竹林の時間-2

 次の日、集会が行われる体育館はまたざわめきに包まれた。始業式の時のように竹林くんが壇上に立ったからだ。学校の創立記念日の集会で、E組からA組に舞い戻った噂の人がまたスピーチをするなんて、いったい何なんだろうと思われても仕方がない。

「竹林くん……」

 会釈して持っていた紙を広げる彼から少しだけ殺気を感じた。何を言う気なんだろう。昨日の放課後は様子を見に行ったものの、私は用事があってちょっと遅れちゃったから竹林くんの顔を見れずじまいになったんだよね……。

『――でも僕は、そんなE組が、メイド喫茶の次ぐらいに居心地良いです』
「!?」

 だけど竹林くんは誰も予想しなかった言葉を口にした。始業式の時は、強くなり認められたいためにE組について嘘をついたと言う。そして竹林くんは、理事長先生の物らしい何かの表彰の盾を砕き、自ら再びE組に行くと告げた。





「…二学期からは新しい要素を暗殺に組みこむ。そのひとつが火薬だ」
「か、火薬!?」

 ところ変わって旧校舎のグラウンド。火薬を使った暗殺と言えば、一学期の初めの頃に寺坂くんの命令で渚くんがやった方法を思い出すけど、威力があるし有力な手段だと思う。もちろん、あの殺り方は厳禁だと烏間先生に注意されたけど。それで、火薬の使用のためには誰か一人が安全な取り扱いを覚えないといけないみたい。

「さぁ、誰か憶えてくれる者は?」
「……私やってみようかな」
「げっ。本気かよ!?」
「国家資格の勉強もいるんだよ!?」

 分厚い参考書を前にしり込みするみんなだけど、私はちょっと興味ある。とりあえず少し読んでみたいなと烏間先生からテキストを受け取ろうとしたら、横から別の手が伸びてきた。

「勉強の役に立たない知識ですが、まぁこれもどこかで役に立つかもね。手伝うよ、生駒さん」
「……おかえりなさい、竹林くん」

 眼鏡をくいと上げる竹林くんをみんな優しい顔で迎える。テキストの半分を私に差し出した竹林くんは、「ありがとう」と小さく言った。


****


「そう言えば、A組の女子に生駒さんは元気かって聞かれたよ」

 放課後になると私と竹林くんはさっそく火薬取扱いの勉強を始めた。とりあえず烏間先生から借りた参考書を一通り読んでみようということで、机をくっ付けて向き合ったままお互い黙って読んでいた。そしたら、ちょうど一章を読み終わったところで竹林くんが不意にそんなことを言ったのだ。

「A組の女子って……誰?」
「それが名前は聞きそびれてしまったんだ。結局A組の人達の名前はほとんど覚えていないし……」
「……そっか。誰だろ」
「でも、君のことを気にかけている様子だったよ」

 参考書からちらりと視線を外して付け加えた竹林くんに、私はまた一言「そっか」とだけ返した。その後はお互い黙ってしまい、再び本を捲る音だけが聞こえた。
 竹林くんにはその女子に心当たりはないみたいな返事をしたけれど、私はそれが誰なのか察しがついていた。五英傑のみんな以外で、しかもA組の女子で今も私を気にかけてる子がいるとしたら、たぶんあの子。ページを捲りながら、その子のことと同時に昨年度A組で“あった事”を思い出す。……なんで今更?

生駒さん、眉間に皺寄ってる」
「!わっ、ま、前原くん!?」

 開いたページをただ眺めていると、とんっと眉間を軽く突かれた。はっとして顔を上げると、くつくつ笑う前原くんが目の前にいた。い、いつの間に。というか無意識の内に難しい顔してたの見られてた……!?

「どうしたんだい?」
「いや、生駒さんに一緒に帰ろーって誘いに来たんだけど。邪魔した?」
「そんなことないよ!あっ、でも本……」
生駒さん、今日はもう前原と帰ると良いよ」

 「集中できてないみたいだし」竹林くんは、また本に目を戻しながらそう付け足した。今開いてる章の内容、全然頭に入ってなかったのばれてたみたい。取扱いには重々に気をつけないといけない物だから責任持って憶えないといけないって烏間先生にも言われてたのに……駄目だなぁ。

「ごめんね、竹林くん……」
「気にすることないさ。明日またやろう」

 一緒に勉強してくれている竹林くんにも申し訳なくて謝る。しかし、竹林くんは責めるような様子もなくそう言って少し笑い、前原くんに目配せした。

「そんじゃ帰ろっか、生駒さん」
「う、うん」

 竹林くんに「また明日」と言って、私達は校舎を出た。山道をのんびり下りつつ他愛無いお喋りをする。火薬のこととかあの子のことで頭の中はいっぱいだったけど、新学期早々に前原くんがこうして誘ってくれるのがすごく嬉しかった。

「――あのっ。生駒、さん」
「え?……あ」

 そしてちょうど旧校舎と本校舎の標識のあるところに差しかかった時、控えめな声に呼び止められた。振り返るとそこにいたのはあの子。もしかして、私が来るのずっと待ってたのかな。なんとなくだけどそんな気がした。

「あの……私、」
「行こう、前原くん」
「おっ、おお」

 気まずそうな顔をして何か言いかけた彼女だけど、私はそれを遮るように前原くんを呼んだ。心配そうな顔で私達を交互に見る前原くんの裾を引っ張り、早足であの子から離れる。それ以上は足音も声も追ってはこなかった。

「さっきの子、A組の?」
「……うん」

 しばらく黙って歩いた後、初めに口を開いたのは前原くんだった。あの子はA組の元クラスメイトで、私の友達だった子。いや、友達だと思っていた子と言った方が正しかったのかもしれない。“あんな事”があって以来一言も口をきいてないし連絡も取っていない。たぶん、あの子の携帯のアドレス帳からは私の連絡先なんてとっくに消されていることだろう。――なのにどうして今更、竹林くんに私のことを聞いたり、ああやって待ち伏せしたり……あんな、表情をするの。

生駒さん!」
「わっ!」

 ぐいっと引っ張られたかと思うと、前原くんはまた私の眉間をつんと突いて「また難しい顔してる」と笑った。その笑顔につられて、額の辺りを手で覆いながら私もついつい笑ってしまった。
 ……そうだ、竹林くんもだろうけど前原くんもきっと気になってるよね。私とあの子のこと。だけどその話をするには私がE組行きになる原因となった“あの事”も話さないといけないわけで。もう過ぎたことだと割り切っているつもりではあるけど……話すにはまだ少しだけ時間と勇気が欲しくって。

生駒さん。話したくないなら無理することないからな」
「え?」

 だけど前原くんは、私の手をそっと握るといつものように優しい笑顔を向けてただそう言った。

「さっきの子のこととか生駒さんがE組に来た理由とか、そりゃー気にならないって言ったら嘘になるけど」
「……うん」
「けど俺は、生駒さんから自分から話したくなるまで待つからさ」

 そして前原くんは「E組の奴らみんなそうだと思うけど」と付け加える。ありがとうとお礼を言うと、またにっこり笑って私の頭をぽんぽんと撫でた。また並んで歩きながら、すでに見えないくらい遠くなってしまったけどあの子の方を振り返る。E組に来てからみんな少しずつ変わっている。私も……いつまでも逃げてばかりじゃいられないな。