「暑い……」
「クーラーが恋しいぜ……」
夏らしい暑さが本格的になってきた。クーラーのない旧校舎は暑くて暑くて、授業にも支障が出てしまうほどだ。みんなも殺せんせーもバテている。せめて風でも吹いてくれればまだマシなのになぁ。
今日は初のプールの時間があってそれは楽しみなのだけど、その前後に地獄が待ち受けているのだ。プールは本校舎にしかないから、私達E組はこの暑い中山道を往復しなくてはいけない。「E組、死のプール行軍」とか呼ばれてたっけ……すでに憂鬱だ。
「うー…本校舎まで運んでくれよ殺せんせー」
「んもーしょーがないなぁ……と言いたいですが。先生のスピードを当てにするんじゃありません!いくらマッハ20でも出来ない事はあるんです!」
「…だろーね…」
前原くんの言葉で顔に大きなバツ印を描いた殺せんせーだけど、教科書を置くとみんなに水着に着替えてついて来るよう指示した。裏山の小さな沢へ涼みに行こうって。沢かぁ……。水辺にいれたら少しは暑さも和らぐかな。私達は男女それぞれ更衣室へ向かい、それから殺せんせーの後を追って裏山へ入った。
「裏山に沢なんてあったんだ」
「…一応な。っつっても足首まであるかないかの深さだぜ」
「んー…足だけでも浸けられたら涼めるかも……?」
「ま……水かけ遊びできるならちっとはマシか」
山の中へ入った時点で日差しが少し遮られ、暑さも少しましになったようだ。これなら小さな沢でも――なんて思いながら歩いていると、水面に反射する太陽の光が見えた。それから、サアアアッと思ったよりも大きな水の流れる音。殺せんせーの一言が引っかかって、私達はそれぞれ顔を見合わせて駆け出した。そして目の前に広がる大きな……プール?
「なにせ小さな沢を塞き止めたので…、水が溜まるまで二十時間!」
二本の二十五メートルのコースに、ビーチチェアまで用意されている。水位を調整すれば魚を飼うこともできるんだとか。これ、殺せんせーが作ったの……!?いつの間に!?
「制作に一日、移動に一分。あとは一秒あれば飛びこめますよ」
「いっ…」
「「いやっほぉう!!」」
私達は一斉にプールに飛び込んだ。もうっ、殺せんせーったら最高!!
「叶ちゃん!遊ぼっ!」
「うん!」
ビーチボールを掲げる桃花ちゃんの方へ泳いで行く。私はしばらく桃花ちゃんと陽菜乃ちゃん、凛香ちゃんと一緒にボールで遊んだ。バレーボールのトスの要領でぽーんぽーんとボールを投げ渡し合う。途中、桃花ちゃんが上げたボールが思いがけず高く跳ね、私の頭上を越えていってしまった。
「わわっ!ごめん叶ちゃん!」
「大丈夫、取ってくるね!」
気にしないでと軽く手を振って、手だけで泳ぎながらボールの飛んだ方へ向かった。ボールは、飛んでいった先にちょうどいた磯貝くんが捕まえてくれたみたい。私に気付くとボールを掲げてにこりと微笑む。
「これ、生駒さん達の?」
「うん、ありが……わあっ!?」
「おっと」
ちょっと急いで寄って行ってると、つるりと何かに滑り前のめりになった。磯貝くんと一緒にいた前原くんがとっさに支えてくれる。「大丈夫?」と尋ねる前原くんの顔が思いがけず近くって、私はかなり吃りながら返事をしてしまった。うあぁぁ……恥ずかしい……。
「ボ、ボールありがとう、磯貝くん」
「どういたしまして」
「あ、あの、良かったら二人も一緒に遊ばない?」
「おっ、いーの?」
「うん!」
にこにこしている磯貝くんから色々誤魔化すつもりで二人を誘ってみた。桃花ちゃん達もたぶんいいよって言ってくれるはず。というか、さっきから背中にすごい視線を感じるよ……。
それでみんなのところへ戻ろうとしたその時、ピピピッと笛が鳴った。殺せんせーが木村くんにプールサイドは走らないようにと注意している。今度は潜水遊びをしていた原さんと莉桜ちゃんに向けて笛を鳴らす。その次は岡島くんのカメラを没収し、次は本を読んでる狭間さんに、菅谷のボディーアートに……殺せんせーの笛が鳴り響いた。う、うーん、先生ってプールマナーに厳しいみたい。
「カタいこと言わないでよ殺せんせー。水かけちゃえ!!」
「きゃんっ!」
監視員よろしく椅子に座って私達を監視する殺せんせーに、陽菜乃ちゃんがバシャッと水をかけた。そしたら、こんな高く可愛らしい叫び声上がった。……今の、もしかしなくても殺せんせー?企み顔のカルマくんが泳いでいって椅子を揺らすと、また「きゃあッ!」と悲鳴が上がる。殺せんせー、泳げないんだ!
そして私達は直感した。この、殺せんせーの泳げないという弱点を使えば暗殺は成功するんじゃ……!?
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その日の放課後はさっそくプールで集まり、水を使った暗殺について話し合った。結果、元水泳部のメグちゃんを中心になんとかして殺せんせーをプールへ落とすという作戦が立てられた。夏はまだまだ始まったばかり。どこかで水辺の暗殺を成功させたいところだ。殺せんせーに警戒させず、どのタイミングで水の中に落とすかということが問題なんだけど……。
「生駒さん、おはよう。今日係りだっけ?」
「おはようメグちゃん。うん、そうだよ」
「手伝うよ。半分貸して?」
「わっ、ありがとう」
翌日私は日直だったので、いつもより早くに学校へ行っていた。殺せんせーから返却されるノートを受け取り教室へ向かっていると、ちょうど登校してきたメグちゃんと会った。ノートの山の半分を引き取ってくれたメグちゃんにお礼を言うと、「どういたしまして」と爽やかな笑顔を返された。本当かっこいいなぁメグちゃん。
「そうだ、今日も放課後集まって話し合う?」
「あー…それなんだけどね、もう少し時間を置こうかなと思ってるの」
「そうなの?」
「今はまだ殺せんせーも警戒してそうだしね」
「そっかー。でも、夏はまだこれからだもんね?」
「うん、これからこれから」
――昨日、何かあったのかな?「これから」と言って笑うメグちゃんは、どこか晴れやかな顔をしていた。