ラスボスの時間

 空に輝くレーザーの光は今にも零れ落ちそうだった。殺せんせーがここに捕らわれている間にあったことを掻い摘んで話、政府の暗殺計画やレーザーの発射時刻も伝えたが、殺せんせーは顔色一つ変えず静かにそれらを聞いていた。人質にでも何にでもなるというと言っても、やんわりと遠回しに断られる。殺せんせーはいずれはこうなるであろうことを予想していたようだ。逃げられないことを悲しむどころか、この暗殺計画に敬意すら示す。

「…でもじゃあ、私達が頑張ってやって来た事は……無駄だったの?」
「無駄な事などあるものですか、矢田さん」

 俯き気味に言う桃花ちゃんの頭を殺せんせーは優しく撫でる。宇宙まで行った私達はそれまでの教室の明るさを取り戻し、それからの一ヶ月も賑やかに過ごした。楽しかった、というのは私達も殺せんせーと同じ気持ち。大事なのはその過程や心。習った過程のすべてを持って私達が会いに来たのが幸福だと先生は言うけれど……。

「…もう時間切れでいいだろーが。たった1%だぞ!そん程度のリスク俺らは余裕で飲めるっつってんだ!なんで政府も世間も、一番近くで過ごした俺らの意見を聞こうとしねーんだ!」
「「ガキの言葉に耳は貸さない。その代り哀れんであげる」侮辱に等しいわ」
「納得できるかこんなもん…」
「今度会ったらあいつ等ぜってー…」

 納得のいかない寺坂くんや狭間さん達が、政府や世間を憎むような思いを零す。私も正直それに同意だった。だけど殺せんせーは、寺坂くん達にいつかのような柔らかいビンタをして(寺坂くんにはぐりぐりと頭を撫でて、)「先生からアドバイスをあげましょう」と両手を広げる。

「君達はこの先の人生で…強大な社会の流れに邪魔をされて、望んだ結果が出せない事が必ずあります。その時、社会に対して原因を求めてはいけません。社会を否定してはいけません。それは率直に言って時間の無駄です」

 「世の中そんなもんだ」と悔しい気持ちをやり過ごし、やり過ごした後に考えろと殺せんせーは言う。社会の激流の中で、自分はどうやって泳いでいくべきか。やり方はずっとE組で――暗殺教室で学んできた。正面から向かうだけが戦い方じゃない。

「殺る気を持って、焦らず腐らず試行錯誤を繰り返せば…いつか必ず素晴らしい結果が着いてきます。君達全員、それが出来る一流の暗殺者なのだから」
「…ケッ。こんな時まで授業かよ」
「ヌルフフフ。こんな時だからこそできる授業です」

 ……殺せんせーは、やっぱりいつでもどこでも“先生”だ。一人一人触手で頭を撫でられながらそんなことを思った。話が一段落ついたのか、殺せんせーはくるりと莉桜ちゃんの方を向く。山の中での足音も甘い匂いも、先生には全部気づかれてたみたい。

「……月が爆発した日から今日で丁度一年でしょ。確か雪村先生は…今日を殺せんせーの「誕生日」にしたんだよね」

 莉桜ちゃんはウェストバッグを開けて小さな箱を取り出した。中身のケーキを見た途端殺せんせーの顔がパアァッと輝き始めた。小さいけどブランド物の高級ケーキ。よかった、崩れてなかったみたいで。殺せんせーは我慢できないようで、ケーキに物凄く顔を近付けながら涎を垂らす。

「一週間ぶりのスウィーツ……!」
「ああもうヨダレがたれる!皆とっとと歌っちゃうよ!」

 莉桜ちゃんが火をつけたローソクを1本挿し、「サンハイ!」の掛け声と共にみんなでバースデーソングを歌う。静かな夜の山に私達の歌声が響く。殺せんせーの触手は微かに震えているように見えた。

「オラ吹き消せ殺せんせー!」
「一本しかねーんだから大事にな!」

 歌い終わり、ローソクの火を消すよう促す。殺せんせーが息を吸い込んだその時、何かによって無残にもケーキが潰された。攻撃がされた方向、校舎の屋根を見上げる。そこにいたのは――


「ハッピーバースデー」
「シ……いや」
「柳沢……!」
「機は熟した。世界一残酷な死をプレゼントしよう」

 冷たい目をして嗤う柳沢、そして、黒く禍々しい異形に姿を変えた二代目「死神」だった。殺せんせーの前に降り立ったその姿にはもはや人間だった頃の面影も見られない。彼は自ら強く望んで殺せんせーと同じ改造を受けたのだと柳沢は言う。

「想像できるだろうか。人間の時ですら一人で君達を圧倒した男が、比類なき触手と、憎悪を得た。その、破壊力を」
「逃げ――!!」

 「死神」がゆらりと動きを止める。殺せんせーが叫び私達を逃がすように振り払った次の瞬間、凄まじい衝撃により私達は宙を舞った。地面すら抉れている。今のは……!?

「衝撃波さ。彼の触手からは初速からマッハ2を出す。最高瞬間速度は…マッハ40!!」

 「死神」は次々に殺せんせーに攻撃する。マッハ40……!?青褪めながらその光景を見つめるしかできない私達に、柳沢は淡々と言葉を続けた。メンテナンスのいらない、寿命三ヶ月の「使い捨て」だなんて残酷なことを柳沢は笑いながら平然と言ってのける。

「…そうやっていつも…他人ばっかり傷つけて…自分は安全な所から…!」
「……そう、思うかね?」

 カエデちゃんの言葉に一瞬無表情になった柳沢は、自分の首に注射を打ち込んだ。殺せんせーを殺せれば命などどうでもいい、そう言った彼の身体は大きく脈打ち、変化していく。触手細胞を埋め込んだ柳沢は殺せんせーへの攻撃に加わる。

「……皆さん、さっきの授業で言い忘れていた事があります。いかに巧みに正面戦闘を避けてきた殺し屋でも、人生の中では必ず数度、全力を尽くして戦わねばならないときがある。先生の場合…それは今です!!」


   殺せんせーの倍の速度を持つ二代目"死神"の攻撃と体も頭脳も超人となった柳沢の援護。規格外の闘いの中、殺せんせーが圧倒的に押されていることだけはわかった。烏間先生すら彼らの闘いには手出しできないんだ。私達はとてもじゃないけど参戦するどころか逃げることもできない。ここから見ていることしか出来ない私達は、殺せんせーの最大の……。

「……かわし…始めてる?」

 二人の攻撃を少しずつ交わし始めていく殺せんせーは、柳沢にここから出て行けと指示をした。生徒が育つための場に、彼が立ち入る資格は無いと。それを聞いた柳沢は指を鳴らし、二代目に合図を出した。即座に私達の前に現れた禍々しい姿。その触手からバチバチッと不吉な音が聞こえ、私の口からひゅっと乾いた音が漏れた。

「守るんだよな?先生って奴は」

 ――来る!そう思った次の瞬間、殺せんせーが私達を守るように二代目との間に立ちはだかった。私達には誰もダメージがない。殺せんせーが、二代目の全力の一撃を全て受けたからだ。ボロボロになりながらも殺せんせーは次の攻撃も、その次も全て一人で受け止める。どうすることもできず、ただただ見ているしかできない私達に柳沢は笑う。

「どんな気分だ!?だ〜い好きな先生の足手まといになって絶望する生徒を見るのは!!」

 “足手まとい”その言葉が頭に鈍く響く。ずっとずっと気付いてはいた、だけど目を逸らし続けていた。プールが爆発された時も死神の時も、私達の危機の時は殺せんせーがいつも助けてくれた。今もまさに。だけどその為に、先生は余計な怪我まで負ってしまって。

「わかったか!!おまえの最大の弱点はな……」

 殺せんせーの、最大の弱点。それは――…


「なわきゃないでしょう!!」

 殺せんせーは大声でその“答え”を否定した。私達がここに来たことは正解か不正解かの問題じゃない。命懸けて自分を救おうとし、強敵を倒してまで会いに来てくれた。その過程がその心が教師にとって最も嬉しい贈り物だと、殺せんせーは叫ぶ。

「弱点でも足でまといでもない!生徒です!全員が……私の誇れる生徒達です!」

 生徒を守るのは教師の当たり前の義務。二代目の触手を押し止める殺せんせーに、胸に込み上げてくるものを感じた。だけど、柳沢達が攻撃を止める気配は一向にない。殺せんせーの力が尽きるのも時間の問題かもしれない。そんなのは、嫌だ!どうすれば……。唇を噛み締めたその時、銃声音がひとつ響いた。そして、ナイフを構えたカエデちゃんが殺せんせーに並ぶ。

「逃げて殺せんせー!!時間稼ぐからどっか隠れて回復を!!」

 カエデちゃんは攻撃してきた触手をナイフで避けた。元触手持ちだったとはいえ無謀だ。殺せんせー止めるが、カエデちゃんは「守らせて」と微笑む。殺せんせーの真実を知ったこと、クラスの楽しい時間を奪ったことを後悔してたって。そんなのカエデちゃんのせいなんかじゃないのに……!
 残虐な笑みを浮かべた柳沢が合図を出し、二代目が振り上げた触手がカエデちゃんの胸を貫く。その身体がどさりと地面へ落ちる光景を呆然としながら見つめていた。受け入れ難いこの状況に頭がついてきてくれない。ふと地面にへたり込んだままの殺せんせーに目を向けると、顔色が怒りで真っ黒に染まっていた。柳沢が二代目に再び薬を投与すると、更なる力に地鳴りが響く。それによって地面が抉られ、土の塊が散弾のように降り注がれた。

「離れよう!僕等から注意が逸れているうちに!ここにいたら確実に巻き添えだ!」

 カエデちゃんを抱き上げた渚くんが私達に向かって叫んだ。振り向きざまによろめいた体を陽斗くんに支えられながらあの二人から離れる。

 二代目の攻撃を受け止めた殺せんせーから白い光が溢れる。黒かった触手は黄色から赤、緑、青、そして白へと変わっていき、白い光は更なる純白へと変化する。殺せんせーは、最後の力を振り絞るように膨大なエネルギー砲を二代目に向けて撃ち放ち、その威力で吹き飛んだ二代目を追う。そして少しの間があって、殺せんせーの手により二代目は光となって弾けた。――誰も、歓喜の声は上げなかった。

「……茅野…」

 信じられない、信じたくない。だけど、渚くんに抱きかかえられたカエデちゃんは目を覚ましてくれない。
 一度カエデちゃんを地面に降ろそうと千葉くんが敷くものを取って来ようとしたが、殺せんせーがそれを止めた。殺せんせーの細い触手が黒い球体を浮かべ下ろす。それはカエデちゃんの血液や体細胞だと先生は言う。地面に落ちる前に拾い、無菌に保った空気に包んで保管していたって。

「ば……バトル中にそんな事を!?」
「君達を守るための触手だけは…闘いに使わず温存していましたから」

 より細く繊細な触手で、細胞をひとつひとつ繋げていく。雪村先生を守ることができなかったあの日からずっと、殺せんせーは「同じ悲劇は絶対すまい」と誓い能力を高めていたそうだ。超高速で、超精密に手術は進められていく。すると殺せんせーは突然、破壊された誕生日ケーキを拾って食べさせてと莉桜ちゃんに頼んだ。

「土まみれでグッチャグチャの生ごみだけど」
「エネルギーが必要なんです!戦闘中もずっと食べたかったし!」
「!じゃあ殺せんせー、これも使ってください!」

 渡すタイミングをすっかり逃していたクッキーを差し出すと、殺せんせーは「やはり持っていましたか」と笑った。本当は卒業式の日に、一年間のお礼として渡したかったもの。今までで一番の出来のものを渡したくて五日前にはもう作り始めていた。結局その後“保護”されてしまい、これしか作れなかったけれど……。でもいいや、ケーキまでの繋ぎとして今役に立っているから。
 手術も終盤に入り、殺せんせーは電気を放つ触手をカエデちゃんの胸へ当てる。

「か…はっ…」

 息を吹き返して起き上ったカエデちゃんに、安堵の気持ちがどっと押し寄せ涙があふれ出した。クラス全員でカエデちゃんに抱き着き、頭を撫で、E組がまたみんな揃ったことを心から喜んだ。よかった、本当に良かった……!

「寒…ってうわぁ!?ていうか私何て格好!?」
「……かわいそう」
「何が!?」

 くしゃみをしたカエデちゃんに陽斗くんが超体育着の上着をかけてあげる。イトナくんや岡島くんの言葉で、久しぶりにいつものE組の雰囲気が戻った。だけど、それも束の間。カエデちゃんの手術をやり遂げた殺せんせーは、ゆっくりと倒れ込んだ。

「皆さん、暗殺者が瀕死の標的を逃がしてどうしますか」

 「殺し時ですよ」と笑う殺せんせーは、いつになく満足気で、弱々しかった。

 夜空で輝くレーザーは徐々に膨れ上がっていて、予定に変更がないことを雄弁に残酷に物語っている。殺せんせーとの別れの時は、もうすぐそこに近付いていた。