理事長先生は殺せんせーを暗殺すると言って生徒を全員外へ出させた。教室内には理事長先生と殺せんせー、そして五つの机にそれぞれ並べられた五教科の問題集……と、五つの手榴弾が残る。理事長先生によるとうち四つは対先生手榴弾で残り一つは本物の手榴弾だそうだ。
「どれも見た目や匂いでは区別がつかず、ピンを抜いてレバーが起きた瞬間爆発するように作らせました」
……いつの間に作らせたんだろう。理事長先生は手榴弾のピンを抜き、一教科ずつ問題集の適当なページにそれを挟む。そして、そのページを開き右上の問題を一問解くよう殺せんせーに言った。
「!?そんなの開いた瞬間レバーが起きて…」
「そう。ほぼ確実に爆発を食らう」
理事長先生は原さんの言葉ににこやかに答えた。それから、解けるまで一切動いてはいけないこと、殺せんせーが四冊解いた後に自分が一冊解くとのルールを付け加える。
「このギャンブルで私を殺すかギブアップさせられれば…あなたとE組がここに残るのを認めましょう」
殺せんせーが勝てる確率は20%な上、圧倒的に理事長先生に有利な条件。確かに殺せんせーは焦ると反応や鈍くなるけど、先生のスピードならきっとこの暗殺でも殺せないはずだと信じたい。だけど……先程の解雇宣言はかなり効いているようで、殺せんせーが動揺しているのが見て取れる。
「さあ、チャレンジしますか?これは…あなたの教職に対する本気度を見る試験でもある。私があなたなら…迷わずやりますがね」
「…もちろん、やりましょう」
それでも殺せんせーは、理事長先生の賭けに乗り椅子に座った。まず一問目は数学。問題集を開かれた瞬間、手榴弾が爆発して対先生弾が飛び散った。殺せんせーはすでに頭も触手もドロドロで、とてもあと三発耐えられるとは思えない姿になっている。
「弱者は暗殺でしか強者を殺せないが、強者は好きな時に好きなように弱者を殺せる」
理事長先生はそんな殺せんせーを薄く笑いながら見つめる。
「この真理を教える仕組みを全国にバラ撒く。防衛省から得た金とあなたを殺した賞金があれば、全国に我が系列校を作れるでしょう」
「どこまでも教育の事…!」
「さあ殺せんせー。私の教育の礎のひとつとなって下さい」
殺せんせーは震える手で社会の問題集に手を伸ばす……が、今度は手榴弾が爆発することはなく、一瞬で答えの書かれた紙が問題集の上に乗せられていた。くるくるとペンを回す殺せんせーにはいつの間にか余裕が戻ってきている。あの問題集のシリーズは、ほぼどのページにどの問題があるか憶えているのだと言った。数学に手間取ってのは、生徒に――桃花ちゃんに長く貸していたからだって。理事長先生は大きく目を見開いていた。
「私が持って来た問題集なのに、たまたま憶えていたとは」
「まさか。日本全国全ての問題集を憶えましたよ。教師になるんだからその位は勉強するでしょう」
「(日本全国すべて……!?)」
そうだった、殺せんせーも理事長先生に負けないくらい教育に対する情熱を持っている人だった。それを思い出すと、この暗殺に何を心配することがあったのかとさえ思ってしまう。実際、殺せんせーは残りの問題集も楽々と説いて行った。最後には、英語の問題集が理事長先生の前に残された。
「どうですか?目の前に自分の死がある気分は。死の直前に垣間見る走馬灯、その完璧な脳裏に何が映っているのでしょうか?」
理事長先生は今いったい何を考えたのか、はたまた思い返していたのか。その胸中はわからないけれど、私達は私達で、たとえ殺せんせーがクビになってもついて行き三月までの暗殺を続けるという強い意志を示す。
「今年のE組の生徒は…いつも私の教育の邪魔をする。ここまで正面切って刃向われたのは、今年に入って何度目だろうか」
しんと静寂が流れた。最後の問題集を前にして、理事長先生は血走った目で口角を上げる。
「殺せんせー。私の教育論ではね、あなたがもし地球を滅ぼすなら、それでもいいんですよ」
次の瞬間、問題集が勢いよく開かれる。バチンと手榴弾のレバーが跳ねる音がして、あっと声を出す暇もなく爆発が起きた。爆風が窓の外へと流れてくるまでの一瞬だったけど、私は理事長先生が今まで見たことないような穏やかな笑みを浮かべるのを確かに見た。
煙が晴れると、その顔にはまた驚愕の表情が浮かんでいた。理事長先生の体が殺せんせーの脱皮した皮で覆われていたから。そのお陰で先生は無傷だ。月に一度の脱皮を自分に使わなかったために殺せんせーは洋ナシみたいな顔になってしまっている。なぜと問う理事長先生に、殺せんせーは理事長なら自爆を選ぶと予想していたからだと答えた。
「なぜ……私の行動を断言できる?」
「似た者同士だからです」
自分と理事長先生に触手を差し向ける殺せんせーの言葉に、前に優月ちゃんもそんなこと言ってたなと思い出す。殺せんせーは知らない間に理事長先生のことを調べていたそうだ。それで、殺せんせーの求めた教育の理想は十年前の理事長先生の教育とそっくりだった、と。
「そ、そーなの!?じゃー何でここまで二人は違っちゃったの?」
「私があなたと比べて恵まれてたのは…このE組があった事です」
殺せんせーは優月ちゃんの頭をペタンと撫でて私達みんなを見回すとそう言った。同じ境遇を共有してきたE組は、団結していじめにも耐え、悩みを溜めこまず相談することができる。そんなクラスを創り出したのは他でもない浅野理事長。ここは、今でも理事長先生が昔描いた理想の教育の場だった。
「――殺すのではなく生かす教育。これからも…お互いの理想の教育を貫きましょう」
殺せんせーは狭間さんの持っていた対先生ナイフを取ると理事長先生に差し出した。理事長先生は一拍置いてそれを受け取ると、クヌギノ葉型のネクタイピンに刃を突き立てながらE組の存続を認めた。
「……それと、たまには私も殺りに来ていいですかね」
「もちろんです。好敵手にはナイフが似合う」
理事長先生は穏やかな笑みを浮かべ、教室を出ていった。
理事長先生が去ってから、E組の存続が決まりホッとした私達は壊された校舎の修繕に励んでいた。私は修繕チームから一時離れて陽菜乃ちゃん達と休憩時に食べる用のおにぎりを握る。それにしても、わかばパークの時のように鵜飼さんからアドバイスをもらっているとは言え、校舎まで自分達で直せるようになるなんてなあ……。トンカチの音が響く校舎を眺めながらそんなことを思った。
「そーいや先生さ、テストの褒美に弱点教えてくれるって言ってたよね」
「ヌルフフ、そうでした。頑張ったから決定的弱点を教えてあげます」
おにぎりを運んでいると陽菜乃ちゃんが思い出したように殺せんせーにそんなことを尋ねた。そう言えばそんなこと言いかけてたっけ。殺せんせーの弱点――それは、スピードに特化しすぎているためにパワーがない。したがって触手一本なら人間一人でも押さえられるんだそう。
「なるほど!つまり皆でそっと近寄って」
「全員で触手を全部押さえれば動きが止まる!」
「なるほど」
「なるほ…」
良い弱点を聞いた!と、さっそく押さえようとしたが触手はぬるんぬるんと逃げて一向に捕まらない。う、うなぎ掴みみたいだ。殺せんせーは「おや?」と白々しく不思議そうな顔をする。
「それが出来たら最初から苦労してねーよ!」
「ふーむ、ダメですかねぇ」
「不可能なのわかってて教えただろ!」
校内抗争の決着はついたけど、暗殺の決着はまだまだみたい。
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「叶、今日は前原一緒じゃねーの?」
「菅谷。うん、今日は私が用事あるんだ」
校舎が無事元通りになった次の日の放課後、ひとりで校舎を出ると、ちょうど同じく帰るところだったらしい菅谷に呼び止められた。答えながら追いつくのを待っていると、菅谷は「用事って?」と言って私の隣に並んだ。
「これからA組のみんなと話してくるの」
「A組と?」
「期末試験前に約束してたから」
試験期間中にA組が理事長先生に洗脳されるなんてことがあったから、どうなるかと思ったけど、今朝あの子から「今日約束通りに」とメールが届いていた。A組でもいろいろあったみたい。あの子によるとテストが返却された時、理事長先生のやり方では勝てないと気づいたとはっきり伝えたそうだ。気に入らなければE組に落としてくれてもいいとさえ言ったらしい。E組や浅野くんだけでなく、A組のみんなもこれまでの勝負を通して変わってきたんだなと思うと嬉しくなる。
「ふーん……でも大丈夫かよ?」
「ふふ、陽斗くんにも同じように心配されたよ。だーい丈夫!」
今ならきっと穏やかに会話できる。そして前のように……いや、前よりももっと良い関係を築ける自信があった。それにもし何かあっても、今の私にはE組のみんながついてるもの。
それからしばらくは、冬休みの暗殺のことや他愛ない話をしながら山を降りる。ふと、思い出したことがあった。
「――ねえ菅谷。言っておこうと思ってタイミング逃しちゃってたんだけど、」
「なんだよ改まって?」
足を止めてそう切り出すと、菅谷は不思議そうな顔をして振り返った。陽斗くんと付き合えるようになってから、いや、以前からいつか伝えたいなと思っていたことがあった。
「あのね、今までずっとありがとう」
「へ、」
「相談に乗ってくれたり励ましてくれたり、普通に友達として接してくれてたことが、ずっと嬉しかったし私の支えになってたんだ」
途中でちょっと照れ臭くなりながらも、もう一度「ありがとう」と言う。上面だけの友達がほとんどだったあの頃、壁を作らず普通に接したり悩みをなんでも打ち明けることができた相手は菅谷が初めてだった。些細なきっかけで出会ったけど、今では菅谷は私の大切なお友達。やっと言えたなぁと満足しながらへらりと笑うと、きょとんとしていた菅谷の顔が見る見るうちに赤くなった。
「照れてる?」
「う、うるせー…」
菅谷は赤くなった顔を隠すように手で覆い、空いている方の手で私の頭をわしゃわしゃと撫でる。その時小さな声で呟かれた「……こっちこそありがとな」という声はしっかり私の耳に届いていた。
その後ぐしゃぐしゃになった髪を整えてもらい、またなんてことのない会話をしながら一緒に山を下りて本校舎へと向かう。校門の前では浅野くんが待っていた。
「浅野くん!お待たせ」
「いや、大丈夫だよ。それじゃ行こうか」
「うん!」
「……ああ、もう叶さんに無理にA組へ戻れなんて言わないから、そんなに警戒しないでくれるかい」
浅野くんは振り返ると、私達のやり取りをじっと見ていた菅谷にそう言った。菅谷はバツの悪そうな顔で「悪い」と笑う。
「……んじゃ、また明日な、叶」
「うん。また明日ね」
菅谷と手を振って別れて、浅野くんと一緒に校舎の中へ入っていく。試験の時に来たばかりだけど、旧校舎に慣れ親しんだ今じゃこの校舎には懐かしさを強く感じる。校舎にはまだ人が結構残っていて、浅野くんと並んで歩く私にちらちらと視線が向けられていた。それが気になって少し居住まいを正す。
「どうかしたのかい?」
「う、ううん。ちょっと見られてるなぁと思って」
「……君は今回の期末試験で素晴らしい成績を収めたんだから、堂々としていていいんだよ」
「たとえE組の生徒であってもね」浅野くんはニッと笑ってそう言った。……それもそう、かな。浅野くんに言われると自信がつくよ。
「A組のみんなももうすっかり目が覚めてね。あれなら高校へ進んでからも立派な僕の駒……仲間として、力になってくれそうだよ」
「そっか、高校……」
本校舎の生徒はよっぽどでない限り全員が椚ヶ丘学園の高等部へ進学するんだ。E組はその資格を持たないからそれぞれ他の高校を受験する……つまり、三月でみんなとはお別れということ。だけどA組はそのまま。ふと感じた寂しさは、E組のみんなとばらばらになるためか、それとも浅野くん達とも会えなくなるからか。
「……叶さん?」
「あっ、ごめんね。ちょっとボーっとしてたよ」
浅野くんに覗きこまれハッとする。気付くともうA組の教室前に到着していた。浅野くんが戸を引くと、五英傑のみんなやあの子、懐かしい元クラスメイト達に迎えられた。
次の日はいつもより朝早くに学校へ行き、真っ先に殺せんせーに会いに職員室へ向かった。
「殺せんせー、おはようございます」
「おや生駒さん、おはようございます。今日は早いですね?」
「はい。ちょっと進路のことで相談が……」