梅雨が明けると太陽の眩しい季節が近付いてきた。夏ももう目前だ。椚ヶ丘中学校ではそんな夏前の六月の終わりに球技大会が行われる。本日のロングホームルームの議題はそれだ。委員長の磯貝くんが黒板に書き記した。
「健康な心身をスポーツで養う、大いに結構!…ただ、トーナメント表にE組が無いのはどうしてですか?」
球技大会の種目は男子が野球、女子がバスケとなっている。しかし殺せんせーがプリントを指差しながら尋ねたように、学年毎のトーナメント表に私達E組は含まれていない。奇数クラスだとひと組余ることになるので、最初から参加できないことになっているからだ。その代わりE組は、男子は野球部と女子はバスケ部と一番最後に行われるエキシビションマッチに出ることを義務付けられている。その目的は、本戦で負けたチームもスカッとして球技大会を終えるためと、E組に落ちたらこうなりますよという本校舎の生徒への警告のためだ。要するにいつものE組への差別的扱い。
だけど今回ばかりはみんな気合いが入っている。これまでの暗殺の訓練で基礎体力も少しは増しているのだ。女子の方は委員長のメグちゃん筆頭にさっそく作戦を立てることにした。
「叶は試合出んの?」
「ううん、私じゃ足引っ張っちゃうもん。男子の方は全員出場だよね?」
「おー。そんでしばらく放課後に特訓することになったから、遅くなるし先帰ってろよ」
「そうなの。わかった」
ホームルーム終了後、掃除をしながら菅谷とそんな話をした。男子も男子で盛り上がっていたし、なにより殺せんせーまでやる気になってたもんね。かく言う私も今日は女の子で集まって作戦会議をする予定。掃除道具を片付けて外へ出る菅谷を見送り、もうすでに会議を始めているみんなのところへ急いだ。
その次の日は、試合出場メンバー対他五人で練習試合をした。グラウンドは男子達が使っているので、先生がバスケットゴールを別の場所に移してくれたのだ。球技大会に出るメンバーは、メグちゃんと岡野さんと莉桜ちゃん、桃花ちゃんに原さん。そして控えはカエデちゃんと陽菜乃ちゃんだ。E組でも運動神経の良い五人。バスケ部が相手でもいいとこまでいけそうなんじゃないかな?今日の練習で更にそう思った。
その後、メグちゃん達はまだ残ってやっていき、用事なんかのある人は帰る流れとなった。私は今日日直で日誌をまだ書き終えていなかったので、教室残って書いていくことにした。グラウンドの方はまだ野球の特訓をしているらしくて賑やかだ。何時までやるんだろう。今日は菅谷を待って一緒に帰ろうかなぁ。
「あれ、生駒さん?」
「前原くん!」
窓の外をぼんやり眺めていると扉が開いた。入って来たのは前原くん。どうしたのと聞けば、タオルを忘れたから取りに来たとのこと。
「特訓どう?大変?」
「うん、殺せんせーがすげーやる気でさ。結構スパルタだし……。生駒さんはまだ帰んないの?」
「日誌書かないといけないから。それで菅谷と帰ろうかなって思ってるの」
「へえ、でも長くなりそうだし暗くなる前に帰った方がいいんじゃね?」
「そう……?じゃあそうしようかな」
「うん。じゃー生駒さん、帰り気をつけてな!」
「ありがとう。前原くんは特訓頑張ってね!」
前原くんは「おー!」とはにかみながら手を振って、また教室を出て行った。ついつい頬が緩んでしまい、慌てて誰もいないか一応確認した。男子もみんな頑張ってるみたい。球技大会での試合はぜひ見たいな。
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球技大会の日はお天気に恵まれた。全試合は本校舎で行われるので、E組の私達は急いで着替えて山を降りないといけないから大変だ。相変わらず本校舎の生徒達からの視線は痛く肩身が狭い。本校舎の生徒達がトーナメント戦をしている間私達ははっきり言って暇なので、E組のみんなで固まってそれぞれ最後の作戦会議をしていた。
「そろそろどっちも決勝戦だろうし、行くか」
「そうね。みんな、行くよ!」
「男子頑張ってね〜」
「お前らこそ頑張れよ!」
時間も時間なので女子は体育館に、男子はグラウンドに移動することにした。互いにエールを送りあう。本校舎の生徒達は私達を見ては笑うけど、私達は今までよりも自信を持ってその中を歩いて行けた。
「生駒さん」
「浅野くん?」
優月ちゃんとカエデちゃんとおしゃべりしながら体育館へ向かっていると、浅野くんに声をかけられた。反射的に小さく手を振るが、浅野くんはちょいちょいと手招きをしてきた。二人に先に行ってもらうよう言って、浅野くんの方へ駆け寄る。
「どうかしたの?」
「いや。久しぶりに見掛けたなと思って、つい」
「そうなの」
「女子はバスケだったね。生駒さんは試合出るのかい?」
「ううん。私は……その、あんまり運動得意じゃないから……」
思わず視線を反らせながら言うと、「そう言えばそうだったね」とくつくつ笑われた。うー……浅野くんはきっと、私が体育が苦手だったこととか球技大会なんかでは基本応援役だったことを覚えているに違いない。浅野くんの方は今からの決勝戦にも出場するそうだ。運動も得意だもんね、浅野くんって。
「浅野君!そろそろ始まるよ!」
「ああ、今行くよ。それじゃあ、生駒さん」
「うん、試合頑張ってね」
「ありがとう。生駒さんも応援頑張って」
少し話しているとA組の田中くんが浅野くんを呼びに来た。話し相手が私であることに気付くと驚いた顔をしている。浅野くんは田中くんに一言声をかけると、私の方へ向き直りそう言って手を振った。手を振り返しながら二人を見送る。たぶんA組が勝つだろうなぁ、だって運動も出来る人が多かったもん。……っと、私も急がなきゃ!
「やー惜しかった!」
「勝てるチャンス何度かあったよね。次リベンジ!」
女子のエキシビションはバスケ部の勝利に終わった。負けてしまったのは残念だけど、かなり良い試合だったと思う。みんな暗殺の訓練で養った体力と技術を活かしていたし、メグちゃんは一人で30点も取った。バスケ部や観客がすごく驚いているのを見て嬉しくなっちゃった。
「さて、男子野球はどうなってるかな」
「よぉ」
体育館を出た後はまっすぐグラウンドへ向かった。もちろん男子の方の応援をするためだ。こちらはまだ始まったばかりの模様。得点板は――
「わっ、E組三点!」
「すごい!野球部相手に勝ってるじゃん!!」
「あーここまではね」
殺せんせーによる放課後の特訓の成果が出たらしく、E組がリードしている。しかし……と、岡島くんがグラウンドで野球部の方へ歩いていく理事長先生を指差した。野球部の顧問の先生に代わり指揮を執るようだ。目的はおそらくE組勝利の妨害。野球部のみんなに円陣を組ませた理事長先生は、いくつか指示を出して下がった。試合が再開された。野球部の守備が全員内野に集まっている。
「あれって……おかしい、んだよね?」
「明らかに異常だ。けど、たぶん審判は何も言わないだろうな」
私あまり野球は詳しくないんだけど、周りの反応を見てもこれはちょっとおかしいのだろうと感じた。近くにいた千葉くんに聞いてみれば、そう肯定される。くいと顎で指し示す方向には審判の先生。野球部の指揮を執るのは理事長先生な上にその相手は私達E組、審判の先生がこちら側につくことは絶対に無い。
「あっ、危な……!」
野球部の一番の人……B組の進藤くん、だっけ。彼の剛速球を前原くんは打ち上げた。殺せんせーのお陰で速い球にはある程度慣れたそうだけど、あんな守備じゃ内野の人達が気になるでしょ……!ハラハラしている間にあっという間に三アウトで攻守交代。だけどE組のピッチャー杉野くんの変化球のお陰で点差は変わらず、二回の表に突入した。
「ねーえ、これズルくない理事長センセー?」
打順はカルマくんからだ。カルマくんの言葉に理事長先生はただ薄く笑う。カルマくんはこの守備位置について抗議するが、あまり効果はなかったようだ。だけど今のは殺せんせーの指示らしい。グラウンドの向こうで地面から顔を出した殺せんせーが、丸のサインを送っているのが見えた。この回は理事長先生の“教育”を受けた進藤くんが絶好調で、2点を獲得した。E組がじわじわと追い詰められていく。
そうして三回の裏も進み、杉野くんと進藤くんの対決が回ってきた。すると、カルマくんと磯貝くんが前へと進んで行く。野球部がしていたのと同じ位置。審判の先生は何も言わなかった……と言うより言えないのだ。だってさっきの野球部には注意をしなかったんだから。理事長先生は「ご自由に」と表情を変えない。そしたらカルマくんは悪戯っぽく笑い、磯貝くんは笑いながらも小さく溜め息をついた。
『ちっ…近い!!』
荒木くんの実況からも観客の表情からも、信じられないといった雰囲気が伝わってくる。それもそのはず、二人は更に前進して進藤くんの真ん前に立ったのだから。
「ちょ、ちょっと、あんな位置で大丈夫なの……?」
「大丈夫さ。あの二人の度胸と動体視力は知っているだろう?」
心配そうなメグちゃんに、ベンチに座っていた竹林くんが答える。竹林くんの言う通りだった。進藤くんはバットを大きく振ったが、カルマくんも磯貝くんもほとんど動かずにそれを躱した。ここからではよく聞こえないけど、カルマくんが進藤くんに何か言っている。進藤くんの顔が青くなった。杉野くんが次の一球を投げる。
「う、うわああっ…!」
『腰が引けた、スイングだぁ!!』
「渚君!!」
ボールが上に上がる。カルマくんがそれを取ってキャッチャーの渚くんに投げた。磯貝くんが指示を出して渚くんがボールを三塁の木村くんに投げる。そして今度は木村くんが一塁へ投げ、菅谷が跳ねるボールをキャッチした。
「打者ランナーアウト…。…ト、トリプルプレー…」
『ゲ…ゲームセット…!!…なんとなんと…E組が野球部に勝ってしまった!!』
一瞬の間の後、審判の先生と荒木くんの呆然とした声。私達E組からは歓声があがった。
「キャー!やった!!」
「うんっ、やったね!」
「男子すげぇ!!」
ぴょんぴょん飛び跳ねる桃花ちゃんと両手を握り合う。うちが、E組が勝った!あの野球部に!全然すっきりしないと言いたげな表情でぞろぞろと引き上げていく生徒達を見て、バスケ部との試合後のように嬉しくなる。ちらりとグラウンドに目を向ければ、野球部員達に何も言わず去って行く理事長先生の姿が見えた。中間テストの時、理事長先生の妨害により負けてしまった後のこの勝利だ。余計に嬉しくなってしまう。グラウンドの更に奥では、殺せんせーが満足そうに微笑んでいるのが見えた。
「うっれしいよなぁ、やっぱ!俺らが野球部負かしたって!」
「うんうん。本校舎の生徒のあの顔みた?」
旧校舎へ戻る私達の足取りは弾んでいた。みんなテンションが上がっている。散々な扱いや視線は受けて来た私達が、本校舎の野球部に勝ったのだ。本校舎の生徒達にあんな表情をさせたのだ。やってやった!って感じがする。今年のE組は少し違うって気づいた人はいるかな。次に本校舎の生徒と勝負をするのは……期末試験、か。今度は勉強も絶対に負けない!
「生駒さんっ!」
「えっ?……わぁっ!?」
ひとりそんな決意をしていると、カエデちゃんに肩をぽんぽんと叩かれた。振り返るとシャッター音が鳴ってフラッシュが光る。思わず目を瞑った。
「び、びっくりした〜」
「あははっ、ごめんごめん。一緒に写真撮ろ?」
「うんっ!」
今度は二人並んで一枚ぱちり。それから旧校舎へ足を進めながら、優月ちゃんや有希子ちゃん、莉桜ちゃんやみんなともたくさん写真を撮った。私は残念ながらカメラを持って来ていないので、また後日写真をちょうだいとお願いする。
「茅野っちってば準備いいね。カメラ持って来てたなんて」
「――あ。ねぇねぇ茅野ちゃん、叶とあいつのツーショットも撮ってやってよ」
「あいつ?……あ〜…」
一度前を向いたかと思うとにやりと笑った莉桜ちゃんに首を傾ぐ。私?とツーショットをっていったい……「おーい、前原ー」っっ!?莉桜ちゃんの呼ぶ声が聞こえたらしく、磯貝くんや渚くん達と先を行っていた前原くんが振り返った。同時に私の心臓がばくばくばくとうるさく鳴り始める。
「みっ、みんなで撮ろう!?ねっ!?」
「そう言わずにまず二人で撮ってもらいなよ〜」
「そうそう。良い機会なんだし」
慌ててみんなを振り返るも、にこりと微笑む陽菜乃ちゃんと凜香ちゃんにそう言って背中を押されてしまった。「写真?俺も俺もー!」と手をあげた杉野くんは、「はいはい杉野は後でね」とメグちゃんに引っ張られている。
「なにー?生駒#さんとツーショットで?」
「初めはね。はい二人とも笑って〜!」
カメラを向けられると前原くんは特に気にすることもなくピースした。私もそれにつられ、引きっつってたり変な顔になってませんように!と祈りながら笑った。パシャとシャッター音が響く。……なんだか見てるみんなの顔がやけに優しい気がするよ……!その後は磯貝くん達も混じえてまた全員で写真を撮った。それでも相変わらず私の隣は前原くんで、やっぱり少し緊張する。
「なあ、せっかくなんだしクラス全員と先生達も含めて撮らないか?」
「賛成!茅野さん、タイマー機能ある?」
「あるよ〜」
「じゃー早く教室戻ろうぜ!」
磯貝くんの提案にみんな大賛成だ。行事の時に学校が呼ぶプロのカメラマンは例によってE組までは来てくれないけど、クラス全体の写真は欲しいもん。私達は少しスピードをあげて山道を歩いた。
その途中、カエデちゃんがこそっと耳打ちをしてきた。「前原くんとの写真、すぐにあげるから楽しみにしててね」って。楽しまれてるなぁなんて思うが、前原くんとツーショットで撮れて嬉しいこともその写真が待ち遠しいのも正直なところで。ちょっと恥ずかしいなと思いながらも「ありがとう」とお礼を言った。