進路の時間

「進路相談?」
「もし誰かが先生を殺せて地球が無事なら、皆さんは中学卒業後も考えなくてはなりません」

 日常が戻ってきたと思ったら、重要な課題が出された。地球を破壊する予定の超生物に進路相談っていうのも変な感じだけど……。用紙を全員に配った殺せんせーは教室を出ながら、「相談中の暗殺もアリですよ」と言って教員室へ向かった。

「(進路かぁ……)」

 用紙には氏名欄の後に志望校、職業が第一志望、第二志望と並んでいた。E組にいたら外部の高校を受けることになるから、将来なりたい職業から逆算して志望校の相談にも乗ってくれるのだろう。ちらりとみんなの様子を窺う。早くも記入している人もいれば悩んでいる人もいたり……。私は用紙を見つめて少し考えた後、シャーペンを取った。




「次は生駒さんですね」
「……その前に、その頭どうしたんですか殺せんせー」

 教員室に入ると殺せんせーの頭がなんだかすごいことになっていた。なんでも奥田さんの毒コーラで酸っぱい顔になり、原さんの塩分たっぷりのお弁当でむくみ、狭間さんの呪いで髪?が生え、最後には菅谷に落描きされたそうだ。相談から帰ってきた菅谷が「面白いことになってんぜ」って言ってたのはこのことだったのね。

「さて……生駒さんの希望を聞かせてもらいましょうか」
「はいっ」

 せっかくだからと写真を撮らせてもらいながら、進路を書いた紙を渡す。私の希望する進路は――

「……殺せんせー。私、今までなりたいものって特になかったんです」

 殺せんせーは顔を上げて私をじっと見つめた。

「菅谷の美術や、杉野くんの野球や奥田さんの理科、原さんの料理みたいに……これだけは譲れないとか職業として考えるほど好きなこと、得意なことがこれと言って無くって」

 習い事は今までいくつかやったことがある。だけど、親に勧められたものも興味が湧いて始めたものも、あまり長くは続かなかった。お菓子作りは好きだけどそれもただの趣味のひとつで、パテシエとかになりたいとまで考えたことはない。

「唯一勉強だけはずっと頑張ってやってきたんです。それも将来の選択肢が増えるからって親に言われてたからですけど」

 幸い勉強することは私に向いていたのか、小学校の頃から良い成績を保てていた。勉強ができたら親にも先生にも褒められて、とても嬉しかった。椚ヶ丘中学校に入学してからも、褒められて嬉しい、ほとんどそんな単純な気持ちで頑張り続けていた。だけど同時に、学校の勉強だけできても……と思うようになった。

「そんな時E組に入って……先生達に出会って、初めて誰かに憧れたんです」

 E組の先生達は、今までの先生達と違って教えてくれるのは教科の勉強だけではなかった。暗殺という特殊な境遇におかれた今だけでなく、これから先も充分活用していけるようなあらゆる技術や知識を教えてくれた。時に叱り、時に褒め……特に殺せんせーなんか、自分も楽しみながらたくさんのことを教えてくれる。全部きっと本校舎では学べなかったこと。

「それからここで、勉強ができるだけでも充分なにかの役に立てるってわかりました」

 試験でのA組との勝負やわかばパークの一件で、私の“唯一得意なこと”も暗殺や誰かの役に立てるって気づけた。自分のためにだけ頑張って褒められた時より、ずっとずっと嬉しかった。今まで頑張って身につけた知識を活かせるなら、勉強以外のたくさんの経験を伝えるためには、“教師”という進路選択が一番適していると思った。

「私、殺せんせーや烏間先生やイリーナ先生みたいな先生になりたいです」

 学校にいる間だけ役に立つような知識だけじゃなく、今までの自分の成功談も失敗談も全ての経験をもって、その先にも繋がる力を育ててあげられるような先生に。かと言って手を貸しすぎず、適度な距離で一人ひとりを見守ってあげられるような、そんな先生に。

「経験も浅いし力もまだまだだけど、なりたいなって思ったんです」

 私の話をずっと黙って聞いてくれていた殺せんせーは、にこりと笑って触手を伸ばしてきた。ぽにっと頭に乗せられ、いつものように優しく撫でられる。

「自分のような先生になりたいと言われるのは……教師としてとても嬉しいことですねぇ」
「そうなんですか?」
「ええ。生駒さんなら、きっと立派な教師になれますよ」

 なれる、かな。そう思いながらも憧れの先生にそう言われるのは嬉しい。

「あ、あと……実は先生になりたいって思ったのは、前原くんに向いてるんじゃないかって言われたのもあるんです」
「にゅや、そうだったんですか」
「あはは……我ながら単純ですけど」
「いいえ。些細なきっかけでも、段々と大切なものになっていくものですよ」
「……そう言えば、殺せんせーはどうして先生になろうと思ったんですか?」

 にやけ顔で取り出された殺せんせーのノートを撃ったり避けられたりしながら、ふと気になっていたことを思いきって尋ねた。月を爆破した超生物がE組の教師としてやってきた理由は未だ不明だ。生徒達の間でも定期的に話題にのぼること。しかし、殺せんせーは黙りこくってしまった。

「先生……?」
「……そうですね。いつかお話しましょう。先生が教師になろうと思ったきっかけも……先生の、恩師のことも」

 殺せんせーの表情はわかりやすい時もあれば読みにくい時もある。今は後者だ。どこか聞いてはいけなかったような感じもして、それ以上はやめて「いつか話してくださいね」と返すに留めておいた。

「ところで、職業の第二志望は未記入で構わないのですか?」
「あ、はい。今のところ教師以外は考えていないので」
「そうですか。では先生が代わりに書いておきましょう」
「えっちょ、そんな勝手に……なに書いてるんですか殺せんせー!?」
「大丈夫!先生以外は見ませんから!」

 ちらっとしか見えなかったけど、『前原くんの――』って書かれてあったような気がするんですけど殺せんせー!?なんとか取り返して消そうと、ナイフやら銃やらで頑張ってみたが案の定殺せんせーは捕まらず。その上次の順番だったカルマくんに、「なにしてんの生駒さんも殺せんせーも」と呆れた目で見られるのだった。


****


「えっ、渚くんのお母さんがこれから来るの?」
「うん……」

 次の日の放課後、渚くんのお母さんが旧校舎に先生と面談をしに来ることになったそうだ。渚くんを本校舎に戻すためにって。杉野くん曰く、結構厳しいお母さんなんだそうで渚くんは不安そうな表情だ。でも表向きE組の担任である烏間先生は、現在出張中で留守だ。イリーナ先生が一度担任役を練習してみたものの却下されてしまった。だから殺せんせーが烏間先生に変装して三者面談するってことになったんだけど……。

「おうワイや。烏間や」
「再現度ひっく!!」
「いつも通りの似せる気ゼロのコスプレじゃねーか!」

 口調もおかしいし、もはや黒髪のヅラと一応のスーツ姿ってとこしか似てない変装ですよ殺せんせー……!校舎に残ってた数名で、せめて数十分の間だけでも人間らしく見えるよう試行錯誤していく。とりあえず大きな体は常識的なサイズ分以外は机の下に押し込んで誤魔化すことになった。

「……机の断面見れたら、今すごいことになってそうだね」
「うん……。みんな楽しそうで何よりだよ」

 寺坂くん達を中心に殺せんせーを押し込んだり、菅谷が嬉々として烏間先生そっくりの顔のパーツを作るのを私と渚くんは少し離れたところで眺めていた。苦笑する渚くんの表情はまだ不安そう。

「渚くん、本校舎に戻りたい?」
「ううん……絶対に戻りたくない、E組にいたいよ。でも、母さんがそれを聞き入れてくれるかは……」
「渚くんははっきりとそう思ってるのならきっと大丈夫だよ」

 渚くん自身がどうしたいのかしっかりした意見を持っているのなら、きっと。あとは殺せんせーの説得に任せておけば。……だけど渚くんは、困ったように笑うだけだった。
 それから、渚くんのお母さんが旧校舎に来るまでにはなんとか殺せんせーを烏間先生らしい姿にすることができた。私達はいつもの通り外からこっそり教員室を窺う。

「結構和やかな感じだな……?」
「うーん、このまま無事済んだらいいんだけど」
「ね。渚くんが抜けちゃったら寂しいもんね」

 グァバジュースとマカロンと共に世間話をしている間は穏やかな雰囲気だったが、話が渚くんのことに移っていくと雲行きが怪しくなってきた。渚くんのお母さんは自分の歩めなかった道を渚くんに進ませようとしているそうだ。お母さんの隣で渚くんが萎縮してしまっていることがここからでもわかる。

「渚君の人生は渚君のものだ。貴女のコンプレックスを隠すための道具じゃない」

 突然カツラを取り払った殺せんせーは、烏間先生の名でヅラ暴露をすると続けてそう言った。その後には渚くんのお母さんの怒号が外まで大音量で響いた。び、びっくりした……!そして、渚くんのお母さんは渚くんに向かってすごい剣幕で怒鳴り散らすと荒々しく校舎を出て行ってしまった。

「…うーむ、つい強めに言ってしまいました。しかし最も大事なのは…君自身が、自分の意志をはっきり言う事ですよ」
「……!でも今は、一人じゃまだ何にも出来ないうちは…母さんの二周目でいた方が…」
「何にもできないわけがない。殺す気があれば何でも出来る。君の人生の一周目は…この教室から始まっているんです」

 殺せんせーが手早く渚くんの髪を結い直す。その言葉に、渚くんの表情が変わった。外で様子を見ていた私達の顔にも優しい笑顔が浮かんだ。


****


「渚くん、おはよう!」
「あ、生駒さん。おはよう」

 翌朝、登校中に渚くんの姿を見かけた。お互いおはようと言い合った後、昨日の放課後お母さんがすごく怒って帰っちゃったけど大丈夫だったかと尋ねる。渚くんは、あははっと笑いながら頬を掻いた。

「いろいろあったけど……もう大丈夫。母さんもわかってくれたんだ」
「そうなの?じゃあ……」
「本校舎に戻らなくていいって言ってもらえたんだ」
「そっか!良かったぁ」

 渚くんはE組を抜けない。それがはっきりして安堵の息をつくと、渚くんは「ありがとう」とまた笑った。昨日の夜にでもたくさん話し合ったのかな?なんだかすっかり晴々とした表情になっていた。

生駒さん」
「え?――あ……」
「お、おはよ」
「……おはよう」

 山道を登って旧校舎へ向かおうとしたら呼び止められた。A組の、あの子だ。微妙な空気を素早く察した渚くんは心配そうに私を見る。

「……少しでいいの。今から話……できないかな」
「……」

 その子は何度か躊躇う様子を見せたあと一言そう言った。すぐには答えられず、黙ったまましばし考える。……E組に来て、殺せんせーと出会って、悩みを抱えていた人達は悩みと自分にしっかり向き合い、解決してきた。私も逃げてばかりいられない。竹林くんの一件のあと私も自分のことについてそう感じ始めていた。

「わかった。いいよ」
生駒さん」
「ごめんね渚くん、先に行ってて。あと、ちょっと遅刻するかもしれないから、先生に伝えておいてもらえないかな?」
「でも……いや、わかったよ」

 渚くんは「また教室で」と言い、一足先に山を登っていく。大丈夫、大丈夫。何があったって今の私にはちゃんと居場所があるんだから。

「……話って、なに?あ、どっか別の場所に――」
「……っ、ごめん」
「え?」
「ごめん…っ……ごめん、ね、生駒さん……!」

 ここでは本校舎の生徒に見られるかもしれない。だから場所を変えようと提案したのだが、それを遮るようにその子は泣き出してしまった。思いもしなかった言葉に驚くしかない私は、とりあえず泣き止んでもらおうとその子の背中に手を伸ばした。