ビフォーアフターの時間

 二学期は学校のイベントが目白押し。体育祭が終わったら今度は中間テストが二週間後に迫っていた。賭けや宣戦布告は特にしていないけれど、E組とA組の勝負となるってことはもはや暗黙の了解で決まっている。

「いよいよA組を越える時が来たのです!熱く行きましょう熱く!熱く!!」
「暑苦しい!!」

 いつも通り殺せんせーが一番はりきっているみたい。教室中にはたくさんの殺せんせーの顔分身が並んでいる。英単語とか年号とか、相変わらず先生にしかできない独特な教え方だ。よしっ、夏休み中もしっかり勉強したし今回も一位とれるよう頑張らなくっちゃ!
 だけど……どこかみんな落ち着かない様子。勉強はもちろん大切だけど、私達にはそれと同じくらいかそれ以上に大事な使命――殺せんせーの暗殺という任務があるのだ。殺せないまま十月が来てしまった。

「勉強に集中してる場合かな、私達。あと五ヵ月だよ」

 帰り道、桃花ちゃんが不安げな表情でそう言った。みんな同じことを考えていたようだけど、だからと言って勉強を放棄するわけにはいかない。第二の刃もしっかり磨いておかないと殺せんせーは学校に来なくなってしまって、暗殺どうこうではなくなってしまうから。深刻な空気の流れる中、岡島くんが「難しく悩むなよ」と笑う。

「俺に任せろ。スッキリできるグッドアイディア見つけたからよ」
「グッドアイディア……?菅谷、聞いてる?」
「いや。なんだろーな」

 岡島くんはついて来るよう言っていつもの下校道を逸れていった。みんな互いに顔を見合わせてからその後を追う。生い茂った木々を抜けると街並みが眼前に広がった。岡島くんはそのまま一番近くの建物の屋上に降り立った。そこからフリーランニングで建物の屋根を伝って行くとほとんど地面に降りずに隣駅の前まで行ける。岡島くんはそんな通学と訓練を兼ね合わせた道を開拓したそうだ。……でも危なくないかなぁ……。烏間先生も裏山以外ではやらないようにって言ってたし。

「勉強を邪魔せず暗殺力も向上できる!二本の刃を同時に磨く、殺せんせーの理想とするところだろ!」
「…良いかもな」
「よっしゃ!先導するぜついてこい!」
「おう!!」

 岡島くんを筆頭にクラスのほとんどが付いて行ってしまった。メグちゃんは渋ってたけど、きっとみんなが心配だからだ。菅谷も行っちゃったけど……私はやめておこう、まだ街中を行く自信はないし。

「元気だねぇ、若人は」
「楽しそ〜。安全そうなら明日は私も行こうかな」
「私達は普通に帰ろっか」
「そうだね」

 残った数人達といつもの帰り道へ戻っていく。ちらりと振り返ると、軽々と飛んで行ったみんなの姿はもう小さくなっていた。

 翌朝、『今日は校舎へ行かず山のふもとで集合』との連絡が入った。今日って何かやるんだったっけなんて思いながら登校すると、指定された場所には原さんやカエデちゃん……昨日フリーランニング下校をしなかったメンバーが集まっていた。

「おはようございます。皆さん揃いましたねえ」
「殺せんせー!でも、まだ……」

 全員は揃っていないようだけどと思ったが、殺せんせーは昨日あったことを話してくれた。フリーランニングで下校したメンバー達はあの後たまたま通りかかったおじいさんに怪我をさせてしまったらしい。そして怪我が治るまでの二週間、そのおじいさんの運営している保育施設で私達E組が代わりに働くことになったそうだ。

「それから……君達はあの場にいませんでしたが、全員平等に扱わないと不公平になってしまいますので」
「わっ」

 殺せんせーは「許してつかぁさい、許してつかぁさい」なんて言いながらペトッと柔らかいビンタをして回った。そして、私達もこれから二週間の仕事場になる保育施設『わかばパーク』へ向かう。他のみんなとも合流すると申し訳なさそうに謝られた。だけど穏便にことを済ませるためのこういう連帯責任なら別に気にしない。残った私達も他人に怪我させることまで考えてなかったもん。

「E組の秘密を守るための二週間労働か。賞金に対する必要経費と思えば安いものだ。ね、生駒さん」
「う、うん。とりあえず君達、お兄ちゃんにズボン返してあげてね」
「えーっ!」

 わかばパークにはたくさんの子供がいた。あのおじいさん……園長さんは待機児童や不登校児を片っ端から集めているそうだ。建物の老朽化も気になるところ。

「二十九人で二週間か。…なんか色々できんじゃね?」
「できるできる」
「よし皆。手分けしてあの人の代役を務めよう。まずは作戦会議だ」

 作戦会議の結果、私達はいくつかの班に分かれた。古い建物を修繕する――というか思い切って建て替える班、小学校前の子供たちに劇をしてみせたり一緒に遊ぶ班、お昼やおやつの時間になったら何か作ってあげる班。

「おねえちゃん、できたー」
「はーい。じゃあ丸つけしてくね」

 そして私は、マンツーマンで勉強を見てあげる班になった。私が教えるのは小学四年生の男の子。勉強を始めるまでかなり時間がかかったけど、なんとか座って問題を解いてくれるようになった。それにしても小学生にもわかりやすく教えるのって、いつも教えてる同年代とは理解力も違うしなかなか難しいな……。
 ちらりと外へ目を遣ると、力仕事班が作業をしている光景が目に入った。隣のテーブルでは渚くんも一生懸命女の子に勉強を教えてる。私だけ弱音を吐いてちゃだめだよね……。それにこの子のためにも頑張らなきゃ!





生駒さん、はよーって、今日は荷物多いな?」
「おはよう、前原くん」

 わかばパークへ行く途中で前原くんと会った。私の抱えてるサブバッグをみて目を丸くさせる。この中身は全部私が小学生の時に使っていた問題集。あの子に問題数をこなすのが良いと言ったものの、わかばパークにはそんなにたくさんのテキストは置いていない。だから家中探し回ってあるだけ持って来たのだ。

「そか、生駒さんは勉強班だっけ。小学生に教えるのってどう?」
「うーん、小学生相手って初めてだから難しいよ」
「いつもは俺ら相手だもんなあ」
「でも……だんだん楽しくなってきちゃって。見てみて、問題集も作ってみたの!」
「すごいな!?」

 持って来たテキストに入る前の準備運動みたいな感じで、お手製の簡単な問題集まで作っちゃった。おかげで少し寝不足だけどすごい達成感。これも役に立つと良いなあ。

生駒さんって先生とか向いてるかもな」
「先生?」

 前原くんは私の作った問題集をパラパラと捲りながらそう言った。きょとんとして聞き返すと「そ、先生」と言って笑う。

「教え方上手いし、そーいう教える情熱っつーの?良い先生になれそうだなって俺は思うよ」

 私が先生……。考えてもみなかった進路だ。はい、と返されたテキストをじっと眺める。それからすぐわかばパークに到着し、力仕事班の前原くんは外ですでに作業を始めているみんなの元へ。私は子供たちに呼ばれたので建物の中へすぐに向かった。


****


 二週間後に園長さんが退院される頃には、わかばパークはすっかり見違えていた。あの小さな木造平屋が二階建ての広々とした立派な木造建築に生まれ変わっていたからだ。二階には図書館と遊技場、一階には職員室とガレージ。あらゆるところには素敵な仕組みや匠の気遣いが施されている。

「う…上手く出来過ぎとる!!おまえら手際が良すぎて…逆にちょっと気持ち悪い!」

 園長さんがこんなに驚くのも無理ないと思う。こちらにはノータッチだった私も建物ができていく過程を呆気に取られながら見ていたものだ。そこらの職人にも引けを取らない出来だと思う。……暗殺のために培ってきた技術も、こうして別の場面で役立てることができるんだなあ。そして『子供たちと心と心を通わせる』という条件もクリアした私達は、園長さんにこの二週間の働きぶりを認められ、特別授業を無事に終わらせることができた。


「はあ……」

 しかし、特別授業が終わったのは中間テストの前日だった。二週間も授業を受けなかったため、裸同然で挑んだテストは芳しくない結果となってしまった。

「まーた二位のクセに落ち込んでんの?生駒さん」
「カルマくん……。だって、悔しい」

 夏休みにも勉強した甲斐あってか、二週間家でこっそり勉強することはなかったものの学年二位の成績を収めることができた。だけど期末では一位を取っていたのに。同点だった浅野くんは今回も不動の一位なのに。はあぁ……と重い溜め息が出る。

「一度一位取ると少しでも落ちるとがっかりしちゃうよ……」
生駒さん、ずっと小学生用の問題集作ってたんでしょ?テスト勉強そっちのけでさ」
「あはは……つい楽しくって」
「ま、ごほーびやるから元気だしなって。ほら」
「……カルマくん本当これ好きだよね」

 ぽいっと投げ渡されたご褒美の品は、一学期中間の時と同じいちご煮オレ。また慰めてもらっちゃったなあ。お礼を言っていちご煮オレを鞄に仕舞っているとポンポンと頭を撫でられた。……カルマくん、期末以降ちょっと変わった感じがする。なんて思いながら背中を眺めていると、カルマくんがくるりと振り返った。

「どーしたの?あ、やっぱご褒美は前原からがよかった?」
「!そ、そんなこと言ってないし思ってもないよ!」
「へえー?それより、俺へのご褒美は生駒さんの手作りクッキーでいいからね」 「またそれでいいの?」
「ん。美味かったよ、あれ」
「そっかあ」

 そのままおしゃべりしながら歩いていると、先に帰ったはずの渚くんと杉野くんと岡島くんを見つけた。五英傑のみんなと何やら睨み合っている。するとカルマくんはにっと口角を上げ、私の手首を掴んで彼らの方へ歩き出した。

「へーえ。じゃ、あんた等は俺達に何も言えないわけね」

 成績が全てのこの学校では、下の者は上に対して発言権を持たないとの旨を言った榊原くんに対する発言だ。無言のまま睨み付ける浅野くんの横を、カルマくんは私の手をとったまま通り過ぎる。

「気付いてないの?今回本気でやったの俺だけだよ。生駒さんなんて、おまえ等が負けっぱなしじゃ可哀想だからって手ェ抜いてやってたのに」
「えっ、私そんなこと言ってな――」

 ぎょっとして否定しようとしたけれど、カルマくんがしーっと言うのでつい口を噤んでしまう。そしてカルマくんは、今回のE組はみんな手加減しただけだとフォローをいれ、五英傑のみんなには期末テストで決着をつけようと言った。瀬尾くんが「上等だ」というのを聞くと、カルマくんは私や渚くん達に声をかけて先に歩き出した。カルマくん、やっぱり変わったな。ふっと笑みを浮かべ、渚くん達と一緒に後を追いかけた。

 中間テストも終わって落ち着いたので、次の日にはクラス全員で烏間先生に謝りに行った。園長さんの治療費だとか示談の交渉だとかでたくさん迷惑をかけたからだ。この二週間は暗殺にも勉強にも大きなロスではあったけど、その代り私達は大切なことに気付くことができた。殺す力も学力も、全部自分の為なのだと思っていた。でもその力は、他人の為にだって使うことができる。

「殺す力を身につければ地球を救える。学力を身につければ…誰かを助けられる」

 渚くんは微笑みながらそう言ってカルマくんを振り返る。昨日の放課後のあの時、きっと渚くんも私と同じことを考えてたんだろう。カルマくんは小さな声で「さーね」とだけ呟いていた。

「もう下手な使い方しないっス。多分」
「気をつけるよ、いろいろ」

 反省して改めて考えることができたのだから、この二週間も無駄ではなかったんだ。
 これで一件落着……と思ったが、烏間先生に「今の君らでは高度な訓練は再開できんな」と言われてしまう。全員が驚く中、先生はボロボロになった岡島くんのジャージをばさりと机の上に置いた。私のジャージも所々破れたり擦れたりしている。暗殺も訓練もどんどんハードになっているから仕方のないことだけど……。烏間先生が廊下へ出ると、先生の部下の人達がダンボール箱をいくつか抱えてやって来るところだった。

「防衛省からのプレゼントだ。今日を境に君達は…心も体もまたひとつ強くなる」

 箱の中身を一人ずつ手渡され、促されるままさっそく着替えてみる。

「先に言っておくぞ。それより強い体育着は地球上に存在しない」

 プレゼントは私達の新しい体育着だった。