーも気に入ったみたい。菅谷は満足そうに道具を片付けた。それから、ポンと私の頭に手を乗せる。
「よし、じゃー次は叶な」
「え、私付け鼻いらないよ?」
「ちげーって!髪!修学旅行仕様にアレンジしてやるよ」
菅谷は脱力したように笑って私に後ろを向くように言った。え、えー、まあでも楽しそうだから、いっか?くるりと背中を向けて、後は菅谷のやりたいようにしてもらった。後ろから聞こえる「生駒さん天然?天然?」って声が気になる。
菅谷にヘアアレンジをしてもらってからしばらくして、私はトイレへ行ったついでに飲み物を買いに来ていた。髪のお礼も兼ねて菅谷にも買って行ってあげるかな。今は寝てるけど、起きたらきっと喉乾いてるだろうし。そして買い終わってから席へ戻ろうとすると、前原くんとばったり会った。
「あれ!?生駒さん髪……」
「さ、さっき菅谷にやってもらったの」
前原くんは私の髪型を見て凄い驚いたように言った。「へえー!」とまじまじ見つめられる。わ、わ、緊張する……!それを誤魔化すように笑って返していると、前原くんはこちらにちょっと寄ってきた。
「すげーなー」
「うん、菅谷ってほんと凄く器用だよね」
「あーいや、菅谷もだけど、」
「……?」
「生駒さん、すげーかわいい」
いつもより心なしか低目の前原くんの声が耳に響いたかと思うと、今度は結った髪をするりと撫でられた。一拍置いて、次の瞬間私の顔は真っ赤になる。もう、ほんと、ぼふんって漫画みたいな効果音が聞こえた気がする……!そのまま固まっていると、前原くんもハッとなって慌てた様に手を離した。
「ごっごめん!いきなり触られたら嫌だよなっ」
「ちっ、がっ!ちょ、ちょっとびっくりしちゃって……!」
前原くんは手を少し宙にさ迷わせてから、頭をガシガシと掻いた。私は前原くんを見れなくて、俯いたまま買った飲み物を胸に抱き締める。微妙な空気が流れ、どうしようどうしようと内心パニックを起こしていると、神崎さんと奥田さんと茅野さんがひょこりと顔を覗かせた。
「あ、前原君と生駒さん?」
「きゃーっ!生駒さん髪かわいー!!」
「本当だ。菅谷君にやってもらったの?」
「えっと、そ、そうだよ」
きゃっきゃと楽しそうな三人に囲われる。前原くんは頃合を見て車両に戻っていった。「飲み物買うんじゃなかったのかな?」と首を傾ぐ神崎さんに、私は「ど、どうなんだろう?」と言うのが精一杯だった。
「生駒さん、顔が赤いですけど大丈夫ですか?」
「具合悪い?先生に言っておこうか?」
「だっ、大丈夫!修学旅行がすっごく楽しみで、テンションが上がっちゃって!」
急いで不自然に思われない理由を考えて言うと、茅野さんと奥田さんは目をパチパチさせてから「私も!」と笑った。こっそり安堵の息をつきながら、自由時間のコースについて話す。席へ戻る途中、目が合った神崎さんに意味ありげな微笑みを向けられたけど、ス、スルーさせてもらってもいい、かなぁぁー…。