執着の時間

 イトナくんは別の携帯ショップで見つかった。報道されていた店のようにめちゃくちゃになった店内で一人佇むイトナくんは酷く疲弊している。

「やっと人間らしい顔が見れましたよ、イトナ君」
「…兄さん」
「殺せんせー、と呼んで下さい。私は君の担任ですから」

 イトナくんは殺せんせーを見るなり再度勝負を申し込もうとする。殺せんせーはいつも私達にするように、穏やかな口調ですんなりとその挑戦を受けた。そして、終わったらみんなでバーベキューして、先生の殺し方を勉強しようなんて言う。殺せんせーはいつだって、どんな生徒であれ、手を差し伸べて教えようとする。

「目の前に生徒がいるのだから…教えたくなるのが先生の本能です」
「……」

 イトナくんが殺せんせーを見つめ、大人しくなったその時。店内に何かが投げ込まれた。

「きゃっ……!?」
「ゲホッ…な…何!?」

 視界が真っ白で何も見えない。息をするとむせ返ってしまう。どこかでイトナくんの呻き声が聞こえた。これは一体……!?続けて銃声の音が聞こえ、ようやくイトナくんと殺せんせーが狙われていることに気づいた。

「大丈夫ですか皆さん!?」
「…多分、全員なんとか」
「では先生はイトナ君を助けてきます!」

   煙が晴れてきた頃、視界の隅でイトナくんが何者かに引き摺られて連れて行かれるのを見た。きっとシロさんに違いない。殺せんせーは私達の無事を確認した後、急いで彼らを追って行った。先程の銃撃を少し受けてしまったのか、先生は顔やあちこちがどろりと溶けていた。……私達を気にしていたから。

「……あンの白野郎…。とことん駒にしてくれやがって」

 プールでの奇襲もそうだった。残された私達の心の中は、シロさんに対する怒りが膨れ上がっていた。
 私達が彼らに追いついた時、殺せんせーは相当追いつめられていた。シロさんの部下らしき人達が木の上やトラックの荷台からイトナくんを狙い撃っている。更に動きを一瞬止められる光線を浴びながら殺せんせーはイトナくんを守っていたのだ。こちらには誰も気づいていない。磯貝くんの合図で、私達はここへ来る間に決めた作戦を決行した。

「なっ…!」
「はい、簀巻き簀巻き〜」
「一丁上がりと」

 それは部下の人達――特に木の上にいる人達を片付けることだ。運動神経の良い数人が木の上から彼らを落とし、あとのみんなで受け止めて動きを封じていく。突然の私達の攻撃に誰もどうすることもできないようだ。あっという間にシロさんと荷台にいる人達を覗いて、全員の動きを封じた。
 シロさんが私達に気を取られている隙に、殺せんせーはトラックの荷台に取り付けていた器具を外した。イトナくんを捕らえているネットはこの先に繋がっている。全ての手を封じられたシロさんは去って行った。今の状態のイトナくんでは、あとニ、三日の命だと言い残して。

「触手は意志の強さで動かす物です。イトナ君に力や勝利への病的な執着がある限り…触手細胞は強く癒着して離れません」

 今のままではシロさんの言った通り、イトナくんは触手もろとも蒸発して死んでしまうそうだ。イトナくんの触手は後天的に移植されたものだから切り離すことは可能らしい。だけど、そのためには力への執着を消す必要が……更にその前にはその原因を知らなくてはいけないと殺せんせーは言う。

「…でもなー、この子心閉ざしてっから」
「身の上話なんて素直にするとは思えねーな」
「そのことなんだけどさ」

 ケータイを見ながら優月ちゃんはみんなに声をかける。イトナくんについて調べて欲しいって頼んでいた件について、律ちゃんから連絡が来たようだ。
 その結果、イトナくんが「堀部電子製作所」という町工場の社長さんの息子だったことが判明した。そこは世界的にスマホの部品を提供していたのだが、おととし負債を抱えて倒産。社長夫婦は雲隠れしたという。イトナくんが携帯ショップばかりを狙った理由も、力や勝利に執着していた理由もわかってきた。少しだけどイトナくんのことはわかった。後はどのようにして彼の執着を消すか……。



「…さて、おめーら」

 寺坂くんは自分達のとこで面倒見させろと言って、吉田くん達と共にイトナくんを引っ張って連れて行った。発作が出て暴走した時のためにイトナくんには対先生ネットをリメイクしたバンダナを着けてもらっているけど……。心配だ。殺せんせーと私達は寺坂くん達の後をつけていくことにした。

「どーすっべ、これから」
「考えてねーのかよ何にも!」
「うるせー!!四人もいりゃ何か考えあんだろーが!」
「ホンッット無計画だなテメーは!」

 あ、あれ。えらく真剣に面倒見ると申し出たものだから、てっきり何か策があるのかと思ったけど……。ともかく狭間さんの一言で、村松くんのお家が経営しているラーメン屋さんに行くことになったようだ。なんとかイトナくんの肩の力を抜くことができたらいいのだけど。
 ラーメンを食べ終えた後、寺坂くん達が次に向かったのは吉田くんのお家のバイク屋さん。吉田くんにバイクの後ろに乗せてもらっているイトナくんは、心なしかリラックスしてきてるみたい……?と思ったその瞬間、吉田くんが急ブレーキをかけて勢いよくターンした弾みでイトナくんは茂みに突っ込んでしまった。

「……何にも計画ないみたいだね」
「…うん。ただ遊んでるだけな気が」

 狭間さんは狭間さんで、えっと……『モンテ・クリスト伯』?全七巻をイトナくんに読ませようとしていた。そ、それもどうだろう。
 一瞬リラックスしたかのように見えたイトナくんの顔色がまた悪くなってきた。発作を起こした触手がバンダナを破る。吉田くん達は慌てて逃げるが、寺坂くんだけは血走った目をするイトナくんの前から動こうとしない。そして、寺坂くんは自分に向けて打ち下ろされた触手を受け止めた。

「なぁイトナ。一度や二個負けた位でグレてんじゃねぇ。いつか勝てりゃあいーじゃねーかよ」

 ……寺坂くん、変わったな。見守っていた私達はいつの間にか安心して、笑みを浮かべていた。殺せんせーももう大丈夫だと感じたのかフェンスを越えていく。たとえ何百回失敗したとしても、三月のリミットまでに一回殺せば自分達の勝ち。寺坂くんの言う通りだ。

「…耐えられない。次の勝利のビジョンが出来るまで…俺は何をしてすごせばいい」
「はァ?今日みてーにバカやって過ごすんだよ。そのためにE組がいるんだろーが」

 なおも苦悩するイトナくんに、寺坂くんはあっさりとそう答えた。まるで「当たり前だろ」とでも言うかのように。触手の力が抜けてだらりと垂れ下げられた。ピンセットを構えながら殺せんせーが二人の元に近寄る。今なら触手細胞を取り除けるようだ。

「大きな力のひとつを失う代わり…多くの仲間を君は得ます。…殺しに来てくれますね?明日から」
「…勝手にしろ。この触手も兄弟設定ももう飽きた」

 そう答えるイトナくんの表情はすっかり穏やかになっていた。


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「おはようございます、イトナ君。気分はどうですか?」
「最悪だ。力を失ったんだから。でも、弱くなった気はしない」

 「最後は殺す」そう宣言したイトナくんに殺せんせーは満足そうに笑って頷く。

 次の日、イトナくんは六月以来久しぶりに旧校舎に登校した。今度は触手を持った殺せんせーの弟だとかシロさんの生徒としてではなく、ちゃんとE組の一員としてだ。みんな笑顔でイトナくんを受け入れる。こうしてもう一人の転校生は、無事に私達のクラスメイトになったのだった。