死神の時間

「それじゃ、四班はビッチ先生のプレゼントの方よろしくね」
「まかせて!」

 イリーナ先生と烏間先生をくっつけよう計画第二弾!きっかけはイリーナ先生が、烏間先生から誕生日にプレゼントを貰えなかったと寂しそうに言っていたことだ。先生の誕生日は十月十日で、私達の課外授業中に過ぎてしまっていた。烏間先生に仕事を増やしてしまったのは私達のせいだし……。それにイリーナ先生は女子の新しい体操服のデザイン案を出してくれたからということで、またE組みんなで先生たちの背中を押してあげようとなったのだ。

「まずはビッチ先生を別の場所に連れ出さないとな」
「私、呼んでくるね」

 メグちゃんは「フランス語会話を教えてほしい」と言ってイリーナ先生を外へ引っ張って行った。いきなり大人数で集まって行っては不自然になりそうなので、偶然見かけた風を装って他のみんなも続々寄って行きイリーナ先生を囲う。

「……あ」
生駒さん、連絡きた?」
「うん。烏間先生にも渡したって」

 イリーナ先生の奏でるピアノに合わせて一緒に歌っていると、スカートのポケットに入れておいた携帯が鳴った。プレゼント購入班のカエデちゃんからだ。ちなみに私が連絡役を引き受けていた。こっそりメールを読んでいると隣に座っていた前原くんが小声で聞いてきた。私が返信している間に前原くんにはみんなに合図を送ってもらう。

「えっ!ちょっと何でいきなり全員帰るのよ!」
「準備完りょ…いや私達用事思い出して!」
「じゃーね!」

 合図が行き渡ると全員で撤収した。ちょっと不自然だったかもしれないけど……あとは烏間先生がプレゼントを渡すだけだから大丈夫なはず!イリーナ先生が校舎へ入ったのを確認してから私達は外へ戻った。そして教員室の窓から中を窺う。烏間先生が色とりどりの花束を渡すとイリーナ先生はびっくりしつつも嬉しそうな笑顔になった。

「素敵……花束のプレゼントなんて」
「うん、ビッチ先生も嬉しそう。これなら――」

 しかし、烏間先生が淡々とした口調で「恐らくは最初で最後の誕生祝いだしな」と言うと、イリーナ先生は顔を歪めて烏間先生の横を通り過ぎ、勢いよく窓を開けた。私もたぶんみんなもその瞬間は、しまった見つかっちゃった、なんて程度の気持ちだったと思う。だけどイリーナ先生は冷めた表情で私達の間に向けて実弾を一発放った。

「楽しんでくれた?プロの殺し屋が、ガキ共のシナリオに踊らされて舞い上がってる姿見て」
「イリーナ先生……?」

 殺せんせーにツッコミを入れるものの、イリーナ先生はいつもと違う厳しい顔つきで私達を一瞥する。そしてくるりと踵を返すと、烏間先生に花束を投げつけ、そのまま校舎を出て行ってしまった。

「色恋で鈍るような刃なら…ここで仕事する資格はない。それだけの話だ」
「……烏間先生」

 烏間先生はイリーナ先生の気持ちに気付いていなかったわけではなかった。その上で烏間先生は、残された教室で厳しい口調でただそう言った。


****


 それからイリーナ先生が学校へ来なくなって三日が経ってしまった。心配になってメールを送ってみたが返信は無い。今までどんなに授業が面倒だとか言っても、学校には毎日来てくれていたのに……。

「イリーナ先生どうしてるのかな……」
「さあ……。でも烏間先生も厳しいよなあ」
「私達と違ってプロ同士だから仕方がないのかもしれないけど……」

 烏間先生は別の殺し屋との面接があるからと行ってしまった。先生は厳しい人だ。特にイリーナ先生のようなプロの人に対しては。中学生が本業の私達相手と違い、任務優先の接し方をする。今なんて地球を救うという大きな任務を負っているから更にシビアになるのかもしれないけれど……。

「ビッチ先生大丈夫かな」
「う〜ん…ケータイも繋がんない」

 殺せんせーはサッカー観戦をしにブラジルへ行ってしまったが、私達生徒はみんなイリーナ先生のことが気になって教室に残っていた。桃花ちゃんを始め誰も先生と連絡を取れていないみたい。不安げな空気が教室に漂う。

「まさか…こんなんでバイバイとか無いよな」
「そんな事はないよ。彼女にはまだやってもらう事がある」
「だよねー。なんだかんだいたら楽しいもん」
「そう。君達と彼女の間には充分な絆ができている。それは下調べで確認済みだ。僕はそれを利用させてもらうだけ」
「利用って……えっ!?」
「!?」

 不穏なこと言っちゃってどうしたのと、みんなと話す時のように普通に聞きかけた。教壇に立って花束をぱさりと置いて、ようやくそこで私達は“その人”に気づいた。クラスの誰でも先生達でも、本校舎の人でもないその人がすんなりと教室に溶け込んでいる。

「僕は、「死神」と呼ばれる殺し屋です。今から君達に、授業をしたいと思います」

 驚きで言葉も出ない私達をよそに、“死神”と名乗ったその人はにこりと笑みを浮かべた。


****


 イリーナ先生が学校に来なくなり、連絡すらつかなくなった理由がわかった。あの“死神”が先生を人質にとっていたからだ。彼が消え去った後には白い一輪の花と地図のついたメモが残されていた。その地図に記された場所にイリーナ先生はいる。私達は新しい体操服に着替え、指示通り生徒だけで先生を助けに行くことにした。

「…あの建物か」
「空中から一周したが、周囲や屋上に人影はない」

 地図を頼りに向かい、辿りついた先は人気の無い場所に立ったとある建物。中へ入る前にイトナくんが糸成三号で偵察してみたが、外で“死神”の仲間が私達を待ち構えていたり狙っている様子はないようだ。
 建物を見つめながら無意識に胸元をぎゅっと握る。ふいに目が合った竹林くんは神妙な顔で頷く。まだ訓練の時にしか使っていない新しい超体育着に、みんながそれぞれ開発してきた武器。“死神”がどんなに情報通でも私達について知らないことはまだたくさんある。それがこちらの強みだ、と磯貝くんはみんなを見渡しながら言った。

「おとなしく捕まりに来たフリをして…スキを見てビッチ先生を見つけて救出。全員揃って脱出する!」
「律。十二時を過ぎて戻らなければ殺せんせーに事情を話して」
「はい。皆さん、どうかご無事で」
「…行くぞ!」

 合図がかかり一斉に建物へ向かって駆ける。そして、『来客用入口』と書かれた扉を開けた。

 入った先には広く何もない空間が待ち受けていた。辺りを警戒しながら、全員が一気に捕まるのを避けるために何人かであちこちに散らばる。

「全員来たね。それじゃ閉めるよ」

 入り口の上にあるスピーカーから死神の声が響き、同時に扉が重たい音を立てて閉じられた。スピーカーの横にはカメラも設置されている。死神はあれを通して私達の様子を見ているようだ。メグちゃんがイリーナ先生を返すよう交渉するが、返事の代わりに床が大きく動いた。

「な、何だ!?」
「へッ部屋全体が…下に!?」

 ゴゴゴゴ……と地鳴りのような鈍い音と共に部屋ごと下降する。沈んだ先には鉄格子。まさか、部屋全てが檻になっていただなんて……!鉄格子の向こうにはにこりと笑む死神、そしてその後ろには縄で両手を縛られたイリーナ先生がぐったりと座り込んでいた。

「お察しと思うが、君達全員あのタコをおびき寄せる人質になってもらうよ」
「く、くそっ!」
「大丈夫。奴が大人しく来れば誰も殺らない」

 死神にとって私達は殺せんせーを殺すためのただの道具のようだ。今は殺すつもりは無くとも、殺せんせーとの交渉次第では――だけど、ここで大人しく捕まっているような私達じゃ、ない!

「ここだ竹林!空間のある音がした!」

 メグちゃんや岡島くんが死神と話す傍ら、何人かで探していたのだ。三村くんが指摘した場所に竹林くんが爆薬を張り付け、そして奥田さんがカプセル煙幕を投げつける。白い煙が立ち込めるとほぼ同時に壁が爆発し、その隙に私達は逃走した。

「役割を決めて三手に分かれよう。狭い屋内じゃ全員いても身動き取れない」
「賛成」

 檻から脱出後、磯貝くんを中心に作戦を練った。戦闘のAチーム、イリーナ先生救出のBチーム、情報収集のCチームに分かれる。私はCチームだ。監視カメラは見つけ次第破壊。班同士の連絡は律ちゃんに頼もうとしたのだけど……死神によりハッキングされてしまっていた。

「トランシーバーアプリでも連絡は取れるよ。臨機応変で対応してこう」
「警戒を忘れるな。散るぞ!」

 磯貝くんの合図で三チームがそれぞれの目的のために移動した。





「…やばいよ。吉田君に持たせたマイク聞いてたけど……A班全滅みたい」
「なにィ!?一分前に散ったばっかだぞ!」

 ものの一分で悪い情報が入って来てしまった。戦闘力の高いメンバーを集めたから、私達を使ってスキルアップしようとしていた死神はまず先にA班のほうへ向かうとは思っていた。だけどこんなに早く動き、やられてしまうなんて。
 A班も、イリーナ先生を助けに行ったB班も気掛かりだがそれだけじゃない。イトナくんの糸成四号で壁の向こうに大きな空洞が隠されていることがわかった。殺せんせーを殺すための何かがあることはわかるけど、いったい何を……?


「……菅谷」

 小刻みに震える手を握り締めていると、菅谷がそっと私の手に触れた。そして私を安心させるかのように小さく頷く。……自分だって、不安でたまらないって顔してるクセに。だけどお陰で震えは止まったようだ。私は与えられた役割を、しっかりやらなきゃ。

「――期待外れだ」
「!!」

 壁を慎重に調べながらゆっくり進んでいると黒く大きな影――死神が立ちはだかった。

「どうする?おとなしく捕まるか、戦闘に不向きなそのメンバーで絶望的な戦いを挑むか」
「……上等だよ」

 死神は私達以外全員捕まえたことを知らせ、その二択を迫った。戦闘要員としてC班に入った寺坂くんはイトナくんと共に戦おうとする。……が、イトナくんは死神をじっと見据え、「降参だ」と言って寺坂くんを止めた。

「多分格が違う。戦っても損害だけだ」
「…イトナ」
「今日敗北してもいい。いつか勝つまでチャンスを待つ」

 両手を挙げて降伏したイトナくんに倣い、私達は大人しく死神の後を付いて行くことを選んだ。