柔らかな物腰、てきぱきとしたオーダー取りに爽やかな笑顔。常連らしきおばさま方とにこやかに話しているあのイケメンな店員さんは我らがE組の委員長、磯貝くんだ。
前原くんやメグちゃんに誘われ、放課後とある喫茶店にやって来た。磯貝くんがそこでバイトをしているからだ。そのことは前原くん以外は初耳だったから、様子見というかなんというか。磯貝くんは学校にいる時と変わらないハイスペックさで仕事をこなしていた。
「おまえら粘るなー、紅茶一杯で」
「いーだろ。バイトしてんの黙っててやってんだから」
「はいはい、ゆすられてやりますよ。出がらしだけど紅茶オマケな」
しーっと口元に人差し指を当てて、磯貝くんは私達のカップに紅茶のおかわりを注いでくれた。かっこいいなあ本当。
椚ヶ丘中学校ではアルバイトは校則違反だ。磯貝くんのE組行きの原因もそれなんだけど……。こうしてバイトをしている理由は、母子家庭だから家計を助けるためなんだそうだ。理由までもイケメンだとカエデちゃんが感動している。磯貝くんの欠点って思いつかないな。前原くんが挙げたように貧乏であることくらい……?だけど、彼はそんなことすら気にならないくらいイケメンだ。
「この前祭りで釣った金魚食わせてくれたんだけど、あいつの金魚料理メチャ美味いし。なっ、生駒さん」
「うん。美味しくってびっくりしちゃったよ」
「えっ、叶ちゃんも食べたの?」
「二人に誘ってもらったんだー」
金魚って初めて食べるからどんなものかドキドキだったけど、磯貝くんの手でほんと美味しく料理されてた。安いお店の服も素敵に着こなすし料理も上手。年上のおばさまからも本校舎の女の子からも好かれる。前原くんの挙げる磯貝くんのイケメン要素に頷くしかない。
「イケメンにしか似合わない事があるんですよ。磯貝君や…先生にしか」
「「(イケメ…何だ貴様!?)」」
「あれ、殺せんせーいつの間に」
いつの間にか殺せんせーが私達の後ろの席でハニートーストを食べていた。その美味しさに免じてバイトには目を瞑ってるんだって。殺せんせーらしい。
「でも皆さん。彼がいくらイケメンでもさほど腹は立たないでしょ」
「え?…ああ、うん」
「それは何故?」
「何故って…」
「だって、単純に良い奴だもん、あいつ。それ以外に理由いる?」
前原くんの言葉にみんな同意を示すように頷く。聞かれるまでもないことだ。だけど、磯貝くんのことを「良い奴」だと当たり前のことのように即答する前原くんも、私は良い人だと思うしイケメンだと思うな。私達の答えを聞いた殺せんせーの笑顔は優しかった。
「おやおやおや。情報通りバイトをしてる生徒がいるぞ」
「いーけないんだぁ〜磯貝君」
「「!!」」
「これで二度目の重大校則違反。見損なったよ、磯貝君」
その時お店の扉が開かれた。お客さん……ではなく、浅野くんたち五英傑のみんなだった。ま、まずい……よね?校則違反の現場に来られた上に磯貝くんはE組の人間だ。浅野くんは磯貝くんをお店の外へと呼び出す。私達も慌てて彼らの後を追った。
「浅野くん、ちょっと待って!磯貝くんにも事情があって……」
「っ、生駒さん」
「……大丈夫だよ叶さん。僕もチャンスをあげたいと思っていたんだ」
校則違反は校則違反だけど、磯貝くんも大切な理由があってやったことだ。なんとか大目に見てあげて欲しいと思い口を挟むと、浅野くんはにこりと静かに微笑む。そして磯貝くんを見据える浅野くんの顔は、理事長先生を思い起こさせた。浅野くんの出した条件はひとつ。
「闘志を示せたら…今回の事は見なかった事にしよう」
「闘志…?」
「うちの校風はね、社会に出て闘える志を持つ者を何より尊ぶ」
校則違反を帳消しにするくらいの闘志。それを示す場として浅野くんが指定したのは――
「――本気なの?体育祭の棒倒しで勝負って」
次の日、私は本校舎の門のところに浅野くんを呼び出した。納得いかなかったからだ。昨日浅野くんが提案した、棒倒しでE組がA組に勝てば磯貝くんのアルバイトを見逃すという話に。
「本気だよ。勝負にふさわしい場だと思わないかい?」
「……人数的に不公平だと思うの」
「その力差も周囲から見れば称賛に値する勇気さ」
いくら私が説得したところで浅野くんが考えを変えるとは思わない。だけどクラスの男子の数を見ただけでもE組の不利は明らかで、もしも万が一負ければみんながどんな目に遭うか……。特に磯貝くんは、退学になる恐れまであるのだ。
「それとも叶さん。君がA組に戻るというのなら……僕も考え直さないこともないよ」
「……私がA組に戻るなら?」
思わず聞き返すが、浅野くんは「冗談だよ」とにこりと笑った。……けど、
「浅野君、彼らが来たようだよ」
「ああ、今行くよ。それじゃあ叶さん、また」
黙り込んでいると榊原くんが浅野くんを呼びに来た。本校舎へと戻る彼らの後姿を見つめながら、私はまだ悩んでいた。
****
「ただい、まー…」
「あれ。叶、どこ行ってたんだ?」
「……浅野くんと話してきたの」
旧校舎へ戻ると教室には男子達だけがいて、みんなで集まってなにか話し合っていた。本校舎へ行っていたことを話すと、菅谷に「棒倒しのこと?」と聞かれた。正直にそうだと頷く。
「それでね、私がA組に戻るなら浅野くんも考え直すかもって」
「なぁっ!?もしかして浅野にそう言われたのか!?」
「う、ううん。浅野くんは冗談って言ってたけど……」
でももしかすると、そうすれば磯貝くんが更なるペナルティーを課されることも、みんなが怪我を負わされる可能性もなくなるかもしれない。その為なら私はクラスくらい……。しかし、磯貝くんは真剣な顔で私の肩にポンッと手を置いた。
「棒倒しのことだけど、俺達やることにしたよ」
「……本当に?」
「ああ。みんなも協力してくれるって。……だから、生駒さんがそんなことする必要はないよ」
「でも、」
「生駒さん、俺のこと心配してくれたんだろう?でもそれと同じくらい、俺も生駒さんにE組にいてほしいって思ってるからさ」
「な?」と磯貝くんは私を宥めるように微笑む。いつもの、ホッと安心させるような笑顔だ。菅谷や前原くん達に目を向けると磯貝くんに同意するように頷いていた。みんなの顔を見て、もうすっかり殺る気になっていることに気づく。
「……わかった。ごめんね、出しゃばっちゃって」
「いいよ。ありがとな」
「生駒さん、一応浅野にはA組に戻る件ははっきり断っとけよー?」
「つーか俺らが日頃の恨み晴らすチャンス奪おーとすんじゃねーよ」
「わあっ!」
寺坂くんに頭をわしゃわしゃと豪快に撫でられる。解放されると菅谷が笑いながら乱れた髪を整えてくれた。みんなはこれから体育祭の作戦会議をさっそく始めるようだ。
棒倒しは男子だけの競技だから私は参加できない。だけど、それ以外で私にできることならなんでもやろうっと!