泥棒の時間

「おはよー…あれ?」
「はよー。……どーした?」

 いつものように菅谷と登校した。そしたら今日はクラスの空気がなんだか変だった。みんな何か嫌なものを見たような表情をしていると言うか……。菅谷と揃って首を傾げていると、メグちゃんが「おはよう」と新聞を片手に私達の方へ来た。

「二人とも今日の新聞見た?」
「今日はまだだよ」
「俺も。なんか書いてたのか?」
「それなんだけど……」

 そう言ってメグちゃんから開いたままの新聞を渡される。そこには『下着ドロ再び出没!』という椚ヶ丘市で起きた事件の記事があった。自分が住んでいるところでのそんな事件なので思わず眉をひそめる。物騒だねと呟くと、杉野くんが「よく読んでみ」と言ってくる。
 えっと……多発する巨乳専門の下着ドロ、犯人は黄色い頭の大男、ヌルフフフと笑い謎の粘液を現場に……って、ん?この特徴に当てはまる人が私達のものすごく近くにいるような。新聞から顔を上げ、信じられない気持ちで菅谷と顔を見合わせる。それからみんなの方を向くとメグちゃんが深刻そうな表情で神妙に頷いた。

「この犯人が、殺せんせーだって?」
「それしか考えらんねーだろ。こんな奴他にいるか?」

 まさか、そんな思いで口を開く。しかし、顎で新聞を指す寺坂くんにそう言われて何も言えなくなってしまった。


「今日も生徒は親しみの目で私を見つめ……汚物を見る目!?」

 疑いに満ちた空気が教室に充満する中、扉が開かれて殺せんせーが入って来た。下着ドロの犯人が殺せんせーであるとすっかり信じ切った私達の視線を受けて先生は焦っている。新聞を見せると殺せんせ―は全力で否定してきた。

「じゃ、アリバイは?」
「アリバイ?」
「この事件があった昨日深夜、先生どこで何してた?」

 凜香ちゃんが先生に問い詰める。推理ものでよく聞くセリフだ……と、のんきに考えていると、優月ちゃんも同じことを思ったのか顔がキラッと輝いていた。
 それで殺せんせーは、事件の起きた時は「高度一万メートルから三万メートルの間を上がったり下がったりしながらシャカシャカポテトを振ってました」と話した。だけどそんなこと他の誰も証明できない。それにそもそも吉田くんや狭間さんが言うように、マッハ20のスピードを持つ殺せんせーにアリバイなんて無意味なことだ。

「待てよ皆!!決めつけてかかるなんてひどいだろ!」
「磯貝……」

 磯貝くんが止めに入る。だけど、先生が今までやって来たことを挙げていく内に苦々しい顔になり、ついには言葉を詰まらせてしまった。

「…先生、正直に言って下さい」
「い、磯貝君まで!」

 慌てた殺せんせーは味方を見つけようと私達を見回す。その視線は一度私に留められてドキッとしたが、菅谷と前原くんの背中によって遮られた。よ、よかった。私も殺せんせーを信じたいとは思うけど……犯人の特徴があまりにも殺せんせーなんだもん。それに先生が胸の大きい女の人が好きってことは誰もが知ってることだし。誰も味方がいないと悟った殺せんせーは、私達に準備室へついて来るよう言った。

「先生の理性の強さを証明するため…今から机の中のグラビア全部捨てます!」
「……学校にそういう雑誌を持ち込んでるのもどうかと思う」
「しかもあんな大量になあ」

 机の引き出しから雑誌を出す殺せんせーを眺めながら三村くんが半笑いで言った。まったく殺せんせーったら何冊入れてるの?すると中から雑誌に混ざって派手な色の生地が見え……あ、あれって女性用の下着じゃ……!?

「ちょっと!みんな見てクラスの出席簿!!」

 私達が驚いていると、ひなたちゃんが出席簿を持って廊下に駆け込んできた。開かれたところはクラス全員の名前が印刷されたなんてことのない出席簿……いや、違う。女子だけ名前の横に何か文字が書かれている。

「女子の横に書いてあるアルファベット…全員のカップ数が調べてあるよ」

 !!?まさか自分の受け持ちの生徒までと引くべきなのか、いつのまに調べられたのと驚くべきなのか、涙ながらに抗議するカエデちゃんを抑えるべきなのか……!あっ、と言うかその出席簿を前原くんに持ってて欲しくないんだけど今はそれ言ってる場合じゃないのかな!?
 さ、幸い前原くんはすぐに出席簿の後ろのページを捲った。そこには街中のFカップ以上の女の人のリストがあったらしい。先生を見るみんなの目はどんどん冷たくなる。

「そ、そうだ。い、今からバーベキューしましょう皆さん!!放課後やろうと準備しておいたんです!」

 先生はこの空気を換えようと明るい声でクーラーボックスを机に置いた。しかし、

「ホラ見てこの串!!美味しそ〜で……しょ…」

 中から取り出されたのは、串に刺された女性用の下着。これでもう決定的になってしまった。


****


「きょ…今日の授業は…ここまで…」

 あれから教室の空気は冷え切っていた。今日は誰も暗殺どころか殺せんせーに話しかけることも笑いかけることもしない。ようやく放課後の鐘が鳴り、とぼとぼと去って行く先生の後ろ姿を見て少し気の毒になった。

「見損なったよ、殺せんせーのこと」
「だなあ。巨乳好きとか学校でエロ本読んでんのはまだ許容範囲だとしても……」

 菅谷と帰ろうとしていたら凜香ちゃんと三村くんがそう話しているのが聞こえた。思わず私達も足を止めて会話に加わる。

「まったくだ。ウチの女子のカップ数なんていつの間に調べ、」
「岡島くん、出席簿に手伸ばしてどうするの?」
「いやっほら俺今日日直だし、なっ?」
「岡島くん」
「……生駒さん。いくら殺せんせーを軽蔑しようとも男にはどうしても隠せない好奇心があっ」
「岡島くん」
「ごめんなさい」

 菅谷と千葉くんに背中をぽんぽん叩かれている岡島くんは置いといて。出席簿はもう一人の日直である凜香ちゃんに渡した。このアルファベットはなんとかして消しておかなくちゃ。

「――でも、私やっぱり殺せんせーが犯人だなんて信じられないよ」
「おま、あんなドン引いといて」
「うっ。そ、そうだけど!」

 朝の一連のアレは確かに引いちゃったけどっ。それに下着ドロの犯人と殺せんせーに共通点はたくさんあったけど、先生がこんな教師失格なこと本当にするかなあ……。しかもこんなに急に怪しい点が出てくるなんて。

「その気持ちはわかるけど、じゃあ他の誰の仕業って言うの?」
「それは……わかんないけど」

 仮に犯人が殺せんせーじゃないとしても、誰がそんなことしたのか見当もつかない。殺せんせーの独特な笑い方を真似ているということは、先生の存在を知っている人……?そう言えば優月ちゃんが律ちゃんに下着ドロの犯人の情報集めについて頼んでたっけ。なにかわかるといいんだけど。





 結論から言うと、下着ドロの犯人が殺せんせーだというのは誤りだった。新犯人の正体は烏間先生の部下の鶴田さん……だが、彼にそうするよう命令していたのは烏間先生のさらに上司とシロさんだったそうだ。鶴田さんには烏間先生からとても痛そうな制裁を与えられていた。

「わ、悪かったってば殺せんせー!」
「俺らもシロに騙されて疑っちゃってさ」
「先生の事はご心配なく。どーせ体も心もいやしい生物ですから」

 疑いの晴れた殺せんせーはというと、口を尖らせてつーんと拗ねていた。今はクラスみんなで謝って機嫌を直してもらおうとしているところ。ううん、あんなに疑って先生には悪いことしちゃったなあ。

「心配なのは姿を消したイトナ君です。触手細胞は人間に植えて使うには危険すぎる。シロさんに梯子を外されてしまった今…どう暴走するかわかりません」

 拗ねながらも殺せんせーは生徒の心配をしていた。渚くん達によると、昨夜またイトナくんとシロさんの奇襲があったそうだ。しかし、イトナくんの三度目の敗北が決まると、シロさんは触手による激痛で苦しむ彼を置いて去って行ったらしい。そしてイトナくん自身もどこかへ消えてしまったと……。
 教室になんとも言えない空気が流れる中、律ちゃんが「少し気になるニュースがあります」と言ってテレビを映した。携帯ショップが破壊される事件が多発しているというニュースだ。リポーターの女性の背後には、めちゃくちゃになった携帯ショップが映し出されている。

「…これ…イトナの仕業…だよな?」
「……ええ。使い慣れた先生にはわかりますが、この破壊は触手でなくてはまず出来ない」
「…どうして携帯ショップばかりを?」

 優月ちゃんの疑問に誰も答えることができない。答えるどころか見当すらつかなかった。手当たり次第に目のついた店を適当に――という感じはなく、明らかに何か理由を持って携帯ショップを狙っていることがわかる。イトナくんと何か関わりがあるの……?

「担任として責任を持って彼を止めます。彼を探して保護しなければ」
「……」
「助ける義理あんのかよ殺せんせー」

 ニュースを見続けていると殺せんせーはそう言った。これまでいろいろな目に遭わされてきただけに、みんな不満そうな顔をする。それでも先生は静かに窓を開けて、続けた。

「『どんな時でも自分の生徒から触手を離さない』先生は先生になる時誓ったんです」
「……先生、待ってください。俺達も行きます」

 そして窓から出て行こうとした殺せんせーを引き止めたのは磯貝くんだった。「だよな?」と確認するように私達を振り返る。互いに顔を見合わせる私達の答えは、もう決まっていた。
「優月ちゃん、何か気になってるの?」
「うん……。やっぱり、イトナくんが携帯ショップばかり狙うことが引っ掛かってて。ちゃんはどう思う?」

 殺せんせーと一緒にみんなで校舎を出る。何か考え込んでいる優月ちゃんに声をかけると、やはり先程のニュースが気になっているようだ。イトナくんと携帯ショップになんの関係もないとは考えにくい。それに、こういう時の優月ちゃんの勘って当たるもの。

「私も同じ。イトナくんが触手を得た理由にも繋がるんじゃないかって思ってる」
「だよね……。律、お願いがあるんだけど」

 優月ちゃんはひとつ頷くと携帯を取り出して律ちゃんに声をかけた。杉野くんも言っていたけど、クラスメイトだというのに私達はイトナくんのことをほとんど何も知らない。彼のことを調べて少しでも知れたら、触手を得た理由だとかあんなに強さにこだわる理由だとか、何かわかってあげられるだろうか。