旧校舎の山一帯を覆う突然現れた光のドーム、山への道路を封鎖する装甲車両――…私達E組は何が起きたのかをすぐに察した。烏間先生からは自宅待機命令が出たが、私達は連絡を取り合って集まった。殺せんせーとは連絡が取れないでいる。私達の知らないところで、お偉いさん達は暗殺計画を進めていたようだ。
政府の緊急発表が始まった。あのドームは月を爆発させた怪物を暗殺するための装置であること、その怪物は生徒を人質に取っていたこと……。私達にはなにが真実でなにが誤りの情報かわかるが、何も知らない人がこれを聞かされたら間違いなく殺せんせーだけを悪者と見なすだろう、そんな内容だった。そして、とどめのレーザーの発射日も発表される。――三月十二日、地球が滅ぶかもしれない日の前日。
「…何勝手に決めてやがんだ。ふざけんじゃねぇ!」
「みんな、行こう!」
こんな暗殺、黙って見ていられるわけはない。私達は殺せんせーの元へ、旧校舎へ行くために走った。だけどすぐ見張りの兵たちに阻まれてしまう。あの教室の生徒だと、殺せんせーに会いたいのだと訴えても効く耳持たずだ。
「やめろ!生徒達に手荒くするな!」
「か、烏間先生!」
兵の人達と揉めていると烏間先生が止めに入ってくれた。烏間先生にもあの暗殺については直前まで聞かされていなかったそうだ。そして、あの声明は私達の今後のためでもあるのだと言う。その上、私達にも口裏を合わせろって。
「納得できません。殺せんせーと会わせて下さい!」
「駄目だ。行って人質に取られたら事態が悪化する」
「人質!?そんな事殺せんせーがするわけが…」
その時大勢の人とカメラのフラッシュが近付いてきた。マスコミの人達だ。私達が?怪物に人質にされていた生徒?と気付くと各局が我先にとインタビューのマイクを向けくる。地球が滅ぶ可能性は1%以下だという情報を伝えようとするが誰一人として聞いてくれない。殺せんせーを庇う陽菜乃ちゃんにカメラが一斉に向けられる。
「陽菜乃ちゃん!」
「皆、一旦帰ろう!警備もマスコミもどんどん来てる!こんな状況じゃ何も言えないし聞いてくれない!」
陽菜乃ちゃんを庇った磯貝くんがみんなにそう呼びかけ、私達は一度引くことにした。走って走って、少し離れた駐車場に到着する頃にはマスコミも警備も追って来ていなかった。そして、まずは自分達で情報を集め、夜に再びここに集まり対策会議をすることにした。このまま殺せんせーとお別れなんて嫌だ、それは全員の確かな意見だから。
夜になってみんなで集めた情報を合わせ、強行突破というカルマくんの言葉に全員が賛同した。――しかし、何台かの車が突然駐車場へ突っ込んできたかと思うと、私達はあっという間に拘束され車に連れ込まれた。連れて来られた先はあの作戦の司令本部で、暗殺の完了まで私達の身はここで保護すると、司令官と呼ばれた人に告げられた。
「わ…私達はそれでもいいから、殺せんせーを殺すのは待ってください!爆発の確率は1%以下ですよ!?殺す理由がないじゃないですか!」
「子供にはわからんだろうが、1%でも100%でも世論は殺せと言うだろうさ」
彼の言うことは正論だとは思う。私だって暗殺に関係のない赤の他人だったら、あの緊急発表を聞けば月を爆発させた怪物の存在や地球がこれから爆破するかもしれないことに恐怖を抱くだろう。そして政府の暗殺計画に賛同する、かもしれない。だけど、私達は殺せんせーと一年間を過ごし、今までずっと絆を深めてきたのだ。ここで大人しくしてろだなんて……!
寺坂くんが司令官さんの顔を蹴りあげた後、私達は服を着替えさせられ、ある部屋に閉じ込められた。部屋にあるテレビモニターにはニュースが流されていて、さっそく私達のVTRを使って専門家とだという人達が勝手な解説をしていた。
「…何で誰も…私達の言う事ちゃんと聞いてくれないんだろ」
「空には…わかりやすい「最悪の結果」が浮かんでる。中学生と世界の首脳と、どっちの言う事を信じるかは明らかでしょうよ」
ニュースキャスターもインタビューを受けた人達も、みんなこぞって私達を“可哀想”だと言う。深刻なトラウマが残るだろうだとか心のケアが必要だとか……。
「……可哀想、だったのかな。私達って」
「叶……」
「私は、自分の境遇を可哀想だと思ったこと、ないよ」
いきなり暗殺をすることになって驚きはしたものの、そんなこと思ったことは一度だってない。それなのに、どうして何も知らない赤の他人に可哀想扱いされないといけないの?テレビを見ていられなくなって目を逸らすと、陽斗くんがそっと私の手を握った。すると扉の開く重たい音が響き、烏間先生が入って来た。
「烏間先生!」
「…お願いです、出してください。行かせて下さい、学校に」
「そースよ!烏間先生ならここから俺らを出せるでしょ!」
しかし、烏間先生は眉を寄せて一度目を閉じると、「もうなにもしてやれない」と厳しい口調で言った。
「行きたければむしろ待つべきだったな。警備の配置が完了して持ち場が定まれば、人の動きは少なくなり油断も生じる。五日目以降…といったところか。そこまで待てば包囲を突破できたかもな」
そしてひとつ息をつき、烏間先生は続ける。ふもとの囲いを抜けたとしても山の中には私達を拉致した精鋭部隊が控えていること、“群狼”と呼ばれる彼らがいかに強いか、そして彼らのリーダーは自分よりも三倍強いであろうことを話した。
「…だから、もう諦めろ」
「嫌です!!殺せんせーと…まだ話してない事が沢山ある!やりたいことも沢山ある!だから、お願いです!!行か…」
必死に訴える渚くんの胸倉を掴み床へ倒した烏間先生は、これは国の方針だからだせないと怖い顔をして言う。
「よく聞け、渚君。俺を困らせるな。わかったか!」
渚くんを起こし、目を見てはっきりとそう言った烏間先生は、私達に三日ほど頭を冷やすように言い、部屋を出ていった。寺坂くんはイライラしたようにソファーを蹴ったが、何か考え込んでいた渚くんは先程の烏間先生の言葉を繰り替えした。だからなんだと言う寺坂くんに、渚くんは今度は烏間先生が今話してくれた内容を反復する。よく考えてみると、烏間先生は私達に本当に諦めさせるためにそんな情報を教えたのでは、ない?
「前に烏間先生話してた」
「もしも俺が困れば、迷わず君らを信頼し、任せるだろうな」いつそんな話をしたのだろう。渚くんは烏間先生が言っていたという言葉を私達に伝えた。
「だから「困らせるな」は、「僕等を信頼して任せる」…って意味だと思う」
「俺と君らの立場は違う」「けど可能な限り情報をやる」「あとは君らの意志を尊重する」渚くんは烏間先生が本当に伝えたかったことはこうじゃないかと解釈した。確かに、烏間先生のさっきの言動は、私達を裏切ったのではなく、警備の人達に勘付かれないよう私達に伝えたかったのだと考えた方がすんなりと納得できる。
「だから、みんなで考えて整理しようよ。僕等がどうしたいのか、僕等に何ができるのか。…殺せんせーがどうして欲しいのか」
私達はまた話し合い、誰も心から殺せんせ―に死んでほしいとは思っていないこと、そして赤の他人に私達のこの一年を踏みにじられるのは嫌だということを確認した。そして出た答えはとてもシンプルで、殺せんせーもきっとそうだろうという自信があった。
――会いたい
こうなった今、私達のしたいことはただそれだけだ。
烏間先生は私達に三日ほど頭を冷やすよう言った。それはつまり三日待ってもレーザーの発射には十分間に合い、それまでに先生がきっと手を打ってくれるであろうということ。だから私達はその間、ここを出られたときに備えてあらゆる作戦を練った。
「…どーすんだよ。全く脱出のチャンス無かったぞ。もう今日だぞ、レーザー発射」
日だけが過ぎ、ついに当日になってしまった。みんなの顔に焦りが浮かぶ。その時、また重たい音を立てて部屋の扉が開かれた。
「あ〜ん生徒たち〜!心配したわ〜!」
警備の人達が連れて来たのはイリーナ先生だった。場の雰囲気にそぐわない明るい声を出す先生に困惑してしまう。えっと、脱出のチャンスは……?するとイリーナ先生は、竹林くん、渚くん、桃花ちゃん、有希子ちゃん、そして三村くんに次々とディープキスをして回った。
「皆元気?」
「ん。ん?」
「元気なら良ーし。じゃ、帰るわ」
「ほ、ほら。もういいだろ」
「もーお、外に見張り入るんだからビビらないでよ。じゃ、またねガキ共」
そしてイリーナ先生は急かしてくる見張りの人に連れられ、私達に投げキスを残して去って行った。あ、あれ、本当に顔を見に来ただけ……?しかし、キスされた五人の口の中からビニール袋に包まれた何かが出される。竹林くんはそれが何なのかすぐに気付いたようで、「僕の爆薬一式だ」と口角を上げた。
夜になると爆薬を使い、イリーナ先生のメモ書きと地図を頼りに私達は部屋を脱出した。外へ出ると先生が待っていて、全員分の靴と小さな封筒が用意されていた。烏間先生がイリーナ先生に頼んで、こうして脱出経路を確保してくれていたそうだ。それにしても脱出道具をあんなにどうやって口の中に入れてたんだろう……。
「レーザーの発射時刻は日付が変わる直前ですってね。どういう結果となるのか私は知らない。けど、どのみち明日は卒業式の日なんでしょ。最後の授業よ、存分に受けてらっしゃい」
「……っ、はい!!」
イリーナ先生に背中を押してもらい、私達は手はず通り各自いったん帰宅することにした。まずは準備を万全にしなくっちゃ!
周囲を慎重に確認し、久しぶりの家に入る。中は真っ暗で静まり返っていた。そっか……お母さん、卒業式の前の日にはお父さんのところへ行って、それから二人で式に来るって言ってたっけ。自分の部屋で仕舞っておいた予備の超体育着に着替え、銃とナイフを装備する。そして一度リビングへ寄って冷蔵庫からあるものを取り出してから集合場所へ急いだ。
「――時間が無い。この潜入が間違いなく最後のチャンス」
周囲の偵察は私達が動けない間も律ちゃんが進めておいてくれていた。その結果、外周の警備を突破できそうなのは隣り町から山ひとつを超えるルートと判明。体操服を闇夜に紛れる色に染め、十分な準備を整えたE組全員があるビルの屋上に揃う。――最後の任務は、全員無事に登校すること。磯貝くんの合図で私達は一斉に地面を蹴った。
殺せんせーの暗殺期限まで…あと三時間。
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「おーおー、野太い悲鳴が響いてるねぇ」
「みんな上手くやってるみたいだね」
作戦通りに散って行って数分、山のあちこちからは叫び声があがっていた。それらの声はすべて大人の男の人の声だし、超体育着の内臓通信機からも異常は何も聞こえてこないからE組のみんなは大丈夫そう。実際ここまで見てきた倒れている人は、どれも精鋭部隊の人達のようだった。私と莉桜ちゃんはそんな山の中をみんなより少し遅れて進んでいく。
「ほとんど片付けられてるみたいだし、心配いらなそーね」
「うん。でも油断は――!」
莉桜ちゃんの背後の木が揺れたので、即座に銃を向けて狙いを定めて麻酔針を撃つ。一瞬間をおいて、残っていたらしい精鋭部隊の一人が倒れてきた。
「――禁物だからね」
「やだ叶かっこいい」
「えへへ」
一発で仕留められたことも嬉しかったり。念のためもう一発撃ちこんで、更に莉桜ちゃんが寺坂くんに借りておいたスタンガンを押し当てて、完全にその人が伸びてしまったことを確認してから私達は再び前進した。校舎へ向かうにあたって莉桜ちゃんには別に大事な役割がある。だからこうしてみんなとは別行動をとっていた。私はそんな莉桜ちゃんの護衛だ。残っていた人が襲いかかって来ないか、莉桜ちゃんを守るため全方向に注意を向ける。
「……殺せんせー、喜んでくれるかな」
「きっと大喜びだよ。一週間近くは食べてないはずだし」
「そーね」
途中、ぐるぐるに簀巻きにされた男の人が倒れているのを見つけた。烏間先生が言っていた精鋭部隊のリーダーの人だ。警戒しつつ近付くも、気を失っているかどうかはわからないが動く気配はない。捕まっていた間みっちり予習したように無事倒せたようだ。私と莉桜ちゃんは目を見合わせて頷き、先を急ぐ。去り際、その人がククッと小さく笑う声が聞こえたような気がした。
「みんな!」
「莉桜、生駒さん!」
「おう。遅ぇーぞ」
「お待たせ。そっちはみんな平気?」
「ああ。二人も、大丈夫だったみたいだな」
崖を駆けあがり少し進むとレーザーバリアが薄っすら見え、その前にみんなが集まっていた。お互いの無事を確認し合い、バリアを抜ける。そこから先はひたすら真っ直ぐに走った。
「音だけでも…恐ろしい強敵を仕留めたのがわかりました。成長しましたね、皆さん」
「殺せんせー!!」
グラウンドには殺せんせーただ一人が立っていて、いつもの朝のように私達を迎えてくれた。