「どうしたの?」
「木村君の名前の話だよ」
カエデちゃんのびっくりした声が教室に響いた。どうしたんだろうと近くにいた有希子ちゃんに聞いてみると、にこりと微笑んでそう返される。どうやらみんなで名前の話をしていたみたい。木村くんは“正義”と書いて“ジャスティス”と読む名前。私も入学式の時は驚いたなあ。人の名前としてはあまり聞きなれないものだから。
「大変だねー皆。へんてこな名前つけられて」
「「!?」」
木村くんと綺羅々ちゃんが自分の名前について意見し合っていると、カルマくんがそう口を挟んだ。みんな驚いた顔で振り返る。カルマくんの名前も確かにあまり聞かないよね……。本人は気に入っているから良いようだけど。
「先生も名前については不満があります」
「殺せんせーは気に入ってんじゃん。茅野がつけたその名前」
今度は殺せんせーまで話に参加してきた。“殺せんせー”は良い名前だよね。カエデちゃんの素敵なネーミングセンスのおかげだ。殺せんせー自身も気に入っているけど、不満というのはその名で呼んでくれない二名に対してらしい。その二名――あ、烏間先生とイリーナ先生がぎくりとした。先生たちにとっては殺せんせーはターゲットでもあるし、やっぱり呼び難いものなのかな?
「じゃーさ、いっそのことコードネームで呼び合うってどう?」
「コードネーム?」
「そ。皆の名前をもう一つ新しく作るの」
そんな提案をしたのは桃花ちゃんだ。沖縄のホテル侵入の時に会った殺し屋さん達も、本名でなくコードネームで呼び合っていたそうだ。確かに面白そう!殺せんせーも提案に乗り、みんなに紙を渡した。これに全員分のコードネーム候補を書き、先生が無作為に選んだもので今日一日呼び合う。そういう流れとなった。
「今日一日…名前で呼ぶの禁止!!」
****
今日の一時間目は体育。裏山でターゲットである烏間先生……じゃなくて、“堅物”を追い狙う。通信機代わりのケータイからは、朝決めたみんなのコードネームが飛び交っていた。
杉野くんの“野球バカ”や菅谷の“美術ノッポ”、凜香ちゃんの“ツンデレスナイパー”といったようにその人の特徴を上手く表現したものもあり。吉田くんの“ホームベース”や寺坂くんの“鷹岡もどき”、カエデちゃんの“永遠の0”みたいに若干の悪意が見られるものもあり……。中でも私が物申したいコードネームはあの人のだ。
「特に“女たらしクソ野郎”!!銃は常に撃てる高さに持っておけ!」
誰なの前原くんにあんなコードネーム付けたの!?烏間先生も律儀に呼ばなくてもいいのに!!ちょっとむっとしつつ“堅物”の背中を睨み付ける。
「“恋する乙女”!!殺気は素晴らしいがそれだけでは俺は殺れんぞ!」
「えっ、あっ、はい!」
……なんで私若干褒められてるんだろう。
そうして体育の時間は“ジャスティス”が“堅物”を背後から狙い撃ちして終了した。さっそくコードネームで一時間目を過ごしたわけだけど、みんなもう疲れていた。特に若干悪意あるタイプの名前を付けられた人達が、だ。ちなみに木村くんのコードネームは本名そのままだったのだけど、それは今日の体育の訓練内容を知っていた殺せんせーが意図的に決定していたようだ。どんな変わった名前でも、親がくれたそれには大した意味はない、と殺せんせーは言う。
「――意味があるのは、その名の人が実際の人生で何をしたか。名前は人を造らない。人が歩いた足跡の中にそっと名前が残るだけです。もうしばらくその
「…そーしてやっか」
体育の時間で烏間先生を殺ったように、もしも木村くんが殺せんせーを殺せば、木村くんの本名は英雄に相応しいものになる。二丁の銃を見つめる木村くんは、自分の名前を少し好きになったんじゃないかなと思った。
「…さて、今日はコードネームで呼ぶ日でしたね」
……えー…やっぱりこれ続けるのかなあ……複雑だ、いろいろと。黒板の方を向いた殺せんせーはチョークを取って何か書き始めた。あ、そういえば殺せんせーもコードネーム付けるのかな?まだ聞いてないけど。
「以後この名で呼んで下さい。――“永遠なる疾風の運命の皇子”と」
黒板に書いたコードネームの周りを花やキラキラマークで飾り、ドヤ顔で振り返った殺せんせー。当然のようにみんなからはブーイングが起こり、殺せんせーのコードネームは“バカなるエロのチキンのタコ”に替えられてしまうのでした。
その後は結局、一日コードネーム呼びが続行されることとなった。なんだかんだ言ってみんな次第に慣れてきて……
「なー“恋する乙女”。これどうやって解くか教えてくんね?」
次第に慣れて……
「そう言えば“恋する乙女”はもうノート提出したっけ?まだなら持ってくよー」
慣れて……
「“恋する乙女”〜、お昼ご飯食べよ〜!」
「慣れないよ!もういいよ!」
半日そのコードネームで呼ばれ続けた私はもういたたまれないよ!恥ずかしいよ!しかも今日みんなやたらと私に話しかけてくるのは気のせい!?いい加減耐え切れず音を上げるが、みんな「でも……ねえ?」とか「決めたのは俺等じゃないし」なんて言って笑ってるだけ。そうだ、無作為といえコードネームを選んだのは殺せんせーだもんね。
「先生!どうして私のコードネーム、あれにしたんですか!?別のに替えてくれても!」
「……」
「先生!」
教卓でご飯を食べる殺せんせーに詰め寄るが、先生は私に背を向けて無言で黒板に何か書いた。殺せんせーの却下されたコードネームだ。なんでまた?と首を傾げていると、先生はそれをチョークでコンコンと突き、私に向けて触手をちょいちょいと振った。
「……“永遠なる疾風の運命の皇子”?」
「はい!」
まさかこれで呼ばなきゃ返事しないってことなのかな。そんな考えが過ぎったので呼んでみると、満面の笑みであっさりと振り向いた。後ろでみんながツッコミを入れる声がする。
「ええと、“恋する乙女”のコードネーム候補の話でしたね?」
「……はい。よりにもよってそれにするなんて」
「そう言われましてもねえ。君の場合はクラスの三分の二以上がこの案だったものですから」
「え」
「そりゃまー、叶といえばそれだし?」
「むしろ他に何かあンのかよ?」
クラスの半分以上が私に同じコードネーム候補を書いたって……!?信じられない気持ちで振り返るが、莉桜ちゃんと寺坂くんに同意するようにみんな頷いていた。……温かい眼差しを送りながら。
「……」
「ヌルフフフ……ぴったりだと思いますよ?先生のこの“永遠なる疾風の運命の皇子”と同じくらい」
「……私も今から“バカなるエロのチキンのタコ”って呼びますからっ」
にやにやにやにやしている殺せんせーから顔を反らして教室を出る。「にゅ、にゅやーーっ!?そ、そんな!生駒さ……“恋する乙女”―!!」背後でそんな声がしたが容赦なく扉を閉めてやった。
「ふう……あっ、烏間せん」
「どうした。具合でも悪いのか?“恋する乙女”」
だから真面目な顔して呼ばないでください烏間先生……!
「(とりあえず、今教室に前原くんいなくてよかった……)」