仕返しの時間

 次の日もまた雨だった。昨日の土屋さんと瀬尾くんは、とあるオープンカフェで放課後デートをしていた。コーヒー……かな?を飲みながらおしゃべりする二人の傍を一組の老夫婦が通りかかった。あの夫婦が渚くんとカエデちゃんだなんて、誰が思うだろう。双眼鏡越しにそれを見た杉野くんが感嘆の声を上げた。

「……。すげーな、あれ渚と茅野かよ」
「パーティー用の変装マスクあるだろ。俺がちょいと改造りゃあの通り」
「うーん、菅谷呼んで正解だった」

 相変わらず器用な腕前に凄いと感想を言うと菅谷は得意気にはにかんだ。カフェの四人の様子を、私達は向かいの民家の二階から窺っていた。ちなみにここの家主のおじさんは、桃花ちゃんと陽菜乃ちゃんがイリーナ先生直伝の接待テクニックをもって押さえている。

「ヌルフフフ。首尾は上々のようですねぇ」

 いつものように笑う殺せんせーの傍には、銃を構える凜香ちゃんと千葉くん、そして合羽を着てナイフを手にしている岡野さんと磯貝くんと前原くんが控えていた。「では、作戦を開始しましょうか」と、殺せんせーが合図を出す。前原くんの元カノさんへの、仕返し作戦スタートだ。

「では菅谷くんは生駒さんの方をお願いしますね」
「はーい。
「うん」
「奥田さん、頼んでおいた例の弾は?」
「は、はい。急いで調合してきました」

 作戦の流れとしては、まず奥田さんがBB弾の形に作った下剤の弾を、凜香ちゃんと千葉くんがここから瀬尾くん達のカップ目掛けて撃つことになっている。奥田さんが殺せんせーに弾を渡すのを眺めていると、また菅谷に呼ばれちょいちょいと手招きされた。

「どうして私だけこの恰好なんだろ」
「殺せんせーの指示だろ?」
「そうなんだけど、」

 今ここに待機しているみんなが制服のままである中、私一人だけ私服に着替えていた。殺せんせーに、なるべくお気に入りの服を持ってくるよう言われてたの。メイク道具を広げる菅谷は少し上の空で答える。私、この作戦でどう動いたらいいのか詳しく聞いてないんだけど……何をしたらいいんだろう。ちらりと殺せんせーを窺っても、また「ヌルフフフ」と笑うだけだった。
 準備が整うと私達は部屋を貸してくれたおじさんにお礼を言って外へ出た。それからとある民家の曲がり角で待機。少し離れた民家の庭の木の上では、前原くんと磯貝くんと岡野さんが瀬尾くん達を待ち伏せしていた。

「さて生駒さん、君の役目は木の枝が落ちてずぶ濡れになった彼らに声を掛けることです」
「え?でも……」
「お気に入りの服に化粧、恰好は完璧ですね。あとはそうですねえ……キラキラしながら話し掛けに行きましょうか」
「キラキラ……?」
「例えば前原君と話す時のように」
「!せんせっ……!」
「さあさあ行ってらっしゃい」

 後ろにいるみんなには聞こえないくらいの声だったけど、ちょっと聞き捨てならない台詞が聞こえましたよ……!だけど言葉を続ける前に、にやにやと楽しそうな殺せんせーに背中を押されてしまった。も、もう!後でちゃんと聞かせてもらいますからね!私は殺せんせーから顔を逸らし、ずぶ濡れになって道路にへたり込む瀬尾くんと土屋さんのところへ駆け寄った。

「瀬尾くん!大丈夫……?」
生駒!?な、なんでここに……っ!」
「え、生駒さん!?」

 瀬尾くんと土屋さんは驚いた顔をした後、苦しそうに顔を歪めてお腹を押さえた。お、奥田さんどれだけ強力な下剤を作ったんだろう……。仕返し作戦とはいえ心配だ。ちらりと顔を上げると、「なるべく時間稼いで!」と書いたカンペを掲げる杉野くんがいた。え、えー…。そう言われてもと思いながら、もう一度「大丈夫?」と尋ね持っていたタオルを二人に差し出す。

生駒さーん!」
「!?ま、前原くん!?」

 苦しそうにしながらタオルを受け取る瀬尾くん達が本気で心配になっちゃうよ……。取り敢えず、土屋さんから起こしてあげようと手を差しだした時、前原くんが私を呼びながら駆けて来た。あ、あれ?合羽を着ていたから気付かなかったけど、前原くんも私服に着替えてたの?これも作戦なの?殺せんせー!

「あれ?果穂と昨日の……」
「は!?なっ、アンタ……!」
「なんでテメェ生駒と……!?」
「え?いやー生駒さんが、俺が元気なさそうだからって言ってくれてさ」

 「なー?」と手を取りながら近い距離で振り返られて、私は顔に熱が集まるのを感じた。き、きっとこれは作戦なんだ。元気のない前原くんを元気づけようと、私から遊びに誘ったってことになってるとか、そういう。そう考えることにして、私は頭をぶんぶん縦に振った。
 瀬尾くんと土屋さんは更に顔を歪める。そ、そんなに苦しいのかな。もうトイレへ行かせてあげた方がいいんじゃ……そう思い口を開こうとしたのだけど、それより前に瀬尾くんが「生駒、またな!」と走って行き、土屋さんもそれを追っていった。……お大事に、二人とも。

「ま…少しはスッキリしましたかねぇ」

 瀬尾くん達がいなくなると、他のみんなと一緒に殺せんせーもこちらへ出てきた。プライドの高い彼らに、汚れた姿でトイレへ駆けこませるというのは十分復讐に値する屈辱だろうって。お礼を言う前原くんに、殺せんせーは「まだ自分が弱い者を平気でいじめる人間だと思いますか?」と問いかける。それに対する前原くんの答えは、否だった。強そうに見えなくっても、みんなどこかに頼れる武器を隠し持ってるんだって、前原くんは話す。

「そういう事です。強い弱いはひと目見ただけじゃ計れない。それをE組で暗殺を通して学んだ君は…この先弱者を簡単にさげすむ事は無いでしょう」
「…うん。そう思うよ殺せんせー」

 そう言った前原くんの顔は晴れ晴れとしていた。みんなもホッとした様子で、さあもう帰ろうかとなった時、前原くんのケータイが鳴った。他校の人と約束があったらしい前原くんは、再度みんなにお礼を言って駆けて行く。そんな彼を見届けるみんなは、真顔の殺せんせーと同じ表情を浮かべていた。

「ったく前原の奴……」
「帰ろーぜー」
「……殺せんせー」
「どうしました生駒さん?」

 どこか呆れかえった様子のみんなが解散しようとする中、私は殺せんせーを呼び止めた。先生はこう言って振り返り、なぜか私の頭を触手でぽにぽに撫でてくる。気になってる事があったんだ。この作戦の計画を立てる時、殺せんせーはこう言っていた。「気付かれず証拠も残さず標的を仕留める暗殺者の力を持って、彼らをとびきり恥ずかしい目に合わせよう」と。菅谷の改造したマスクだとか奥田さんの調合した下剤だとか、その下剤を気付かれないようコーヒーに仕込んだ千葉くんと凜香ちゃんの腕前には、殺せんせーの言う「暗殺者の力」にちゃんと当て嵌まっていると思う。
 だけど、私はどうなんだろう。私は標的の前に堂々と姿を見せたのだし、別に隠し持った力を発揮したわけでもない。私の役目には一体どういう意味があったのだろう。それを聞くと、殺せんせーは「そうですねえ……」と少し間をおいて、私にさせたことは確かに暗殺者の技ではないと肯定した。

生駒さんには“復讐”により重点を置いた役割を担ってもらいました。相手に幸せな姿を見せつけることが、最大の復讐とも言うでしょう」
「……そういうのは聞いたことありますが、」
生駒さん自身にも彼らに復讐したい気持ちは少なからずあったでしょう。好きな人が貶されたら誰だって腹が立ちますからねえ」

 幸せな姿を相手に見せつける復讐、は前原くんとしてはどうなんだろう。私はちょっと嬉しい思いをしたけれど、前原くんもそうだとは限らないじゃない。悶々しながら考えるけれど、殺せんせーの次の言葉に気を取られた。先生はノンフィクション小説のネタ帳を翳しながら、微笑ましげな表情を向けてくる。……修学旅行の時からもしかしてとは思っていたけれど、

「殺せんせー、やっぱり私の好きな人気付いて……」
「ヌルフフフ、生駒さんの章も長くなりそうですねえ」
「〜〜っ!絶対出版させませんから!」

 そう意気込んでもまた先生独特の笑みを返される。私今日以上に早く殺せんせーを殺さなきゃって思ったことは無いよ……。だいぶ先を行くみんなを追いかける。なにはともあれ、前原くんが元気になって良かった、な。