球技大会が終わればもう七月だ。制服も今日から夏服に替わる。久しぶりの半袖はなんだか腕がスースーするなあ。日焼け止めも塗って夏への対応はばっちりだ。
いつもの待ち合わせ場所で菅谷を待つ。遅いけどどうしたんだろう?あと少し待っても来なかったら電話してみようかな……。
「叶、お待たせ〜」
「あっ、おはよう菅……どうしたの!?」
鞄から携帯を出したと同時に来たようだ。おはようを言いながら振り返って、私の目はある一点に釘付けになった。菅谷の左腕に描かれている……模様?……刺青!?
「どっ、どうしたのそれ!?いつの間にやったの!?何かあったの!?悩みとかあったんなら相談してくれたら……!」
「おっ落ち着けって!これペイントだから!」
「……ペイント?」
腕を掴んで揺さぶってきた私の反応は予想外だったらしく、菅谷は驚きながら私を落ち着かせた。そして苦笑しつつ鞄から何かを取り出す。チョコペンみたいな物だ。
「これなに?」
「メヘンディアートっつってな、この塗料で描いたんだよ」
「へえぇ!」
新しく知ったこれをさっそくやってみたかったそうだ。それから、この塗料に粉末にした対先生弾を混ぜたから暗殺に使えるかどうか試してみたいんだって。美術好きの菅谷ならではの暗殺方法だ。殺せんせーって結構こういうの好きそうだけど、どんな反応を見せるだろう。楽しみ!
「叶にも描いてやろっか?」
「うん!描いて描いて!」
「じゃーそこの公園寄ってこうぜ」
そこのベンチでと、菅谷は後ろの公園を指した。たぶん学校に着くのはギリギリになっちゃいそうだけど……。うー、でも私もこのメヘンディアート気になるし!菅谷の後を追ってベンチに腰をおろし、左腕を差し出した。
「どんな柄にする?」
「お任せで」
「わかった。あ、学校着いたらこれ読んでな」
「なに?メモ?」
****
学校に到着した。幸いチャイムはまだ鳴っていないけど、殺せんせーもみんなももう来ているみたい。菅谷は私に目配せし、教室の戸を引いた。
「…ああ…、今日から半ソデなのは計算外だった」
「!?」
「さらしたくなかったぜ。神々に封印されたこの左腕はよ…。……叶!」
「え、えーと……わ、われらのうでがあばかれしとき、このがくえんにわざわいが……」
「どっ、どーした菅谷、生駒さん!?」
殺せんせーもみんなもぎょっとした顔で立ち上がった。……私、棒読み過ぎたかなぁ。
菅谷はとても満足したようで、カラカラと笑いながらこの刺青のようなものの正体を説明した。そしたらみんなたちまちほっとしたような表情になり、このアートに興味を示した。そんな中で特に安心しているようなのはメグちゃんと磯貝くんだった。それから、殺せんせー。
「よ、良かった…!!先生てっきりうちのクラスから非行に走る生徒が出たかと」
「…相変わらずそういうとこチキンだよね」
「すごい速さで持って来ましたねこの本……」
「特に生駒さんが不良になってしまったら本校舎の先生方に何と言えば……!」
マッハ20でどこかへ行った殺せんせーは、カウンセリングとか心のケアみたいな本を大量に持って来て、菅谷が種明かしするまでずっと読み漁っていた。本校舎の先生達にか……理事長先生とか浅野くん達とか、この状態の私を見たらどんな反応するかちょっと気になる、かも。思わずそんなことを呟くと、「やめてやって」と磯貝くんに苦笑された。
いったん机に鞄を置きに行った菅谷は、塗料のペンを持って戻ってきた。殺せんせーにも描いてあげようかって。
「楽しみですねぇ。先生こういうイレズミみたいの一度は描いてみたかったんです」
思った通り先生は嬉しそうな声をあげた。すっごくわくわくしてる。どんな感じになるかなぁ……。なんて眺めていると、菅谷が殺せんせーの頬に線を引いた途端ドロォッと溶け始めた……っ!?び、びっくりした!私もみんなにつられて叫んじゃったよ!先生の感想は、効果としては嫌がらせレベルとのこと。うーん、アイデアはいいのに。
「…ていうか、先生ふつうにカッコいい模様描いて欲しかったのに…」
「わ、悪かったよ!普通の塗料で描いてやるって」
殺せんせーがしくしく嘆くので、菅谷は普通の塗料で描き直してあげることにした。描いてるのを見てるだけでも面白い。そう思ったのは私だけではなかったようで、殺せんせーに描き終える頃には順番待ちの行列が出来ていた。菅谷は嫌がるどころか嬉々として一人ずつ腕をとって描いていく。ふふっ、楽しそう。
「私の色香に悲鳴を上げろオス達よ!おはよギャーーッ!!」
「あ、イリーナ先生」
その後ちょうど全員分描き終えた時、イリーナ先生が教室に入ってきて悲鳴を上げた。うん、叫んだ気持ちはよくわかるよ先生。私も何も知らずに来てこの光景を見たらきっと叫ぶもん。みんな楽しそうに自分の腕を見せ合っている。すると殺せんせーが、今度はうずうずしながら菅谷に声をかけた。見てたら自分でも描きたくなったみたい。だけどもうクラス全員描いちゃったのに……。そこで殺せんせーと菅谷が目を付けたのは、今来たばかりのイリーナ先生。
「あるじゃないですか…。好き放題描けそうな面積の広いキャンバスが」
「ちょ…ふざけんじゃないわよ!誰がそんな……あ」
イリーナ先生は嫌がったが、床に落ちていた塗料の残りを踏んで滑ってしまい、頭をぶつけてそのまま気絶してしまった。だ、大丈夫かな。心配もそこそこに、殺せんせーはイリーナ先生を椅子に座らせると菅谷から借りた塗料を構えた。右腕を菅谷、左腕を殺せんせーでそれぞれ描くみたい。どんな仕上がりになるかな?
「……あー…」
数分後完成した。右腕はおしゃれで可愛い感じに仕上がっていて、杉野くんが「さすが菅谷」と絶賛する。対する殺せんせーの担当した左腕には……なぜだか四コマ漫画が描かれていた。周りの評価はかなり不評。それも菅谷がフォローして良い感じになったのだけど、殺せんせーが更に余計な手を加える加える。イリーナ先生は両腕両足、果てには顔にもいろいろ描かれ、最終的にはなぜか兜まで被せられていた。
「……収集つかなくなってきたな」
「どうすんだ?一週間は落ちねーんだろこれ」
「一応落とせない事ぁないけど。めんどいな」
「ま、まぁ、ひょっとしたら気に入るかもしれませんし……」
なんとなく嫌な予感を抱きながら、全員で遠巻きに見ているとイリーナ先生が目を覚ました。ゆっくりと自分の身体を確認し、教室から出て行く。……どうしたんだろう。まさか気に入ったってことはないだろうけど。様子を見に廊下を覗きに行った前原くんが慌てて引き返してきた。
「激しくお気に召さなかった!!」
「あの銃本物だぞ!!」
大きな銃を二丁持って戻ってきたイリーナ先生は殺せんせーに向けて撃ち出した。わあぁぁ!すっごく怒ってる!殺せんせーが弾いてくれている間に私達は教室の後ろへ逃げた。菅谷と渚くんと机の陰から殺せんせーとイリーナ先生を窺う。すると、その様子を眺めながら菅谷が話し始めた。
「普通はさ、答案の裏に落書きしたらスルーされるか怒られるだろ?」
「うん?」
「だけどあのタコは安っぽい絵を加筆して来る。むしろ喜々としてさ」
そう言えば……殺せんせー、裏の絵に付け足したり点数付けたり、コメントも絶対に書いて返してるっけ。小テストが返却される度に菅谷が見せてくれたことを思い出した。その時に菅谷が、嬉しそうに笑っていたことも。
「ちょっとぐらい異端な奴でもE組じゃ普通だ。いいもんだな、殺すって」
そういう菅谷の顔は晴れ晴れとしていた。本校舎を離れた菅谷は、以前よりずっと楽しそうに絵を描いたりモノ作りをしている。思わずふっと笑みが零れた。
「生駒さん?」
「どーしたよ?」
「ううん。ただ、菅谷が楽しそうで私も嬉しいなって」
そして、このE組は本当にいいなって改めて思った。菅谷はきょとんとしたように目を丸くさせる。それから、照れ臭そうに「そーかよ」と笑って私の頭に手を乗せた。