転校生の時間

 修学旅行から帰ってきて一日の休日を挟み、今日からは通常授業のスタートだ。また、勉強と暗殺の日々が始まる。

「今日から転校生来んだっけ」
「烏間先生からのメールの?」
「そ」

 一緒に登校している菅谷が思い出したように言う。そう言えば昨日、烏間先生からE組の生徒宛てにメールが送られてきた。『多少外見で驚く転校生』という情報に加え、転校先がE組。恐らく……いや、絶対暗殺に関係する人だ。イリーナ先生は教師として来たけれど、今回の人は『転校生』なのだから私達と同い年なのかな?

「楽しみだな、転校生」
「うん。仲良くなれるといいね」
 暗殺者とはいえ、やっぱり転校生が来るのはわくわくする。どんな人だろう。男の子かな女の子かな。そんな話をしながら私達は校舎へ足を進めた。




「皆知ってると思うが、転校生を紹介する。ノルウェーから来た自律思考固定砲台さんだ」
「よろしくお願いします」

 大きな黒い直方体の機械のモニターに映る女の子を転校生だと真面目に紹介する烏間先生。先生も大変だ、そう思ったのはきっと私だけではないはず。

 教室に入ると、私のすぐ後ろの席にあったそれに真っ先に目が行った。なに…あれ?訝しげな表情をしていたのだろう、恐る恐る席へ近づく私に「あれ、転校生らしいぜ」と杉野くんが苦笑しながら教えてくれた。私と菅谷が驚いていると、ブンッと機会音がしてモニターに映った女の子が挨拶をしたのだった。
 まさかの機械の転校生に殺せんせーは笑っていたけど、う、うーん、烏間先生の言う通り殺せんせーも同じイロモノですよ。それにしても、機械の転校生か。確か殺せんせーは、教師をするにあたって生徒には危害を加えないって契約してたんだっけ。それを考えると、暗殺者で機械な生徒は使えるのかもしれない。

「なあ。俺すっげーヤな予感がする」
「……うん、私も」

 固定砲台と言っていたけど、彼女――は、どうやって攻撃するんだろう?不思議に思って授業が始まってからもチラチラ後ろを窺っていた。それで、なんとなく気づいてしまった。隣の席の菅谷も同じらしい。これって――…

 「これってきっと私達危ないと思う」そう言おうとするより前に、突然起動した自律思考固定砲台さんは機関銃とショットガンを黒い胴体から取り出して殺せんせーを攻撃し始めた。無数の弾が頭上を通って行く。殺せんせーはやはりというかなんというか、その程度の弾幕は易々と避けていた。だけど二回目の攻撃で、殺せんせーの指を一本破壊することに成功したらしい。
 らしい、と言ったのは……正直なところ私にそれを確認する余裕が無かったためだ。

「す、菅谷君、ちゃんも大丈夫……?」
「「……この席こわい」」

 その日の放課後、ぐったりと机に伏した私と菅谷の声が重なって、優月ちゃんは「お疲れ様」と苦笑した。
 結局、自律思考固定砲台さんは今日一日ずっと攻撃を続けていた。銃を撃ち放つのは私達の頭上で、こちらに当たることは決してない。黒板に当たって跳ね返ったものを避ける必要はあるけれど。そんなわけで、あの弾幕の中でも生徒に怪我は無い。……けど、如何せん私と菅谷は彼女のすぐ前の席なのだ。

「真後ろから射撃音聞いてみろよ……!あれは恐い」
「ほぼ止まることなく、だもんね……」

 当たることはないとわかっていても、やっぱり恐い。それにあんな近距離で聞こえ発砲音は、結構心臓に悪いの……。跳ね返ってくる弾にも多少は気を配らなくてはいけないわけで。延々続いた攻撃と、その後片付けのお陰で今日はまったく授業にならなかった。

「明日もまた、こうなのかな……」

 転校生をもっと歓迎したかったけれど、溜め息交じりにこんなことを呟いてしまうのは仕方無いことだ。

 翌日はちょっぴり憂鬱な気持ちで登校した。せめてもう少し後ろに下がって欲しいね、なんて菅谷と話しながら教室の戸を引く。すると、教室に来ていたみんなが自律思考固定砲台さんを囲っていた。中心にいるのは寺坂くん、村松くん、吉田くん。「なにしてるの?」と聞こうとしたのだけど、寺坂くんは「こんなもんだろ」と言ってガムテープをくるりと回して自分の席へ戻って行った。

「おい、これ……」

 なんとなく寺坂くん達を目で追っていたけれど、磯貝くんの声でそちらに向き直す。自律思考固定砲台さんはガムテープでぐるぐる巻きにされていた。その状態に目を丸くする。これはもしかして、動けないんじゃ?

「いいのかよ?あんなことして」
「うるせーよ。タコじゃなくて俺がやったんだったら問題ねーだろ」

 少し気がかりな様子の磯貝くんや木村くんを、寺坂くんはそう言って一蹴した。「確かに昨日みたいなのは迷惑だし……」と誰かの声が聞こえて私達はみんな何も言えなくなる。寺坂くんの行為を強く批判できないくらい、昨日は彼女に辟易していたのだ。
 殺せんせーの暗殺を阻まれた自律思考固定砲台さんには悪いけれど、お陰で今日は昨日のように授業を妨害されることは無かった。私達にとって、勉強は暗殺任務と同じくらい大事なことなんだから仕方が無い。真っ暗なままのモニターを一瞥し、教室を出た。
 菅谷の待つ靴箱へ向かっていると、ちょうど前で寺坂くん達が立ち話をしていた。寺坂くん……いわゆる不良の部類に入る彼らには、四月の渚くんとの一件なんかもあり正直あまり良い印象は持っていなかった。だけど――

「ンだよ生駒。なに見てやがる」
「あ、ううん。……でも、寺坂くんって実は優しいよねって思って」
「はあっ!!?」

 じっと見ていたからか睨まれてしまった。だけど、今日のことで私の寺坂くんに対する印象は少し変わったのだ。
 自律思考固定砲台さんが攻撃できないようにガムテープで拘束したのは彼だ。だけど、寺坂くん達の席は廊下側の後ろの席であまり被害も被っていなかったはず。それに自律思考固定砲台さんを迷惑だと思ったのなら、その間の授業をサボる手もあったと思う。そんな寺坂くんが行った方法は知っての通り。私達がそれに安堵したのも事実で、お礼を言うべきだとおもったの。

「だから、ね、ありがとう寺坂くん」
「なっ!ばっ馬鹿じゃねーの!でも、って話繋がってねーし!俺があのポンコツをうぜーと思っただけだ!!」

 目を見開いて口をぱくぱくさせていた寺坂くんは、私の話を聞き終わるとこう怒鳴り、肩を怒らせて向こうへ行ってしまった。お、怒らせちゃった……!?おろおろしながら吉田くんと村松くんの方を見ると、二人は肩を震わせて笑っていた。

「あ、あの……私寺坂くんのこと怒らせちゃったかな……?」
「いーや大丈夫。ありゃ照れてるだけだ」
「怒ってねーから心配いらねーよ。そんじゃーな生駒さん!」
「う、うん。また明日」

 二人は寺坂くんの後を追いかけて行った。よくわかんないけど、怒らせたわけじゃないのなら、いいのかな?私は一度彼らを振り返り、それから靴箱へ急いだ。


****


 今日も自律思考固定砲台さんは大人しくしていてくれるのだろうか。一緒に登校しながら私と菅谷はそんなことを話した。
 寺坂くん達のお陰で、昨日は彼女の転校初日のように彼女の攻撃で一日中授業を妨害されることは無かった。昨日の不満そうな自律思考固定砲台さんを見て――と言っても彼女は機械だからかほぼ無表情なのだけど――ずっとガムテープで拘束されてるのは可哀想な気もする。だけど自由になったらなったで、きっと殺せんせーへの攻撃が続くだろうから……それはそれで、私達生徒は非常に困ってしまう。
 ううん、複雑。個人攻撃をやめてみんなと協力してくれるようになれば良いんだけど。なんて思いながら教室と戸を引くと、また自律思考固定砲台さんの周りに人が集まっていた。

「はよー。なにやってんだ?」
「おっ菅谷と生駒さん。見ろよあれ」
「あれ?」
「菅谷さん、生駒さん!おはようございます!」
「「………え?」」

 大きな黒い機械のモニターがこちらを向き、椚ヶ丘の制服を着た女の子が朗らかに挨拶をした。揃ってぽかんとした表情になった私と菅谷に、千葉くんはくつくつ笑う。
 あ、あれ?あの子……自律思考固定砲台さん……?肩から上までしか映っていなかったのが全身表示になっていて、無表情だった表情がなんとも豊かになっている。これらの改造を施したのは殺せんせーらしい。彼女の殺意や暗殺のスキルはそのままで、私達との協調のために他の様々な機能を加えたんだって。す、すごい変わり様にびっくりだよ……。

 だけど、この改造によって前よりずっと親しみやすさが出たように思う。事実、昨日までは近寄り難かった自律思考固定砲台さんの周りに、今日は休み時間の度にみんなが集まってくるのだ。

「じゃあさ、えーと……花とか作ってみて!」
「わかりました。花の形を学習しておきます。王手です千葉くん」
「…三局目でもう勝てなくなった。なんつー学習力だ」

 自律思考固定砲台さんは体内で特殊なプラスチックを色んな形も成型できるらしい。私はリクエストする桃花ちゃん達や、自律思考固定砲台さんと対局している千葉くんを眺めていた。不意に、自律思考固定砲台さんと目が合う。どう反応するか少し困っていると向こうから、にこりと花が咲いたような笑みを返された。
 表情がついてコミュニケーション能力に手を加えられるとこんなにも変わるのか。昨日の無表情で絶え間なく銃を打ち放っていた彼女を思い出しながら、しみじみとそう思った。

「このコの呼び方決めない?“自律思考固定砲台”っていくらなんでも」

 するとメグちゃんがこんな提案をした。確かに、これで一層E組の仲間になった感じがするし、名前ももっと親しみやすいものが必要だ。暫しみんなで考えていると、「そうだ」と優月ちゃん。

「じゃあ“律”で!!」
「安直〜」
「おまえはそれでいい?」
「…嬉しいです!!では、“律”とお呼び下さい!!」

 律……ちゃんは、嬉しそうに笑った。その様子にこちらもつられて頬が緩む。だけど、カルマくんと渚くんの会話が聞こえ、はっとしてそちらを振り返った。カルマくんは私に気付くと、ふっと口角をあげた。

「寺坂の言う通り、殺せんせーのプログラム通り動いてるだけでしょ。機械自体に意志があるわけじゃない」
「そう言われると、確かに……。それに、律ちゃんを作った人達にとっては殺せんせーの改造はきっと……」

 最後を濁した私の言葉に、カルマくんは肯定も否定もせずゆるりと律ちゃんの方へ向き直った。初日とかなり変わった律ちゃんを、彼女の開発者達はどうするのだろう。


****


「おはようございます、皆さん」

 心配事が的中してしまったのか、翌日登校すると律ちゃんは初日の状態に戻っていた。今後殺せんせーは改良行為も危害と見なすとされ、私達生徒ももしも彼女を壊しでもすれば賠償を請求されるそうだ。「開発者の意向だ」と烏間先生は溜め息交じりにそう伝えた。……やっぱり、開発者達にとって彼女に加えられた機能やデータは、ただただ『余計なモノ』だったようだ。

「開発者とはこれまた厄介で…。親よりも生徒の気持ちを尊重したいんですがねぇ」
「……。攻撃準備を始めます。どうぞ授業に入ってください、殺せんせー」

 困ったように触手で頬を掻く殺せんせーに、彼女は淡々とした表情と声色で答える。攻撃という言葉と初日と同じ彼女の態度。クラス中のみんなの顔に――もちろん私の顔にも、はっきりと迷惑だと書かれていた。彼女が元に戻ったということは、クラスとの協調力やらも初期化されたというわけで。今日一日、またあの攻撃が続くのかな……。
 殺せんせーはいつも通り授業を始めたが、私達は彼女が気になってそれどころではなかった。いつ攻撃が始まってもいいように、ちらちらと後ろを窺う。そうしていると、起動音と銃を取り出そうと蓋を開く音が聞こえた。クラス中が肩を震わせて身を固くする。―――しかし、

「………、花を作る約束をしていました」

  いつまで経っても銃弾の嵐はやってこなかった。不思議に思って振り向くと、彼女は銃の代わりに特殊なプラスチックで成型された花束を構えていた。約束の花に、桃花ちゃんが反応する。殺せんせーに施された改造によってした約束を彼女は覚えていた。そのほとんどを、削除や初期化されてしまったはずなのに。

「学習したE組の状況から、私個人は、「協調能力」が暗殺に不可欠な要素と判断し、消される前に関連ソフトをメモリの隅に隠しました」
「……。素晴らしい。つまり“律”さん、あなたは」
「はい。私の意志で産みの親に逆らいました」

 無表情だった律ちゃんが、にこりと微笑んだ。柔らかくなった表情に、なんだか嬉しくなる。なんというか、律ちゃんがE組として、私達の仲間として殺せんせーの暗殺に加わりたいって思ってくれたのだから。同時に、機械まで生徒にしてしまう殺せんせーって凄いなあって思ってみたり。

 E組の28人目の仲間は機械仕掛けの女の子。これからまた、楽しくなりそうだ。