学園祭は結局、E組は二日目の途中でお店を閉めることとなった。在庫がすべて無くなり、そして食材を取り過ぎると生態系に影響を及ぼす可能性があったためだ。それでも総合としては中学高校のA組に続いて三位という、立派な成績を収めることができた。トップになれなかったのは残念だけど、十分満足な結果だ。
「さぁて、この一年の集大成。いよいよ次は『学』の決戦です」
学園祭が終わってからも気を抜いてられない。気付けばもう十二月はすぐそこで、二学期の期末試験が間近に迫っていた。E組とA組の最後の大きな戦いだ。
「君達は頭脳も精神も成長した。どんな策略や障害にも負けず、目標を達成できるはずです。堂々と全員五十位以内に入り、堂々と本校舎復帰の資格を獲得した上で、堂々とE組として卒業しましょう」
殺せんせーの言葉にみんなの表情にも気合が入る。そんな中、杉野くんが不安げな表情でA組の担任が変わったことを話題に挙げた。新しい担任は――浅野理事長。
「…そうですか。とうとう…!」
殺せんせーは神妙に頷いた。理事長先生は異様なカリスマ性と人を操る言葉と眼力の持ち主だ。授業の腕もマッハ20の殺せんせーにまったく劣らないくらい。そんな人の授業を受けたA組は、今までと比べ物にならないほど手強いだろう。
「理事長と殺せんせーってさ、なんかちょっと似てるよね」
放課後、みんなで山道を下っていると優月ちゃんが突然そんなことを言い出した。
「どこが?」
「二人とも…異常な力持ってんのに普通に先生やってるとこ。理事長なんてあれだけの才覚があれば…総理でも財界のボスでも狙えただろうに、たった一つの学園の教育に専念してる。そりゃ手強くて当然だよ」
確かに……。理事長先生は“教育”や“強い人間を育てること”に強いこだわりを持っている。理事長先生はどうして先生になろうと思ったんだろう。殺せんせーみたく何かきっかけとなる出来事や誰かがいたのかな。そんなことを考えながら、ちらりとケータイの画面に目を落とす。
「叶、なんか連絡待ち?」
「ううん。そういうわけじゃないんだけど……」
あの子からのメールが途絶えたことが少し気になっていた。最後は「今日から理事長が担任なったよー。ちょうやっばい!」なんて他愛ない内容だったっけ。かなりハードなんだなぁ、とケータイを鞄に仕舞っていると「あれ?浅野君だ」とカエデちゃんの声が聞こえた。
「浅野くん、どうしたの?」
「…なんか用かよ」
「偵察に来るようなタマじゃないだろーに」
一人で私達を待っているようにも見えた浅野くんに声をかける。(途中、陽斗くんに手を引かれて止められた。)浅野くんは拳を握りしめ、私達に依頼があると切り出した。
「単刀直入に言う。あの怪物を君達に殺して欲しい」
苦々しげな表情と共に吐き出されたその言葉。烏間先生が一番初めに、私達に殺せんせーの暗殺任務を依頼した時の言葉と一緒だ。いつもと様子の違う浅野くんに驚く一方で、そんなことをぼんやりと思い出した。だけど浅野くんの依頼のターゲットは、殺せんせーでなく理事長先生。そして“殺す”のも物理的にというわけではなく、理事長先生の教育方針を、ということだった。
「教育方針…って、どうやって?」
「簡単な話だ。次の期末でE組に上位を独占して欲しい」
“エンドのE組”がA組を上回ることで理事長の教育はぶち壊せる、浅野くんはそう言った。言い方はいつも通りだけどこんな依頼をしてくるのは、E組ならこなせると思っているから――ひいてはE組のことを認めてくれるようになったから、だよね?浅野くん。場違いだとは思いつつも嬉しくなってしまう。
「…だが、僕以外の凡人はそうじゃない。今のA組はまるで地獄だ」
「!地獄、って……?」
だけど浅野くんのこの一言にのんきに考えている場合じゃないと気づいた。浅野くんは私に苦い顔を向けて、A組の現状を教えてくれた。今の彼らは――瀬尾くんたちも含めて、E組への憎悪を膨らませ限界まで勉強させられているそうだ。だけど敵を憎しみ、蔑み、陥れることで得た強さには限界がある。敗北は時に、人の目を覚まさせるから、
「――だからどうか…――正しい敗北を、僕の仲間と父親に」
浅野くんはゆっくりと頭を下げた。私達だけじゃない、浅野くんも何度かの勝負を経て変わった。今、本気で他人を気遣い、E組に頭を下げている。
「え。他人の心配してる場合?一位取るの君じゃなくて俺なんだけど」
カルマくんの一言で、場の空気ががらりと変わった。あ、浅野くんの額に青筋が浮かんでるよ。
「言ったじゃん、次はE組全員容赦しないって。一位は俺で二位が生駒さんかな」
「わっ、私が一位取るよ!」
「だめ、俺。そんでその下もE組。浅野クンは十番あたりがいいとこだね」
ぽすぽす頭を叩かれながらも反論する。二学期中間のリベンジのためにも、今回の期末は私がまた一位取るんだから!そうやってひとり気合を入れている間に、カルマくんは茶々を入れてきた寺坂くんに反撃して、磯貝くんが真摯な対応で浅野くんに向き合う。
「今までだって本気で勝ちに行ってたし、今回だって勝ちに行く。いつも俺等とお前らはそうして来ただろ。勝ったら嬉しく、負けたら悔しい。そんでその後は格付けとか無し。もうそろそろそれでいいじゃんか」
ざあっと、私達と浅野くんの間に風が吹く。
「余計な事考えてないでさ、殺す気で来なよ。それが一番楽しいよ」
「……面白い。ならば僕も本気でやらせてもらう」
浅野くんは少し圧倒されていたようだけど、カルマくんの言葉にニッと口角を上げた。良かった、いつもの浅野くんだ。
「叶さんも。次は負けないよ」
「うん!」
E組も、浅野くんもA組も、みんなが本気の今回の試験。絶対に負けられない……!
****
いよいよ決戦の時がやって来た。筆記用具を持ってみんなで一緒に山を下りるが、緊張のためか口数はいつもより少なかった。私も頭の中で復習をしながらひとつ深呼吸をする。
「叶、緊張してる?」
「うん。……ね、陽斗くん。本校舎に着くまで手繋いでもらってもいいかな……?」
「え!?お、おう、いいぜ!」
ぎゅっと陽斗くんの手に包まれると、不思議と気持ちが落ち着いてきた。それから、やっぱり黙ったまま歩き続ける。今日ばかりは誰も冷やかしてこなかった。そして本校舎に到着し、相変わらずアウェイな場へと足を踏み入れる。途中通りがかったA組の教室からは、A組の人達が殺気を孕んだ視線が突き刺さってくるかのようだった。その中にはあの子や瀬尾くん、榊原くん達の姿もあったが、今や私にすら気づかない。それ程までにE組に対する憎しみ“のみ”が膨れ上がってしまっているんだ。不意に浅野くんと目が合い、お互いを激励するかのように手を振り合う。今回ばかりは絶対に、負けられない。
「あと少しで始まるね」
「おう。あー…すっげー緊張してきた」
「大丈夫だよ、たくさん勉強してきたし。いつも通り、殺る気で」
「ね」と陽斗くんに笑いかけ、最後にぎゅっときつく握ってから手を放して自分の席へ向かった。
「……」
「どうした?前原」
「やばい。こういう時の叶ってかっこよ過ぎて惚れ直しそう……!」
「……もう始まるから早く席着けよ」
全員着席し、時間が来るのを待つ、そして定刻、始まりのチャイムが鳴った。
殺せんせーに教わりみんなで教え合い、いつにも増して猛勉強した期末試験が終了した。難易度も問題数もかなり上がった今回のテストだったが手応えはばっちりある。自分の順位が気になるのはもちろんだが、E組全員が五十位以内に入っているかどうか……。
「…さて皆さん、集大成の答案を返却します。君達の二本目の刃は…標的に届いたでしょうか」
殺せんせーがマッハで各個人の答案を一気にすべて返却した。今回重要なのは点数よりも順位。答案を折り畳みながら順位表が張られるのを待つ。だけど、ちらりと見えた得点に手が震えるのを感じた。
「E組でも先に順位を発表してしまいます!」
殺せんせーが順位表を黒板に張り出した。五十位から順にE組の生徒の名前を探していく。四十六位寺坂くん、四十四位菅谷……みんな、いる?順番に上がっていって一桁台に入る。私の名前はまだない。そして一位は――っ!
「やったぁ!!」
「全員五十位以内ついに達成!!」
「そして一位は、生駒さんと初のカルマ!」
順位表の一番上にはカルマくんと私の名前が並んでる。教室中がわっと盛り上がり、みんな飛び跳ねて喜んだ。暗殺ともう一つの悲願がついに達成されたのだから!
「カルマくん!やった、同点一位だよ!!やったやった!」
「ん。生駒さん、嬉しいのは同感だけど、あっち行ってやった方がいいんじゃない?」
「へ?」
嬉しさのあまり思わずカルマくんの手を取って、飛び跳ねながらぶんぶん振っていた。そしたらカルマくんはニッと笑って後ろを指差す。振り返ったら教卓付近でおかしそうに笑う殺せんせーやみんな、それから陽斗くんがいた。
「あ、あははは……つい」
「頑張りましたねえ、カルマ君も生駒さんも」
慌てて陽斗くんの方へ駆け寄ると、殺せんせーが擦れ違いざまに頭を撫でてくれた。
「陽斗くん!」
「叶。やったな、一位おめでとう」
「ありがとう!陽斗くんも菅谷も五十位以内に入れて良かったよ」
「叶がみっちり教えてくれたからなあ」
今度は陽斗くんに頭を、菅谷に背中をぽんぽんと撫でられた。他のみんなも優しい笑顔で見守ってくれる。答案用紙を見せ合っていると、スカートのポケットに入れていたケータイが鳴った。あの子からのメールだ。本文には「一位おめでとう。私達も目が覚めたよ」と。本当に、よかった。E組内としてもA組との対決としても十分過ぎる結果だ。
「さて皆さん。晴れて全員E組を抜ける資格を得耐えわけですが…この山から出たい人はまだいますか?」
一通り騒いで落ち着いた後、各々の席に着いた私達に殺せんせーはそう問いかけた。それに対する答えは満場一致で「ノー」今さら本校舎へ戻ろうだなんて、もう誰も思わない。第二の刃を磨けた私達には、まだやるべき大切なことが残っているんだ。これで心置きなく暗殺に専念できる。それを体現するかのようにみんな殺せんせーに向けて銃弾を放った。先生はお茶を飲みながらいつも通りすべて避ける。
「ヌルフフフ、茨の道を選びますねぇ。では、今回のご褒美に先生の弱点を教えてあげ…」
その時、ガシャアアンと大きな破壊音が聞こえ、旧校舎全体が大きく揺れた。すぐさま窓から外を見たメグちゃんが驚きの声を上げる。
「なっ…何で!?」
「校舎の半分…無いッ!!」
外にはいつの間に来たのか、校舎を壊す二台のショベルカー。
「退出の準備をして下さい」
「……理事長!」
そして、そのショベルカーを静かに見つめる理事長先生がいた。
「今朝の理事長会で決定しました。この旧校舎は今日を以て取り壊します」
「!そんな急に……!?」
理事長先生は淡々とした口調で続ける。私達現三年E組には来年開校予定の新校舎へ移り、その校舎の性能試験に協力するよう言った。まるで牢獄のような校舎へ、移動?
「い、今さら移れって…」
「嫌だよ!この校舎で卒業してぇ!」
「どこまでも…自分の教育を貫くつもりですね」
「…ああ、勘違いなさらずに。私の教育にもうあなたは用済みだ。今ここで私があなたを殺します」
私達はもちろん抗議するのだけど……。理事長先生の言葉と取り出した「解雇通知」の紙は、殺せんせーや私達を一度黙らせるのに絶大な効果を持っていた。