バレンタインの時間

 受験も前半日程が終わろうとしていた。竹林くんの第一志望が駄目だった時は、殺せんせーが受験NGワードごっこを始めてクラスのほぼ全員が七三分けにされたりした。あれ以降、竹林くんは吹っ切れたようで次に備えていたし、本命がまだ残っているみんなも更にやる気になったようだ。息抜きのようなあのドタバタも必要なことだったのかも。
 さて、二月ももう半ばになり、今日はバレンタインデー。この日のために準備もばっちりしてきてあとは渡すだけ……なのだけど。

ちゃん!前原くんにはもうチョコあげた〜?」
「陽菜乃ちゃん、桃花ちゃん。ううん、まだなの」
「あれ、今日も朝一緒に来てなかったっけ?」
「うん。でもね、背後がものすごく気になって……」
「背後……?」

 私越しに後ろを見やった陽菜乃ちゃんと桃花ちゃんは、すぐ「ああ……」と何か察したような声を出した。そっと振り返ると、やっぱりいる。サングラスをかけメモ帳片手にこちらを伺っている殺せんせーが。隠れきれてないですよ。

「もしかして朝からずっと?」
「そう。ずーっと張り込んでる」
「E組初のカップルだもんね〜。殺せんせーが気になるのも無理ないかも」

 殺せんせーに手を振りながら笑う陽菜乃ちゃんに、私は苦笑を返した。朝家を出て、陽斗くんと登校中もずっとあの調子だ。あんなに見られてちゃ気になって落ち着いて渡せないよ。陽斗くんと二人で話してるだけでなぜか殺せんせーが一番興奮してるんだもん。落ち着いたらチョコ渡すね、と言ったら陽斗くんも苦笑いしながら頷いた。

「菅谷」
「んー?」
「はい、チョコレート」
「おっ、サンキュー」

 先に菅谷に渡しに行こうと探していると、校舎の外で絵を描いているのを見つけた。隣に腰を下ろして頑張って凝ってラッピングした箱を渡す。菅谷にバレンタインチョコをあげるのは今年で三回目。「開けていい?」と聞いてきながらも、箱はすでにほぼ半分開けられていた。

「ん、美味い」
「ほんと?良かったぁ」

 初めて作るものだったから少し心配だったけど、喜んでもらえたみたいで安心した。義理チョコなのはお互い承知済みだけど、毎年渡さないとどうも落ち着かない。私からのお礼の気持ちが渡す理由の大部分だからかな。同じ学校で同じ制服を着て休み時間の合間に手渡す、なんてことができるのも今年が最後。

「まだ寂しがってんの?」
「……んーん。来年もちゃんとあげるから、空けといてね?」
「まあその前に今年のホワイトデーだけどな」
「あ、そっか。楽しみにしてる」
「おう」

 陽斗くんと過ごす時間はもちろんだけど、こうして菅谷とのんびりするのもやっぱり好きだな。背後から「一番仲良しコンビもやはり良いですねぇ……」なんて声が聞こえて、私と菅谷は顔を見合わせて笑った。


****


 どうしよう、なんだかんだで放課後になっちゃったよ。殺せんせーは今日一日あちこちへパパラッチしに飛び回っていた。どこかへ行って姿が見えなくなった隙に……!なんて思っても、すぐに背後からの気配が戻ってくる。うぅん……陽斗くんには放課後一緒に帰ろうとメールはしたけれど。

〜。まーだ前原にチョコ渡せてないんだって?」
「莉桜ちゃん……うん、そうなの」
「別に気にせず渡しゃーいいのに。そんで見せつけてやれば?」
「……やだ。みんなからもからかいのネタにされそうだもん」

 カルマくんは「バレたか」と笑った。二人と一緒に来たカエデちゃんと目が合うと苦笑された。それにしても三人集まってどうしたんだろう?聞けば、これから裏山辺りへ行って他の子達がどんな風にチョコを渡しているか見に行くとこのと。渚くんに、どんな顔して渡せばいいか悩んでるカエデちゃんのために。

「一通り偵察したら殺せんせーの動き止めといてやるからさ。生駒さんは気にせず前原と帰りなよ」
「動きを止めとくって……どうやるの?」
「タネ明かしは明日。一応ちゃんと考えてっから大丈夫だって」

 なんだろう……?だけどカルマくんは自信ありげに笑うから信じてみることにしよう。帰り支度を済ませた陽斗くんに呼ばれ、三人とはここで別れる。

ちゃん、頑張ってね」
「うん。カエデちゃんも」
「あはは……ありがとう」





「結構チョコ飛び交ってたなー。放課後残ってる奴も何人かいたし」
「放課後に裏山とかで渡すって子が多いみたいだよ」
「そーなんだ!そういや岡島の奴一日中そわそわしてたけど、あいつ結局貰えたんかな」

 帰り道の話題はやっぱり今日の話だった。誰が誰に渡したーとか、あの子はあの人に渡すみたいーとか、そんな情報を交換し合う。クラスメイトの中から新たにカップルが生まれるかどうかは殺せんせーじゃなくても気になっちゃう。公園の前を通りかかったところで周囲を慎重に見回し、少し寄り道していこうと誘った。……あ、なんだか懐かしいドキドキを感じる。

「ひ、陽斗くん」
「ん?」
「えっと……放課後になっちゃってごめんね?バレンタインのチョコです」
「おー、やった!サンキュー!」

 嬉しそうに受け取られ、こちらもつられて頬が緩む。「開けていい?」なんて聞いてきながらもその手はすでにラッピングのリボンを解いていた。頷きながら思わず笑い声が漏れる。

「どしたん?」
「ううん、菅谷と同じことしてるなぁって思って」
「……へえ、菅谷にはもう渡してたんだ」
「うん。あ、中身は二人共違うやつなんだよ」

 「陽斗くんの方が特別」そう付け足すと、陽斗くんはまた嬉しそうに笑ってチョコをひとつ口に運んだ。美味しそうなその顔を見ると胸の奥がポカポカと暖かくなる気がする。

「あ、も食う?」
「えっ」
「あーん」

 食べている様子を眺めているとそう聞かれた。あ、食べたそうに見えたのかな。違うんだけど……なんて思ったが、そう言ってチョコをひとつ差し出され、否定するのを止めた。ちょっと迷ったあと、ぱくりと口に含む。

「美味しい」
「だろ?って、作ったの俺じゃねーけど」
「さすが私?」
「はははっ!」

 今の私達の距離は思ったよりも近くって、空気が少しの変わった。お互いなんとなく顔を逸らせずに数秒間ほど見つめ合っていると、陽斗くんの手が私の頬をするりと撫でた。胸が高鳴る。陽斗くんとの距離がどんどん縮まり――

「――あっ!」
「……?」

 突然バッと顔を上げた陽斗くんは、私の頬に触れたままきょろきょろと辺りを見回した。「まさかいないよな……?」と呟く声が聞こえて、ああ、殺せんせーのことかと察する。カルマくんが言っていた言葉を思い出し、くいっと陽斗くんの服を引っ張った。

「あのねっ、殺せんせーはたぶんいないと思う」
「あ、そ?」
「だからその……大丈夫、だよ」

 顔が熱くなるのを感じながら、ごにょごにょと最後の方は声が小さくなりながらも伝える。陽斗くんは「そっか」とはにかんで私を抱き寄せた。

、大好きだぜ」
「私もだよ。陽斗くん」

 二人でくすくす笑い合い、どちらからともなくキスをした。