転校生の時間-2時間目

「「おはよーございまーす」」
「はい、おはようございます。烏間先生から転校生が来ると聞いていますね?」

 まだまだ梅雨真っ盛りなある日、今日はE組に二人目の転校生が来ることになっている。その転校生が普通の生徒ではなく、殺し屋である確率が高いことはみんな承知していた。なんにせよクラスメイトが増えるのは楽しみだ。一人目の転校生だった律ちゃんは固定砲台な女の子だったけど、次はどんな子が来るんだろう。そんなことをぼんやり考えていると、原さんが律ちゃんに転校生について何か知らないかと尋ねていた。

「初期命令では…私と「彼」の同時投入の予定でした。私が遠距離射撃、彼が肉迫攻撃。連携して殺せんせーを追いつめると」

 “彼”ってことは二人目は男の子なのかな。律ちゃん一人でも殺せんせーの指を飛ばすことができたのだから、二人が予定通り同時投入されていたら――もしかすると、ということが起きていたのかもしれない。だけど男の子の方の調整に時間が掛かったことと、律ちゃんが男の子よりも暗殺者として劣っていたという理由から、結局は一人ずつの投入になったそうだ。話を聞いていると、その男の子が律ちゃんよりも遥かに強い暗殺者なのだということがわかる。いったいどんな……?

 その時突然、教室の扉が引かれた。私もみんなもびくりと肩を震わせそちらを振り向く。教室に入ってきたのは真っ白な装束を身に纏った人だった。そしてその人はおもむろに腕をこちらに差し出したかと思うと、ポンッと軽快な音を立てて何かを出現させた。……鳩?やっぱり真っ白だ。

「び、びっくりした……。いきなり手品か?」
「白装束だし……転校生、ではないよね?」

 菅谷とこそこそ話していると、白装束のその人は笑いながら自分は転校生の保護者だと言った。あと、白いから“シロ”とでも呼んでくれって。登場にはびっくりしたけど別に怖い人ではなさそう……?まだよくわからないけれど。それにしても、白装束でやって来て突然手品は驚くよ。ふと視線を上に上げると天井の隅っこに殺せんせーがへばりついていた。……えっ。

「ビビってんじゃねーよ殺せんせー!!!」
「奥の手の液状化まで使ってよ!!」
「い、いや…。律さんがおっかない話するもので」

 な、なんだ、殺せんせーも普通にびっくりしたんだ……。無理もないなぁとは思うけど。それから殺せんせーは、ぬぽんと元に戻って肝心の転校生はどうしたのかと尋ねた。シロさんが言うに、その転校生はちょっと特殊なんだそう。

「おーいイトナ!!入っておいで!!」

 シロさんは殺せんせーに転校生の席を確認した後こうやって呼んだ。いとな、くん?私達はみんな緊張しながら教室の前の扉を見つめた。

 ――ゴッ!!と大きな音がして肩が跳ね上がった。慌てて振り返ると一人の男の子が後ろの壁を突き破って教室に入ってくるところだった。えっ!あのっ、まさかそこから来るなんて思いもしなかったよ……!

「俺は…勝った。この教室のカベよりも強い事が証明された」

 壁がガラガラと崩れる中、着席したイトナくんはそう呟いて「それだけでいい…それだけでいい…」と繰り返した。……えーと、すごく個性的な人なのかな……。殺せんせーはと言うと、笑顔でも真顔でもない中途半端な顔をしていた。リアクションに困った時の殺せんせーはこんな表情をするのか。

「堀部イトナだ。名前で呼んであげて下さい」

 シロさんは微妙な表情のままの殺せんせーにこう言った。そして、しばらくイトナくんを見守りたいと付け足した。なんだかイトナくんも保護者のシロさんも掴めない人だ。一人加わったE組はこれからどうなっていくんだろう……。

「ねぇイトナ君、ちょっと気になったんだけど」

 ちらちらとイトナくんを見ていると、カルマくんが向こう側の席から声をかけた。

「外から手ぶらで入って来たよね。外どしゃ降りの雨なのに…なんでイトナ君一滴足りとも濡れてないの?」
「(……あっ)」

 言われてようやく気がついた。外はまだ雨が激しく降っているのにイトナくんは全く濡れていない。傘やカッパも持ってないし、教室に入る前に置いてきたというわけでもなさそうだ。どういうことなんだろう。まじまじと見つめていると、イトナくんはその質問に答えず教室内を見渡して席を立った。

「……おまえは、たぶんこのクラスで一番強い。けど安心しろ」

 イトナくんはカルマくんの前に立つと、目線を合わすように屈み彼の頭をくしゃくしゃと撫でた。

「俺より弱いから…俺はおまえを殺さない」
「……!!」
「俺が殺したいと思うのは、俺より強いかもしれない奴だけ」

 イトナくんはカルマくんから離れると真っ直ぐ教卓の前へ向かった。そして殺せんせーを指差し、自分より強いかもしれなくて殺したいと思うのは殺せんせーだけだと言う。それに対して殺せんせーは、シロさんから貰った羊羹を包みごと食べながらやっといつものように笑った。

「強い弱いとはケンカの事ですかイトナ君?力比べでは先生と同じ次元には立てませんよ」
「立てるさ」

 同じ羊羹を差し出したイトナくんは、次の瞬間衝撃的な言葉を口にした。

「だって俺達、血を分けた兄弟なんだから」
「「!?」」


 …………えっ?

「き、」
「き、」
「兄弟ィ!?」

 この突然で衝撃的な告白に教室内は騒然となる。しかしイトナくんは私達生徒の驚きをよそに、今日の放課後この教室で勝負だと告げると入って来た壁の穴から外へと出て行った。シロさんの姿も、いつの間にかない。二人がいなくなった後、殺せんせーはみんなにどういうことだと問い詰められていた。

「本当なのかな……?殺せんせーは心当たりないって言ってるけど」
「さあ……。でも人間とタコだろ?それで兄弟って、」
「うーん、そうだよね……」

 謎は深まるばかりで、その日の授業はあまり集中できなかった。

 次にイトナくんが教室に姿を見せたのは昼休みの時だった。私達のざわめきや視線なんて全く気にも留めず、持って来た大量の甘い物を自分の机に置いて食べ始めた。ちなみに殺せんせーも教卓で甘い物を食べている。それから殺せんせーがグラビアの雑誌を読もうと取り出すと、イトナくんも同じものを広げていた。……兄弟としての共通点?
 みんなもお昼ご飯を食べながら殺せんせーとイトナくんの関係が気になって仕方が無い様子だった。もちろん私も。優月ちゃんは目を輝かせながら二人がどんな兄弟なのかという想像を語るけど、カエデちゃんと原さんにツッコミを入れられていた。

「大丈夫よ!これくらいの細かいことには“ご都合主義”っていう魔法の言葉が発動するんだから!」
「人間とタコが兄弟なのは細かいことじゃないと思うよ!?」
「ちゃんと説明入れないと読者は納得しないよ!生駒さんからも何か言ってやって!」
「う、うーん。理由付けはちゃんとしといた方がいい……かも?」

 だけど本当に、兄弟ってどういうことなんだろう。優月ちゃんの想像……みたいなことはさすがに無いとしても、兄弟だというのらイトナくんは殺せんせーの過去を知ってたりするのかな。殺せんせーの過去は、改めて尋ねることはなかったがみんなずっと気になっているところだ。
 今日の放課後、殺せんせーとイトナくんの戦いの中でわかることがたくさんありそう。


****


 イトナくんの殺せんせー暗殺は宣言通り放課後の教室で行われた。机を並べて作られたリングの内側にはイトナくんと殺せんせーが、それ以外の私達は外側で観戦するという形になった。まるで試合のような暗殺だ。
 最初の方はイトナくんの優勢のように見えた。しかし結果としてこの暗殺は、殺せんせーがイトナくんを外へ投げ飛ばしたことで殺せんせーの勝利に終わった。「リングの外に足が着いたらその場で死刑」というルールが始めに設けられていたからだ。だからリングの外へ出てしまったイトナくんは……つまりそう言うこと。

「何やってんだ殺せんせー?」
「え?………さあ……?」

 シロさんがイトナくんを連れて教室を去った後、私達は囲いに使っていた机を元の位置に直していた。菅谷がそう言うのが聞こえたので顔を上げてみてみると、殺せんせーは前の教卓のところで顔を両手で覆い隠していた。隙間から少し見える顔は微かに赤く染まっていて、なんだか恥ずかしがっているみたい。どうしたんだろう。

「シリアスな展開に加担したのが恥ずかしいのです。先生、どっちかと言うとギャグキャラなのに」
「自覚あるんだ!!」
「カッコ良く怒ってたね〜。“どこでそれを手に入れたッ!!その触手を!!”」
「いやああ!!言わないで狭間さん!!」

 狭間さんが淡々とした口調で先生のセリフを口にすると殺せんせーは更に赤くなりながら叫んでいた。なるほど、殺せんせーは天然なキャラを作っていたのね。あ、優月ちゃんが顎に手を当てて楽しそうな顔で何か考え込んでいる。

「…でも驚いたわ。あのイトナって子、まさか触手を出すなんてね」

 イリーナ先生の言葉に教室の空気が変わる。そう、イトナくんは殺せんせーの暗殺をする際に自分の触手を使ったのだ。暗殺開始の合図と同時に殺せんせーの腕を切り落としたその触手に、私達の目は釘付けになった。兄弟ってまさかそういう意味だっただなんて。

「…ねぇ、殺せんせー。説明してよ」
「先生の正体…いつも適当にはぐらかされてたけど…」
「あんなの見たら聞かずにいられないぜ」
「そうだよ、私達生徒だよ?先生の事よく知る権利あるはずでしょ」

 ずっと気になっていたことだけど、ずっとはぐらかされてきたことだった。殺せんせーだけでなく他にも触手を持つ人がいただなんてわかると、更に疑問は深まるばかりだ。それに……イトナくんの触手を見て、あんなに怒るなんて。暗殺のターゲットとしても担任の先生としても、私達は殺せんせーのことをもっと知りたい。シロさんが殺せんせーのことちょっと詳しいみたいで、なんだか悔しかったんだから。教室が静まりかえる中殺せんせーはゆっくりと立ち上った。

「実は先生…人工的に造り出された生物なんです!」
「……だよね。で?」
「にゅやッ!!」

 衝撃告白!といった空気を醸しながら言った殺せんせーだが、私達の反応は薄いものだった。だって……うーん、それくらいなら容易に想像できちゃうもん。一番初めに顔を合わせた時殺せんせーは自分は宇宙人なんかじゃないって言っていた。生まれも育ちも地球だって。でも自然界に殺せんせーみたいなマッハ20のタコなんていないし。ということは人工的に造られた生物以外ない、よね。

「知りたいのはその先だよ、殺せんせー。殺せんせーはどういう理由で生まれてきて…何を思ってE組に来たの?」

 渚くんがみんなの一番知りたいことを尋ねてくれた。生まれはもちろんのこと、どうして殺せんせーがここ椚ヶ丘中学のE組にやって来たのか気になって仕方がない。だけど殺せんせーはしばしの沈黙の後、今は話しても無駄だと言って、嗤った。先生が地球を爆破してしまえば、私達が何を知っても塵になるだけだからって。

「逆に君達が地球を救えば…君達は後でいくらでも真実を知る機会を得る。もうわかるでしょう。知りたいなら行動はひとつ――殺してみなさい」

 「暗殺者と暗殺対象。それが先生と君達を結びつけた絆のはずです」殺せんせーの表情はいつもの笑顔だった。そうして先生はまた恥ずかしそうに顔を覆いながら教室を去って行く。残された教室で私達は黙ったまま各々考えていた。
 今回のイトナくんの暗殺は、きっと律ちゃんよりも誰よりも“惜しかった”のだと思う。だけどシロさんが次々と殺せんせーの弱点を告げていった時も殺せんせーが今までになく劣勢だった時も、私の抱く感情は悔しさだった。私自身そんなに暗殺の役に立っているわけではないけれど、自分やE組のみんな以外の誰かが殺せんせーを殺すのはなんだか嫌だと思ってしまった。もしもこの先誰か別の暗殺者が殺せんせーを殺したら、私達はきっとやるせない気持ちになると思う。

「……みんな、烏間先生のところへ行かないか?」

 しんと静まり返っている中、磯貝くんの言葉にみんな顔を上げた。磯貝くんは頬を掻きながらみんなに向かって微笑んでみせる。なんとなくだけど、磯貝くんも私と同じようなことを思ったのかなって感じた。もしかすると、他のみんなも。

「俺は烏間先生に、もっと暗殺の技術を教えてほしいって頼みに行こうと思う」
「今のままじゃ殺せんせーは殺せないしなあ。俺も行くよ!」
「わっ、私も!」
「おっ、生駒さん」

 磯貝くんの肩に腕を回す前原くんに続いて私も思い切って手を挙げてみた。正直私の暗殺の技術はまだまだ彼らに及ばないのだけど……それでも二人とも嬉しそうに笑ってくれた。それから前原くんに手を引かれ、三人で一足先に教室を出る。少し間があってから一人、また一人と教室を出て私達の後を追って来た。

 殺せんせーは私達のターゲットで担任の先生。だから……だからこそ他人任せでなく私達の手で、殺したい。今それがはっきりとわかった。そうと決まれば今まで以上に訓練頑張らないと……!

 烏間先生は今外にいるはず。靴を履き替え校舎を飛び出した。曇り空はいつの間にかすっかり晴れていた。