過去の時間-2

「――それでね、今朝はあの子と仲直りしたんだ」
「あんなことがあったのに、良かったの?」

 過去の話を終えて今日やっと仲直りしたことを告げると、前原くんは今度はそう尋ねてきた。

「私もいい加減ケジメをつけたかったし、あの子もたくさん謝ってくれたから。あと……今の私にはちゃんと居場所があるから、何があってももう大丈夫だって思ったの」
「居場所?」

 そう聞き返す前原くんに、今度はちゃんと笑い返せた。今の私の居場所――言わずもがなE組のこと。
 本校舎で居場所を失ってから、私は今度こそ本当の友達ができることを期待して旧校舎へ赴いた。あんな事があっても、菅谷がいても、やっぱり同性の友達は欲しいもの。初めこそ緊張して怖くなったりもしたが、そんな気持ちはすぐに消えた。壁を作らず対等に接してくれる、ちゃんと“友達”と胸を張って言える人達に出会えたのだ。

生駒さん、E組のみんなのこと好きなんだな」
「うん、大好き!!」

 それに尊敬もしてるんだ。E組はみんな、誰かに嬉しいことや困ったことがあったら、一緒になって喜んだり悩んだりする。それが出来るのってとても素敵なことだと思う。E組のそういうところが私は好きになった。そして、過去の話をしてもきっと傍にいてくれるって信じられるようになったのだ。

「みんな大切な友達だし、大好き」
「それ、みんなに言ってやんなよ。きっとすげー喜ぶよ」
「そ、そうかな?」
「おう!俺もそーだしな!」
「ん……んー…?」

 ニッと笑った前原くんの言葉に、「うん」と返事をしようとして少し口籠もってしまう。大切で大好きなのは前原くんももちろんそうなのだけど、“友達”と言って喜ばれるのは嬉しいけど――複雑かも。大好きと言うのも前原くんに対しては意味が違くて……。なんて考え込んでいると、前原くんの笑顔がぎこちなくなったことに気づいた。

「前原くん?」
「あ、いや、ごめん。みんなっつっても今のはちょっと図々しかったよなー…はは……」

 そう言ってしょんぼりした顔をする……って、あれ?さっきの私の返事って、前原くんも大切な友達だってことに対して言い渋ったように聞こえた……?いや確かにある意味そうだけど、それは私は前原くんを好きだから迷っただけで、でもそんなこと前原くんは知る由もないだろうし……。……!

「ま、待って!違うの!その、私は前原くんのことが好きだからっ、自分から友達宣言するのは少し複雑だなって……」
「えっ!?」
「え?……あっ」

 バッと急いで前原くんに背を向けた。う、うわあぁぁ!勢いでなに言ったの私!?前原くんを傷つかせたのかと思って、とにかく図々しいなんて思ってないってことは伝えてたくって、友達としてって意味の好きじゃなくって、とかグルグル考えてたら!……ほんの少しの期待を持って、ちらりと後ろを振り返る。

「あ、あの。今の聞いてなかったりは……」
「い、いや、聞いた。ばっちり」

 こっ、この口が……!こんなタイミングで言うつもりなんてなかったのに!またそっと後ろを見遣ると、前原くんは口元を手で覆って別の方向を向いていた。その顔は赤くなってるようにも、見える。私がそうであってほしいと思ってるだけかもしれないけれど。初めて見る表情にキュンと胸が鳴る。……どうせ取り消せないのなら、覚悟を決めよう。

「前原くん!」
「は、はい!?」
「〜〜っ、好きです!初めてしゃべった時から、ずっと。同じクラスになってから、どんどん好きに、なっ……て、」

 更に勢いのまま思い切って告白したものの、段々と恥ずかしくなってきて最後の方は尻すぼみになり、最終的に俯いた。だ、駄目だ。泣きそう。今日は過去の話だけするつもりだったのに、こんな急に告白までしちゃってきっと前原くんも困って……

   そんなことを考えていると、突然ふわりと抱き締められた。

「ま、前原くん!?」
「……今の、ほんと?」
「えと、はい」
「……すっげー嬉しい」
「!?」

 まさかの言葉に心の底から驚いていると、回された腕に力が込められた。ドキドキとうるさい程に鳴っている心臓は、私のものなのか前原くんのものなのか。行き所のない手で前原くんの背中をそっと撫でると、また少しきつく抱き締められる。

「前原、くん」
「ありがと、生駒さん。俺も好きだよ」

 そして身体を離されると、前原くんは私を真っ直ぐに見つめてそう言った。また、信じられない言葉に目を見開く。だけど前原くんが恥ずかしそうにはにかむと、私もつられて笑ってしまった。
 ……これは、夢かな?ほぼダメ元で勢いのまま告白したのに、抱き締められて、前原くんからも「好きだよ」だなんて言われて。嬉しすぎて顔がにやけるのを感じながら、そぉっと頬を抓って見る。えっと……痛いから、夢じゃないってこと?ふと視線を感じて顔を上げると、前原くんは今の私の行動を見ていたらしくおかしそうに笑った。

「正直さ、生駒さんもしかしてーなんて思うことはあってさ」
「……もしかしてーって、もしかしたら私が前原くんを好きかもって?」
「……まあ、ほら。殺せんせーとか他の奴らの様子とか見てだけどさ」

 や、やっぱりそうだよね……!思い返してみれば、いや思い返してみなくても私の言動でも周りの雰囲気でも、よほど鈍くなければ勘付きそうなものだもん。現に前原くんが好きってことは菅谷と女子達だけにしか言ってなかったのに、いつのまにかほぼクラス全員に知れ渡っていたし……。思わず顔を両手で覆ったが、前原くんはまた笑いながら私の背中をぽんぽんと叩いた。

「それでも、まさかなあって思ってたよ。俺の自惚れだろうって」
「え、そうだったの……?」
「ほら俺、E組で情けないとこばっか見せてるしさ」

 前原くんはそう言って肩を竦めた。E組になってからいろんなことがあったけど……情けない姿……?パッと思いつかない。

「前原くんはいつだってかっこいいよ」

 だから、素直に感じたことを笑顔で伝えた。すると前原くんは驚いたような顔をして、それから「……サンキュ」とふにゃりと笑った。

「ところで生駒さん」
「なぁに?」
「外、どーしよっか」

 前原くんは窓の方を見遣ったかと思うと、どこか呆れたような表情になって廊下を指差した。窓のガラス部分の下の方には、結構前からずっとちらちらと人影が見えている。……あと殺せんせーの黄色い頭も。

「さっきの話、みんなに繰り返す必要なさそうだね」
「あ、やっぱ気づいてた?」
「そりゃ気づくよ」

 今度は二人で苦笑し合う。聞こえないふりしてたけど、廊下でこしょこしょ話す声がしてたから。私が今朝珍しく遅刻してきたから、たぶんみんな心配してくれてたんだろうとは思うけど。

「んじゃ改めて報告しとくか?」
「そだね」

 先に腰を上げた前原くんは、悪戯っぽく笑いながら私に手を差し伸べる。その手をとって、たくさん潜んでいる廊下へ出て行った。