E組専用のプールが出来た翌日のことだ。そのプールが壊されるという事件が起きた。第一発見者の岡島くんに知らされてみんなでプールへ急いでみると、ビーチチェアや飛び込み台などがめちゃめちゃに破壊され大量のゴミまで捨てられていた。いったい誰がこんなことを……?だけど殺せんせーが「犯人捜しなどくだらない」と言ってあっという間にプールを元通りに直してしまったので、それはそのまま不問となった。ニヤニヤと笑っていた寺坂くん達がちょっと気になったけれど……。
「叶、戻ろーぜ」
「あ、うん……」
寺坂くん、なんだかイライラしてるみたいだな……。確かに寺坂くんや吉田くん、村松くん、それから狭間さんは初めから暗殺や勉強に積極的な方ではなかった。だけど最近では、村松くんは殺せんせーの「模試直前放課後ヌルヌル教科学習」に参加するようになったり、狭間さんとは本の話をたまにするようになっている。吉田くんは、前に殺せんせーと楽しそうにバイクの話しているのを見かけたし、今も殺せんせーが廃材で作ったバイクに目を輝かせている。どことなくE組に馴染んできたって感じだ。ただ一人、寺坂くんは――
「にゅやーッ!!?」
「何てことすんだよ寺坂!!」
「謝ってやんなよ!!大人な上に漢の中の漢の殺せんせー泣いてるよ!?」
横からバイクを蹴って壊した寺坂くんはみんなから大ブーイングを受けた。それから更に苛立った様子で、自分の机からスプレー缶を取り出す。
「…てめーらブンブンうるせーな虫みたいに。駆除してやるよ」
床に叩きつけられたそれに亀裂が入り、その隙間から煙が噴出した。殺虫剤……!?寺坂くんの近くの席の人達は被害が大きく咳き込んでいる。少し度を過ぎた悪戯に殺せんせーが怒りながら寺坂くんの肩を掴んだ。しかし、寺坂くんはその触手をバシッと払い除ける。
「さわんじゃねーよモンスター。気持ちわりーんだよ。テメーも、モンスターに操られて仲良しこよしのE組も」
――寺坂くんだけは、相変わらず先生や私達と大きな壁を作っていた。だけど、だからと言ってこんなことまでする人……なのかなぁ。「一緒に平和にやれないもんかな…」と困ったように頭を掻く磯貝くんに心の中で同意しながら、寺坂くんひとりが出て行った扉を見つめた。
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翌日、殺せんせーの様子がおかしかった。ぐすぐすと涙を流し……じゃなくて鼻をすすっている。授業中は少しマシになっていたみたいだけどお昼休みになってまた酷くなったみたい。体調は昨日から悪いようで「夏カゼですかねぇ……」なんて言っている。
「殺せんせーも風邪ひくんだ……」
「薬飲んだりするのかな?」
「奥田さん何か薬的なもの作ってあげたら?」
「そうですね!そのついでに暗殺もできたら……」
いつものように優月ちゃん、有希子ちゃん、奥田さん、原さんとお弁当を食べつつ殺せんせーを見ながらおしゃべりをしていた。すると、寺坂くんが登校してきた。殺せんせーは寺坂くんの顔を汁まみれにしながらも彼としっかり向き合おうとする。だけど寺坂くんは殺せんせーのネクタイで顔を拭くと、放課後プールでの暗殺を予告した。
「てめーらも全員手伝え!!俺がこいつを水ン中に叩き落としてやッからよ!!」
突然暗殺に積極的になった寺坂くん。でも誰も何も答えない。そんななか前原くんが立ち上がった。
「おまえ、ずっと皆の暗殺には協力して来なかったよな。それをいきなりお前の都合で命令されて…皆が皆ハイやりますって言うと思うか?」
「ケッ、別にいいぜ来なくても。そん時ゃ俺が百億円独り占めだ」
そう言い残し、寺坂くんは教室を後にした。今の寺坂くんの態度にみんな……吉田くんや村松くんまでもが呆れ返っている。相変わらず寺坂くんの暗殺には誰も参加する気はないようだったが、ドロドロと流れる殺せんせーの粘液に足を固められ、結局全員参加することとなった。
「よーしそうだ!!そんな感じでプール全体に散らばっとけ!!」
そして放課後になり、寺坂くん以外は水着に着替えて対先生用ナイフを構えプールの中に入った。寺坂くんが殺せんせーをプールに突き落とし、そこをみんなで刺しに行くという作戦らしい。寺坂くんは銃しか持っていない。それだけで殺せんせーを突き落とすことなんて出来るの……?
「ピストル一丁で殺せんせーをプールに落とせるんなら苦労しないってのに」
「うーん……。もしかしたら他にも何か策があるのかもよ……?」
肩まで水に浸かった莉桜ちゃんが、はあっと溜め息をつきながら殺せんせーに銃を向ける寺坂くんを眺める。うん、他にもある、と思う。さすがの寺坂くんだって銃だけじゃ駄目だってわかってるはずだもん。だけど、どうするんだろう?見た感じ吉田くんや村松くんはこの計画の内容を知らない様子だし……。寺坂くん一人で全て準備したのかなぁ。
「ずっとテメーが嫌いだったよ。消えて欲しくてしょうがなかった」
「ええ知ってます。暗殺の後でゆっくり2人で話しましょう」
なんて考えている間に話は進んでいたようだ。殺せんせーの顔がしましまの、ナメている時の色になる。寺坂くんはそんな殺せんせーを睨み付け、銃の引き金を引いた。――その時、爆音が響きプールの堰が爆発した。一気に水が流れ出ていく……っ!
「うわっぷ…!」
「やばい、流され…!」
プールの中にいた私達は水に飲まれ流されていく。流れが速すぎて抗うことができない。どうしよう……!この先は険しい岩場になっている。このまま流されてしまったら……!
「皆さん!!」
だけど殺せんせーが急いで飛び出し、触手で私達を一人ずつ捕まえて助け出してくれた。腰に触手が巻きつけられ宙を飛んだかと思うと次の瞬間には木の上に落とされていた。た、助かった……?他のみんなも引き揚げられているようだ。ほっとしつつ身体を起こそうとすると、また一人誰かが隣に落ちて来た。ぐらりと木全体が大きく揺れる。
「きゃっ……!」
「悪ィ生駒!大丈夫か?」
「よ、吉田くん。大丈夫だよ」
隣に来たのは吉田くんだった。ざっと見回したところ吉田くんで最後のようだ。殺せんせーは……と振り返るのと、先生が別の誰かの触手に足を掴まれ水の中へ落とされるのはほぼ同時だった。その触手の正体はイトナくんで……それから、シロさんもやっぱりいた。
「シロにイトナ!?なんであいつらが……!?」
「……もしかして」
普段この暗殺教室にはいない彼らなのに。プールが爆破して、私達を助けるために殺せんせーの触手がたくさん水を吸ったこのタイミングでの登場。あまりにも、タイミングが良すぎる。まさか、寺坂くんの暗殺は彼らが計画したものだったんじゃ……?
突然現れたイトナくんと殺せんせーの二度目の戦いが始まった。殺せんせーが押されているのは、やっぱり水をたくさん吸ってしまっているから……?木の上から緊張しながら二人の戦いを眺めていると、視界の隅で何かが揺れた。振り返って見上げてみるとそこにいたのは――
「っ、原さん!?」
「原!?ンなとこに上げられてたのかよ!?」
私や吉田くんの頭上辺りに、木の枝にしがみついている原さんがいた。殺せんせーに引き上げられたものの飛ばされた先が運悪くあんな不安定な場所だったようだ。枝が小さく揺れている。お、落ちたりしないよね……!?
「原さん、大丈夫!?」
「や、やばいかも……」
「な、なんとかして助け……あっ!」
「危ねェ!」
「生駒、吉田、それ以上動くな!お前らも危ねーんだからよ!」
「村松くん……」
身を捩ろうとした途端に私のいる木も少し揺れて、吉田くんがまた咄嗟に支えてくれた。そしてすぐ近くの岩場から村松くんが声をかけてくる。危ないのは原さんだけではないようだ。それに、よく考えたら私達のいるところって触手の射程圏内なんじゃ?ああ、だから殺せんせーはイトナくんと戦いながら、ちらちらとこちらを見遣っていたのか。そのせいで殺せんせーが全力を出せていない、なんて……!
「大丈夫だって、生駒。見てみろよ」
「え?……あ、みんな集まって……?」
「寺坂とカルマが中心だ。あいつらがなんとかしてくれるはずだ」
吉田くんが指差す先には、助かった他のみんなが一箇所に集まっていた。確かに寺坂くんとカルマくんの二人が何か話していて、みんなはそれを見守っているよう……。吉田くんは私を安心させるかのようにニッと笑った。寺坂くんに対してちょっと呆れているみたいだったけど、やっぱり信頼している、のかな。
「……うん、あの二人とみんなを信じよう」
「おお」
吉田くん程よく知っているわけではないけれど、寺坂くんとカルマくんが組んだらなんとかしてくれそうな気が私もしてきた。原さんの方を向いて「大丈夫だよ!」と伝える。それから、ここからみんなの動きを見守ることにした。
「思いついた!原さんは助けずに放っとこう!!」
カルマくんがポンッと手を叩いてこんなことを言っているのが聞こえた。
「………」
「………」
「吉田くん、今の私の聞き間違いかな」
「悪ィ。俺がなんか思い違いしてたんかも……」
隣で吉田くんが頭を抱えてしまった。いやっ、でも、またカルマくんと寺坂くんが二人で何か話してるし……あれは作戦を立てているんだよね?そうだよね!?
「おい、シロ!!イトナ!!」
「…寺坂君か。近くに来たら危ないよ?」
ドキドキと緊張しながら行方を見守る。カルマくんやみんなのところから離れた寺坂くんが、怒りを顕にしてイトナくんとシロさんに向かって叫んだ。シロさんは至って冷静に「まぁそう怒るなよ」と返す。すると寺坂くんはシャツを脱ぎ、水辺に降りた。
「イトナ!!テメェ俺とタイマン張れや!!」
「止めなさい寺坂君!!君が勝てる相手じゃない!!」
「すっこんでろふくれタコ!!」
脱いだシャツを構える寺坂くんをイトナくんは冷めた目で見ている。シロさんはくすりとひとつ笑うと、「黙らせろ」とイトナくんに指示を出した。それと同時に一本の触手が寺坂くんに襲いかかる――…危ないっ!だけど寺坂くんはその触手をしっかりと捉えた。そして、シロさんが相変わらずの余裕っぷりで「もう一発」と言ったその時、イトナくんが大きなくしゃみをした。それから何回か連続に。よく見るとイトナくんの顔からは涙や鼻水が流れていて、寺坂くんのシャツが引っかかった触手が少し溶けていた。
「どうしたんだろ……?」
「昨日の殺せんせーみたくなってんな」
様子を伺っているとサッと何かがすぐ横を通り過ぎた。一度振り返り、はっとしてまた目線を戻す。いつの間にか救出されていた原さんが殺せんせーに横抱きにされていた。よ、よかった……!そして次はカルマくんがみんなに指示を出している。それを確認した寺坂くんはにやりと笑った。
「吉田、村松!おまえらは飛び降りれんだろそこから!!」
「はァ!?」
「水だよ水!!デケーの頼むぜ!!」
ばしゃりと水面を叩きこちらへ向かって叫ぶ寺坂くんは、すっかりいつもの調子を取り戻していた。吉田くんと村松くんも「しょーがねーなぁ……」なんて言いながら口元に笑みを浮かべている。向こうの方もなんとかなりそうだ。さて、私はちょっとここから飛び降りる勇気はないから待っているとして――
「吉田は生駒連れて落ちて来いよ!!」
「えっ!?わっ、私はいいよ!あとで殺せんせーに助けてもらっ……」
「大丈夫大丈夫!行くぜ!」
「きゃあああぁぁっ!!」
拒否する声も虚しく、吉田くんに手を引かれて私も木の上から飛び降りることになるのでした……。
――それから、他のみんなも一斉に飛び込んだために頭から水を被ってしまったイトナくんは、殺せんせーと同じくらい水を吸い、触手は全て膨らんだそうだ。ハンデが無くなりE組全員が敵に回ってしまい、シロさんはそれ以上イトナくんに戦わせることを止め、再び去って行ったのだという。
「叶、大丈夫か?」
「すごいこわかった……」
まあ、あんな高いところから飛び降りた私にはあの後の流れを見ている余裕なんてなかったのだけど。浅いところに座り込んでいる私のところへ、菅谷が苦笑しながらやって来た。「お疲れ」と頭をポンポン軽く叩かれる。ほんと、こわかった……!ちらりと先程までいた木を見上げる。あ、あんなところから飛び降りたなんて……。腰が抜けなかったのが不思議なくらいだよ!
「立てっか?」
「うん、大丈夫」
なんて言いつつ菅谷の手を借りて立ち上がる。ふう、大変な目に合った。だけど――カルマくんも水の中に落とし込もうとしている莉桜ちゃんや前原くん、そして寺坂くんをちらりと見遣る。
「楽しそうだね、寺坂くんも」
「おー。混ざるか?」
「今はいいや」
すごく楽しそうなのは他のみんなだけではなくって。これでやっと寺坂くんもE組の一員になったんだなぁって思いながら、あの光景を眺めていた。