やっぱりこの教室で培った暗殺技術を殺せんせー以外に――しかも一般生徒に対して使用するのはよろしくなかったらしい。翌日の放課後、殺せんせーや私含め昨日の一件に関与していたメンバーは、烏間先生からお説教を受けることになってしまったのでした。正座して縮こまること数時間、ようやく解放された頃にはみんなすっかり足が痺れてしまっていた。教員室を出てぞろぞろと教室へ戻る。
「生駒さん、お疲れ〜」
「杉野くんもお疲れ様。やっぱり怒られちゃったね」
「だなー。烏間先生めちゃくちゃ恐かったなー…」
途中、ふいにこちらを振り返った杉野くんと少しおしゃべり。確かに烏間先生の剣幕は恐かった……。まさに雷が落ちたって感じだ。そんな烏間先生を思い出していると「そういや殺せんせーは?」と聞かれる。殺せんせーだけお説教続行らしいと伝えると杉野くんはおかしそうに笑った。そう言えば私、杉野くんに聞いてみたいことが……ああ、そうそう。
「杉野くんは有希子ちゃんのことが好きなの?」
「!?ちょ、ちょちょちょ生駒さん!?」
思い出したことを聞いてみると、教室に入りかけていた杉野くんはびっくりした顔で私を廊下へと引っ張った。「だっ、誰に聞いたのソレ!?渚!?菅谷!?」と、声を潜めてまくし立てる杉野くんの顔は微かに赤く染まっている。なるほど、質問の答えを聞くまでもなさそうな反応だ。ひとり納得して頷きながら私は口を開いた。
「えっと、殺せんせーがE組みんなの恋話を小説にするって言ってたでしょう?それの第一章が杉野くんだって」
「殺せんせぇぇぇ!!」
がくりと項垂れる杉野くんに、「誰にも言わないよ?」と念を押す。すると今度は力無く笑った。うん、同性の友達ならともかく、異性のクラスメイトに好きな人を知られるとなんだかすごく恥ずかしいよね。私もよくわかる。なんて心の中で同意していると、項垂れていた杉野くんは薄く笑いながら顔を上げた。
「い、いや別に生駒さんが言いふらすとか思ってないからいいよ……。つうか殺せんせーにも『届かぬ想い』とか言われてるから、望みないのもわかってるし……」
「わかんないよ?まだ六月で、始まったばっかりだし……諦めちゃ、駄目だよ!」
「お、おお……?」
片想いしてるという点では私も杉野くんも同じなので、応援する声につい力が入る。杉野くんは少し驚きつつ、「そう言えば、生駒さんも好きな奴いるんだっけ」と呟いた。ちょっぴり恥ずかしいけど、頷いて肯定する。
「そっかー。生駒さんも殺せんせーになんか言われてる?」
「言われてると言うか……すごく温かい眼差しを向けられてる、かな」
「あー…」
それがどんな感じなのか杉野くんも思い当たるようだ。ほんとなんでもお見通しって感じで、応援するような冷やかしているような視線を送ってくるんだもん、殺せんせーったら。それから杉野くんは「片想い同盟だなー、俺ら」と溜め息混じりに笑った。「そうだね」と笑い返していると、身構えていた質問をついにされてしまった。
「そんでさ、生駒さんの好きな奴って誰!?」
「………っ!」
きっと来るだろうなとは思っていたけど……!一気に顔が赤くなるのを感じながらふいと顔を逸らしても、杉野くんの期待に満ちた視線を感じる。苦し紛れに「内緒!」と言ってみたけど、たちまち不満気な声をあげられてしまった。
「同盟なのに俺だけ知られるって不公平じゃん!なっ、俺も絶対誰にも言わないから!」
「う、うぅ……」
「生駒さんが教えてくんないなら、殺せんせーか菅谷に聞こっかな〜」
「!だ、駄目っ!」
私の知らないところでそんな話をされたら余計に恥ずかしいじゃない!殺せんせーなんていろいろと余計なことまで話しそうだし!慌てて止めると杉野くんはしたり顔で笑った。こ、これはもう降参するしかない……?
「〜〜っ、わかった教えるよ。……でも、今日はだめ」
「えーっ!?」
「こっ、心の準備ができたらちゃんと言うから!」
「えー?じゃあしょうがねぇなー」
同盟なんて言われたからには腹を括るしかない。だけどちょっと猶予が欲しくってこう言ってみると、杉野くんは不満そうに口を尖らせながらも了承してくれた。それから、「約束な?」と小指を出される。指切りげんまん、ということらしい。
「あーでも、生駒さんの好きな奴すっげー気になる!E組にいんの?」
「う……」
「なーにやってんだ?杉野に生駒さん」
「うわっ、前原!?」
指切りし終えておしゃべりを続けていると、いつの間にやら近くにいたらしい前原くんが杉野くんの肩に腕を回した。思いがけない登場にびっくりしてしまう。……だ、大丈夫!好きな人について決定的なことは何も言ってないし!
「なんだよ?」
「別にー?杉野と生駒さんがえらい楽しそうに話してるなーと思って。みんな注目してたぜ」
「あー、同盟組んだんだよなー生駒さん」
「うっ、うん」
「あっやべ、俺今日クラブの集まりあるんだった!じゃーなー二人とも!」
ちらりと時計を見た杉野くんは私達に手を振って、教室に駆け込み大急ぎで帰っていった。クラブって……市の野球クラブチームのことかな?E組行きになったために部活は退部したから、そっちに入ることにしたって前に話してた覚えがある。杉野くんを見送りながらそんなことを思い出していると、今度は前原くんが私の隣に並んだ。
「同盟ってなんの?」
「えっ!」
こてんと首を傾げて尋ねられる。そ、そりゃあこの流れじゃ気になるよね……!だけど何の同盟か言ってしまえば、先程の杉野くんのように私の好きな人は誰か?って話題になりそうだ。苦渋の末に私が絞り出した言葉は、「ひ、秘密!」だった。少し素っ気ない物言いになってしまった気がするけれどしょうがない。だって、本人に好きな人の話をするなんて、私の頭がパンクしちゃうよ……!
心臓をバクバクさせながら、上手くこの話題を逸らす方法を考える。しかし、前原くんの「ふーん」というだけの反応が気になって顔を上げた。……少しだけ、拗ねたような表情に見えるのは私の気のせい?
「前原くん……?」
「ん。あーいや、それより生駒さんさ、今日このあと暇?」
「今日……?特に用事はないよ」
「そっか!じゃあ、どっか行かない?昨日協力してもらった礼もしたいしさ」
「うん!他にも誰か誘ってるの?」
「や、二人でどうかなーって」
「生駒さんが良いならだけど」とはにかむ前原くんに、私はまたまた顔に熱が篭るのを感じた。二人きりなんて緊張するけれど、断る理由なんて無い!だから思い切って「じ、じゃあ、二人で」と返してみる。そしたら前原くんは嬉しそうに笑ってくれたから、やっぱりさっきの拗ねたみたいな表情は私の気のせいかな……。
………。
お説教タイムが終わったらしい殺せんせーが、ニヤニヤしながらこちらを窺いなにやらメモしているのは、完全に気のせいだということにしておこう。