迷いの時間

「おはようございます!三学期もよく学びよく殺しましょう!」

 三学期が始まった。新学期の朝、校舎前で殺せんせーはいつも通りの調子で登校してきた私達を迎える。だけどみんな挨拶は返すものの、殺せんせーと目を合わさずに靴箱へ向かった。

「……おはようございます、殺せんせー」
「はい、おはようございます。生駒さん」

 かくいう私も笑顔で挨拶を返すことはできたけれど、殺せんせーの横を通り過ぎる時には俯いてしまった。さっき殺せんせーが言った「よく殺しましょう」の言葉が、今までとは違う言葉のように聞こえた。まだ心の中には迷いがある。殺せんせーや?暗殺?にこれからどういう姿勢でいればいいのか……。先生が過去を話してくれた時にできたモヤモヤは、晴れることなくまだ心の中で燻っていた。

「――一番愚かな殺し方は…感情や欲望で無計画に殺す事。これはもう動物以下」
「ビッチ先生…」

 クラス全員が揃ったというのに教室は静まり返っていた。そんな中、イリーナ先生が扉にもたれて独り言のように呟く。

「そして次に愚かなのは…自分の気持ちを殺しながら相手を殺す事。私のような殺し方をしてはダメ。金の代わりに沢山の物を失うわ。散々悩みなさい、ガキ共。あんた達の中の…一番大切な気持ちを殺さないために」

 私達よりずっと経験豊富な暗殺者からの忠告だった。一番大切な気持ち……私だけの、じゃない。E組全員の気持ちをちゃんと考えて、一つに纏めないと。
 どうやってそれをしようか悩んでいたら、放課後渚くんがみんなを裏山へ集めた。何か提案したいことがあるそうだ。原さんが先を促すと、渚くんは「できるかどうかわからないけど」と前置きしてから打ち明けた。

「殺せんせーの命を…助ける方法を探したいんだ」

 みんなの顔に驚きの表情が浮かんだ。殺せんせーを助ける方法……アテは今は無いけれど、あの過去を聞いた後ではもう殺せんせーを今までと同じターゲットとしては見られないんじゃないかと渚くんは続ける。私たちと同じように失敗して悔いた先生は、私達が同じ過ちを繰り返さないようたくさん教えてくれた。一緒に楽しく過ごした先生を、助けたいと思うのは自然なんじゃないか、と。

「わたしさんせい〜!殺せんせーとまだまだ沢山いきもの探したい!」
「渚が言わなきゃ私が言おうと思ってた。…恩返し、したいもん」

 陽菜乃ちゃんとメグちゃんの後にも、同意を示す人の声が続々上がった。私は――渚くんの意見には同意しながらも、本当にそれでいいのかという考えが過ぎり即座に賛成することはできなかった。だって殺せんせーはあの日、私達の絆は暗殺者と標的の関係であってこそ繋がっているのだと言った。それに殺せんせーは、雪村先生から引き継いだE組の担任を全うするには自分の命を使うことがベストだと考え、この暗殺教室に行きついたんだ。
 ……だから、ここで暗殺を止めて助けることが果たして本当に良い考えなのだろうか。そう思ったけれど、渚くん中心に賛成派のみんなが嬉しそうにしているのを見るとなかなか言い出せない。躊躇していると、ぽんっと肩に手を置かれる。

「莉桜ちゃん?」
「大丈夫。わかってる」

 莉桜ちゃんはひとつ頷いてみせると一歩前に進み出て、「私は反対」とはっきり言った。渚くんが驚きの声を上げ、みんなの視線が今度はこちらに向けられる。

「暗殺者と標的が私達の絆。そう先生は言った。この一年で築いてきたその絆…私も本当に大切に感じてる。だからこそ…殺さなくちゃいけないと思う」
「……中…村さん…」

 寺坂くんやイトナくん達も莉桜ちゃんの側へつく。不意に陽斗くんと目が合ったが――私は、莉桜ちゃんの隣から離れなかった。寺坂くんは渚くんに、殺せんせーを助けるための具体的な案を求める。そして、今から助ける方法を探しても結局見つけられず時間切れになってしまったら、という一番嫌な仮定が上げられる。

「あのタコがそんな半端な結末で、半端な生徒で、喜ぶと思うか?」

 寺坂くんの言葉にみんな……賛成派だった人達も押し黙った。それでも渚くんが続けようとしたがカルマくんがそれを遮った。

「ねぇ渚君。ずいぶん調子乗ってない?」
「…え?」
「E組で一番暗殺力があるの渚君だよ?その自分が暗殺やめようとか言い出すの?才能が無いなりに…必死に殺そうと頑張って来た奴等の事も考えず」

 どちらも一歩も引かず口論はどんどんヒートアップした。周囲で見ている私達の表情も強張る。文句があるなら喧嘩で勝ってから言えと、カルマくんが渚くんを突き飛ばす。そして胸倉を掴んだ瞬間、渚くんはカルマくんの腕を掴み飛びついて絞め技をかけた。カルマくんは技をかけられながらも上体を起こし渚くんを殴ろうとする。

「やめろって!!」
「二人ともケンカしてどーすんだ!!教室の状況が激変したから苛立つ気持ちはわかるけど!」

 渚くんに殴りかかろうとしたカルマくんを陽斗くんと磯貝くんが止める。渚くんの方は杉野くんが抑えた。二人が喧嘩を始めたことで、E組が助ける派と暗殺を続ける派の二つに分裂しつつあるのを感じる。どうしよう、でも、このままじゃ無理にどちらかの意見に纏まっても、きっと今までのようにみんなで楽しく暗殺することはできない。

「中学生のケンカ大いに結構!でも暗殺で始まったクラスです。武器で決めてはどうでしょう?」

 すると、最高司令官の衣装に着替えた殺せんせーが銃を両手に構え仲裁に入った。そ、そもそも殺せんせーのことでこうなってたんだけどなぁ……と、あくまでいつも通りな先生に毒気が抜かれる。殺せんせーは「ヌルフフフ」と笑うと、赤色と青色のBB弾と銃とナイフが入った箱を地面に置いた。

「二色に分けたペイント弾とインクを仕込んだ対先生ナイフ。チーム分けの旗と腕章を用意しました」

 先生を殺すべき派は赤、殺すべきでない派は青。全員がしっかりと自分の意見を述べてから、どちらかの武器を手に取るよう殺せんせーは言った。つまり、これから裏山で二手に分かれて戦えと言うのだ。相手チームを全滅か降伏させる、または敵チームの旗を取った方の勝ち。そしてそちらの意見をクラスの総意とする。殺せんせーは楽しそうにルール説明をした。確かにこの決め方でも多数決でも、力技になることは変わりないけど……。

「先生はね、大事な暗殺者達が全力で決めた意見であればそれを尊重します。最も嫌なのは、クラスが分裂したまま終わってしまう。先生の事を思ってくれるなら…それだけはしないと約束してください」

 殺せんせーにそう言われ、私達はこのやり方をのむことにした。標的に今後の方向性に納得してもらうためには、まず暗殺者である私達が全力でどちらかの意見を決め、再び全員がまとまらなくてはならない。

「…よし。戦争で決めよう。殺すか、殺さないか」