修学旅行の夜の時間

「神崎さん一票……っと」
「やっぱ神崎さんと生駒さん強いなー」

 女子が恋話に花を咲かせている頃、男子の大部屋では『気になる女子ランキング』が作成されていた。三名を除いたE組男子全員が一枚の紙を囲む。現在同立一位に名前を連ねているのは、神崎有希子と生駒。その下に四名ほど。といっても、もともと人数の少ない中で行われる投票なので各票差も一、二票程度だった。

「ま、嫌いな奴いないわな」
生駒さんはなー、元A組だし正直近寄り難い感じだったけど、」
「意外と負けず嫌いなとことか天然なとことかあったし、普通に話せるよなー。俺同じ班でよかった……!」
「菅谷がいたのがデカいな」

 微かに頬を染めて嬉しそうに拳を握る三村の隣で、千葉が腕を組み直しながら頷いた。更にその隣で岡島が、「菅谷お前に聞きたいことがある」と改まった調子で切り出す。全員の視線が菅谷に向けられた。

「なんだよ?」
「お前と生駒さんはやっぱりデキてんだろ……!?」
「デキてねーよ」
「修学旅行来てまで隠すなよ水臭せーな!」

 「で、どこまでいってんだ?」と若干いやらしい顔つきで詰め寄る岡島の顔面に菅谷はべちんと平手をお見舞いする。そして再度先程のセリフを繰り返した。

「だから、俺とは付き合ってねーの。俺はの一番仲良しってだけ」
「一番仲良しってのもそれはそれで羨ましいなおい」
「でもさ、生駒さんのことを名前呼びしたり、呼び捨てされてるのって菅谷君だけだし。そういう可能性とかはあるんじゃないの?」

 渚までもが興味津々だ。自分達の関係を言ってもまだ疑わしげな、または期待しているような様子のクラスメイト達に菅谷が一つ溜め息をつく。そして、少し迷ってから口を開いた。

「それは無いだろ。あいつ、好きな奴いるし」

 さらりと言われた一言にほぼ全員がざわめいた。本校舎にいた頃からいろいろと注目されていたの好きな人だ。気にならないわけがない。「誰だ?」「本校舎の人?」「生徒会長の奴とか?どっちにしろA組だろーな」「はっ!まさか俺……」「「それはない」」いったい誰なんだと問われても、菅谷は飄々とした調子で「ひみつー」と笑うだけだった。

「それよりお前ら誰に票入れたか教えろよ。前原は?」
「は、俺?俺はー、やっぱ生駒さんかな!」

 話を振られた前原は顎に手を当ててそう答えた。「ゴールデンウィークにはデートしたし!」と付け足して。そして当然のように沸き上がるブーイング。

「お前みたいなチャラいのに生駒さんはもったいねーよ!!」
「うるせーよ!つか杉野!神崎さん班に誘ったんだろ?どうだったんだよ!」

 話題を変えるかのように、前原は今度は杉野に話を振った。その後、遅れて来たカルマも投票に加わる。菅谷はその間面白そうににまにまと様子を眺めていた。

「皆、この投票結果は男子の秘密な。知られたくない奴が大半だろーし、女子や先生には絶対に…」

 紙をぺらりと上げた磯貝は、みんなに約束事を確認している途中でふと窓に目を遣った。そこには微笑ましげな眼差しを向ける殺せんせー。その目は磯貝の持った紙に向けられている。そしてメモ帳に何か書き込むと、さっと消え去った。

「メモって逃げやがった!!殺せ!!」


****


「ビッチ先生まだハタチィ!?」

 みんなで買ったお土産なんかを広げておしゃべりしていると、カエデちゃんがふと思いついたようにイリーナ先生と年齢を尋ねた。返ってきた答えに驚きの声があがる。私も……正直もう少し上かな、と思っていたのでびっくりしちゃった。

「経験豊富だからもっと上かと思ってた」
「ねー」
「毒蛾みたいなキャラのくせに」
「それはね、濃い人生が作る色気が……誰だ今毒蛾つったの!!」

 イリーナ先生は、千枚漬けを一枚つまみながら言った。私達はイリーナ先生と違って危険とは縁遠い国に生まれたのだから、感謝して女を磨くようにって。そこでイリーナ先生が、もともとは暗殺者としてこのクラスにやって来たことを思い出した。今でこそ私達にも殺せんせーの暗殺が課せられているけれど、そうでなければ『暗殺』なんて無関係のものだったはず。
 イリーナ先生の母国ってどんなところなんだろう。いつか聞いたら話してくれるかな。生徒に舐めた反応をされて怒るイリーナ先生を見つめながら、そんなことを思った。

「じゃあさじゃあさ、ビッチ先生がオトしてきた男の話聞かせてよ」
「あ、興味ある〜」
「フフ、いいわよ。子供にはシゲキが強いから覚悟なさい」

 桃花ちゃんと陽菜乃ちゃんの希望で始まったイリーナ先生のお話。みんなドキドキしながら続きを待ったのだけど……。「おいそこォ!!」いつの間にか奥田さんと原さんの間に座って参加していた殺せんせーの登場により中断された。殺せんせーってこういう話好きだもんなぁ。ところで、私が前原くんを好きってことは聞かれてないかな、大丈夫かな!?ひとりどぎまぎしている間に、みんなは殺せんせーから恋話を聞き出そうとする。詰め寄られて焦った殺せんせーがとった行動は、

「逃げやがった!!捕らえて吐かせて殺すのよ!!」

 や、やっぱり暗殺になるみたい。ナイフを持って追いかけると、殺せんせーは女の子達と男の子達の両方に挟み撃ちにされていた。

生駒さん」
「磯貝くん」

 なんとなく出遅れた感じでみんなが殺せんせーを撃ったり刺そうとしているのを眺めていると、磯貝くんが隣に並んできた。「生駒さんは殺らなくていいの?」「うーん、みんなが行ってるからいいかな」わあきゃあ騒がしいのを眺めながら他愛ない会話をする。磯貝くんが額にうっすら浮かぶ汗を拭った。

「女子はなんで殺せんせー追いかけてたの?」
「えっと恋話してたら殺せんせーが参加してきて、殺せんせーの話を聞こうとしたら逃げられたから……かな」

 殺せんせーのお話を聞けなかったのは残念だなぁ。だって、莉桜ちゃんが言ってたように殺せんせーって自分のプライベートは隠すんだもん。磯貝くんは興味深そうに「へえ……」と相槌を打つ。それから一拍置いて、

生駒さんの好きな人って?」
「えっ!?」

 思いがけない質問に思わず大きな声が出る。私の反応に驚いたのか、磯貝くんはちょっと肩を震わせた。は、話の流れからしたらそんな質問きてもおかしくないの、かな。

「え、えーと……秘密、かな?」

 なんだかもう手遅れな気もするけれど、そう言って誤魔化した。磯貝くんが他の男の子達に広めるとは思わないけど、磯貝くんは前原くんと仲良しだから、知られてしまったら私が恥ずかしいかな……!磯貝くんはそれ以上は踏み込んでこず、「そっかー、残念」とだけ返した。

「男子の方は、なにしてたの?」
「えっ」

 話題を変えようと今度は私から尋ねる。すると磯貝くんはギクリとした後、目を逸らして口篭った。

「俺も秘密……かな?」

 それから人差し指を口に当て、先程の私を真似るように言う。悪戯っぽく笑う磯貝くんにつられて私も笑を漏らした。

ちゃーん!部屋戻るよー!」
「あっ、はーい!」
「俺も戻るかな。それじゃ生駒さん、おやすみ」
「おやすみなさい、磯貝くん」

 いつの間にか殺せんせーの姿は消えていて、暗殺は終わったようだった。優月ちゃんに手招きをされたのでそれに答える。磯貝くんとはおやすみなさいと言い合って、私は部屋に戻るみんなの後を追った。