死神の時間-2

 一度は逃げた檻に再び戻されてしまった。A班もB班もそこに揃っていて、パッと見たところ誰も目につくような大怪我はしていないようで一先ず安心する。だけど、イリーナ先生が死神と手を組んでいたことには少なからずショックを受けた。生徒に順番に手錠と首輪をかけていくイリーナ先生は、まるで初めてE組に来た時のような雰囲気だった。

「…なぁイトナ。あっさり降伏なんざ…戦闘狂だったお前とはえらく変わったな」
「……あの頃は、俺は一人の殺し屋だった」

 後ろ手に掛けられた手錠を、無駄だとはわかっていながらも腕を押し引きして外そうと試みる。そしたらすぐ傍で座っていた寺坂くんとイトナくんの会話が耳に入った。不意に目が合ったイトナくんは、一度私の手錠に視線を遣り、それから緩く首を横に振る。

「今は…俺はE組の生徒だ。タコが言った。『生徒に超せない障害があったのなら…その時は先生の出番です』と」
「――あっ!?モニター!」

 なんてタイミング、ちょうどその時監視カメラのモニターのひとつに二人の人物が大きく映し出された。一人は犬の着ぐるみを着た殺せんせー、そしてもう一人はその首輪のリードを引く烏間先生だった。死神は笑みを残したまま「まいったな」と呟く。

「仕方ない、計画十六だイリーナ。まずはエレベータで所定の位置まで来てもらう」
「…ええ。私の出番ね」

 イリーナ先生は捕らえられたフリをして死神と出ていく。……まずい、よね。先生達はイリーナ先生の裏切りのことを知らない。だけど殺せんせーなら、きっといつものように――

「!!」

 ――きっといつものように、なんとかして助けてくれるはず。そう思ったのも束の間、私達が閉じ込められている檻に殺せんせーが落っこちてきた。あっさり捕らえられたことに私達も殺せんせー自身も驚きが隠せない。鉄格子の向こうには死神とイリーナ先生、そして烏間先生が姿を見せた。
 そして、死神が用意した殺せんせーを殺す手段を教えられた。彼のアジトは国が洪水対策で造った地下放水路と繋がっており、操作室から指示を出せば近くの川から大量の水がここへ流れ込んでくる。その水圧によって殺せんせーは対先生物質でできた檻に押しつけられ、殺される。そして一緒の檻にいる私達も、そんなことをされれば確実に死ぬ。

「来いイリーナ。今から操作室を占拠して水を流す」

 殺せんせーが舌で檻を溶かすという手段も封じ、死神はイリーナ先生を連れて去ろうとした。その時、烏間先生が死神の手を掴んでとめる。

「…なんだいこの手は?日本政府は僕の暗殺を止めるのかい?確かに多少手荒だが…地球を救う最大の好機をみすみす逃せと言うのかな?」

 殺せんせーの一番近くにいる私達を巻き添えにして殺す方法はきっと他の暗殺者達も考えたことだろう。そうなった場合、国が私達をどうすることにしているかはわからない。……考えたくないけど、地球を救えるのなら中学生が二十八人くらい、なんて思っている人もいるかもしれない。

「……日本政府の見解を伝える。二十八人の命は…地球より重い。それでもお前が彼等ごと殺すつもりならば、俺が止める」

 だけど烏間先生は、死神を殴った後そう宣言する。それから死神と烏間先生は部屋を出て行った。


 少し遅れてイリーナ先生も死神からの連絡を受けて部屋を出ていった。イリーナ先生が初めて本音を言ってくれたことで、改めて先生は今まで私達と全く違う世界で生きていたことを実感した。先生がプロの殺し屋であることも。掛ける言葉はすぐには出て来なかったが、「私の世界はそんな眩しい世界じゃない」そう言ったイリーナ先生の表情を見て、先生は本気で私達ごと殺すために死神と手を組んだわけじゃないと感じた。……私がそう、思いたいだけかもしれないけれど。
 死神を追っていった烏間先生の方は心配なさそうだ。爆発に巻き込まれてなお笑みを浮かべて進んでいく姿も見れたことだし。死神は烏間先生に任せておけば大丈夫。私達は私達で、戦う術を考えないと。それが全て終わったら、ちゃんとイリーナ先生に伝えなくっちゃ。

「ビッチ先生が投げつけてった首輪だ。俺等のと同型だよな。どーだイトナ?」
「通信回線は起爆命令と鍵解除の2chだけだ」

 檻に引っ掛かっていた首輪を殺せんせーに取ってもらい、イトナくんがその内部の構造をチェックする。意外と単純な作りをしたもののようだ。今唯一両手が自由な殺せんせーに、一人ずつ壊して外して行ってもらう。その後は手錠も。その間に、岡島くんはカメラの性能を確かめる。檻の中と外にあるカメラに死角はなくても正確に見えないところはあると岡島くんは言う。

「その見えづらい所に上手く紛れる。菅谷できる?」
「おう。手伝って。前教えた通りに」
「任せて!」

 投げ渡されたスプレーで半分を受け持ち、超体育着の暗殺迷彩を使って壁と同じ色に変えていく。それが済むとカメラで正確に見えない場所に行き、肩車三段で壁に張り付く。殺せんせーは自分で保護色になれるから、床に寝そべって私達の隙間を埋めてくれてる。死神のモニターからは今この檻は無人に見えているはずだ。……しばらくそのままじっと待っていると、部屋の真ん中に纏めて置いてあった首輪が爆発した。死神がここの様子を確認した証拠だ。

「焦った“死神”は烏間先生の所へ戻って来るはず。結果がわかるまでこのまま我慢だ」
「…ぐぐ、きっついな…」
「それにしても、よくこんな手を考えましたねぇ三村君」

 保護色になって壁と同化するなんて、死神もこんな方法思いつかなかっただろう。さすが超体育着、だけじゃない。物作り組の発想と技術が大活躍だ!
 先生達はどうなっているだろう。小声でそんな話をしていると、ドパァンッと向こうから大きな水音が響いた。殺せんせーが目を伸ばして教えてくれる。烏間先生と、死神が落ちて来た音だった。


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 戦闘の末、勝利したのは烏間先生だった。殺せんせー含め全員が無事に檻から解放される。改めて姿を見た死神は烏間先生の部下の人達によって厳重に拘束されていた。驚いたのはその顔。先生との戦闘中は遠目に見るだけだったけど……皮の剥がれた顔を直視して、ぞっと鳥肌が立つのを感じる。烏間先生は、死神は子供の頃に自分の親を殺した殺し屋の高度な技術を見て、意識が変わったのだそうと教えてくれた。技術を高めるためにこんなことまで出来るなんて……私にはとても考えられない。

「……影響を与えた者が悪かったのです。これほどの才能ならば…本来もっと正しい道で技術を使えたはずなのに」
「人間を活かすも殺すも…周囲の世界と人間次第…か」
「そういう事です」
「(周囲の世界と人間、次第……)」

 だけど、死神を見つめながら呟かれた先生達の言葉には、深く考えさせられるものがあった。
 その時、コツンと小石を蹴る音がした。まだ敵が!?と、警戒しながら振り返るが、それはイリーナ先生がこっそりとどこかへ行こうとする音だった。みんなの視線を一身に浴びながらも静かに離れて行こうとする先生。だけどすぐに捕まってしまった。吉田くんと村松くんに両腕を抑えられながら、イリーナ先生は「裏切ったんだから制裁受けてトーゼンよ!」と叫ぶ。

「男子は溜まりまくった日頃の獣欲を!女子は私の美貌への日頃の嫉妬を!思う存分性的な暴力で発散すればいいじゃない!」
「発想が荒んでんなー…」
「それ聞いてむしろやりたくなってきたわ」

 そんなイリーナ先生に、一番言いたいことを寺坂くんが代わりに言ってくれた。

「いーから普段通り来いよ学校。何日もバッくれてねーでよ」
「続き気になってたんだよね。アラブの王族たぶらかして戦争寸前までいった話」
「来ないなら先生に借りてた花男の仏語版借りパクしちゃうよ」

 まだまだイリーナ先生に教えてもらいたいことはたくさんある。聞かせてほしい体験談もだ。裏切られはしたものの受け入れようとする私達に先生は驚いたような顔をして、それから顔を歪めた。

「……殺す直前まで行ったのよ、あんた達のこと」
「おう」
「過去に色々ヤッて来たのよ。あんた達が引くような事…」
「何か問題でも?裏切ったりヤバいことしたり、それでこそのビッチじゃないか」

 吉田くんがイリーナ先生をちゃんと立たせる。先生はまた微かに目を見開いて私達を見た。

「たかがビッチと学校生活楽しめないで…うちら何のために殺し屋兼中学生やってんのよ」
「戻ってきてください、イリーナ先生。先生がいないと寂しいです」

 みんな同じ気持ちだ。このE組で欠けてはいけないのは生徒だけじゃない、先生もそうなんだ。烏間先生も同意するように「そういう事だ」と言い、一輪の薔薇をイリーナ先生に差し出す。

「その花は生徒達からの借り物じゃない。俺の意志で敵を倒して得たものだ。誕生日は、それなら良いか?」
「……はい」

 イリーナ先生はきょとんとした表情でその花を受け取る。それから、少しだけ間を開けた後、柔らかく微笑んでそう答えた。その顔は、花束を貰った時よりもずっと嬉しそうだった。

「おお〜良い感じじゃん」
「可能性出てきたねこりゃ」

 そんな良い雰囲気の二人に私達もざわめく。殺せんせーなんか、いつぞやの恋愛コンサルタントの格好に早着替えして例のゴシップノートに書き込んでいた。だけどすぐ着替え直し、「いやらしい展開に入る前に一言あります」と烏間先生に。そして生徒全員の頭に触手を伸ばす殺せんせーの顔は、怒った時の色になっていた。

「今後…このような危険に生徒を決して巻きこみたくない。安心して殺し殺されることができる環境作りを…防衛省に強く要求します」
「…わかってる。打つ手は考えてある」

 E組生徒一同からの要求ということで、今回のような私達を巻き込んだ暗殺をした場合は賞金は支払われないという旨の要求書を烏間先生伝いに政府に提出してもらった。後日、それが無事に通ったことが知らされる。これで今後、少なくとも私達生徒が巻きこまれる暗殺はなくなるだろう。

 イリーナ先生もまた学校に来るようになり、E組に日常が戻って来た。こうして死神との戦いは幕を閉じたのだった。